画像生成AI、ディープフェイク、複数モダリティを組み合わせた偽情報が注目を集めるなか、「Visual and Multimodal Disinformation(VMD)」と呼ばれる分野に特化した分析レポートが公開された。欧州の研究機関や政策関係者らによる報告書 “Visual and Multimodal Disinformation” (2025年3月)は、VMDの定義から拡散メカニズム、技術的動向、政策・教育的対応までを包括的にまとめている。本記事では、その構成と主な論点を紹介する。
定義と類型:何が「マルチモーダル」なのか
レポートでは、視覚・マルチモーダル偽情報(VMD)を、以下のような3つの方法で分類している。
- 再文脈化(Recontextualization)
実在の画像・動画・音声を別の文脈に置き換えて誤解を与える手法。例として、過去の戦争や災害の映像を現在の事件に見せかける行為が挙げられる。 - コンテンツ操作(Manipulation)
編集や合成により、実在する情報の一部を加工する。いわゆる「チープフェイク」もこの範疇に含まれる。 - コンテンツ生成(Generation)
AIなどにより新たに作られた画像・音声・動画。いわゆるディープフェイクや画像生成モデルによる創作がこれにあたる。
これらは必ずしも排他的ではなく、複数の手法が組み合わさって使用されることが多い。
技術的特徴と進化
VMDにおける生成技術は、近年GAN(敵対的生成ネットワーク)からディフュージョンモデルへと急速に移行している。Stable Diffusionなどが代表的な例で、検出が困難な高品質生成物の普及が進んでいる。
また、開発元によっては既知の検出器を回避するようなトレーニングが行われている可能性も指摘されている。これにより、生成物の発見自体が難しくなるだけでなく、検出精度を支えるデータベースの無効化も懸念されている。
「truthiness」と拡散の力学
VMDは、「truthiness(それっぽさ)」と呼ばれる心理的効果を利用する。これは、「本当に見える」ことによって内容の信憑性が高まる現象であり、視覚・音声要素が組み合わさることで一層強化されるとされる。
拡散面では、高精度なディープフェイクよりも、簡易なチープフェイクの方が現実的な脅威となるケースも多いとされる。理由としては、制作コストの低さ、拡散速度の速さ、SNSでの感情的反応の喚起力などが挙げられている。
現実の応用例:戦争と災害
ウクライナ戦争では、過去の紛争や災害の映像が「現地の最新映像」として再利用される例が数多く確認された。これにより、VMDが実際の国際政治や世論操作において有効に機能していることが示唆されている。
他にも、地震、火災、暴動などの映像が虚偽の文脈で流用され、誤情報として拡散されるケースが多数報告されている。
対応技術とその限界
VMDへの技術的対抗手段としては、以下のような方法が検討されている:
- 検出AIによる画像・音声の解析
- メタデータの検証と改ざん検知
- コンテンツ認証技術(C2PAなど)の導入
ただし、これらは以下のような限界を持つとされる:
- コンテンツ単体では「意図」までは判別できない
- コンテキストを理解するAI技術は未成熟
- 技術回避型の生成モデルに追いつけない
プラットフォームによるラベリングとその限界
SNSや検索プラットフォームでは、偽情報の拡散抑止策としてラベリング(警告表示)やファクトチェックとの連携が行われている。しかし、レポートでは以下のような課題があるとされている:
- ユーザーが警告を無視する傾向がある
- 「検閲」として反発され、逆効果になる場合がある
- ラベルの信頼性が不透明であると、かえって信頼が損なわれる
政策と多層的対応
レポートでは、EUを中心に複数の政策対応が進められていることが紹介されている。主なものは以下の通り。
- AI Act(人工知能規制法案)
- DSA(デジタルサービス法)
- ELSA、VeraAI、AI4Mediaなどの大型研究プロジェクト
これらは、技術開発、検出精度向上、透明性の確保、リテラシー教育といった複数のレイヤーでVMD対策を行う枠組みとなっている。
一方、米国では州単位の断片的な対応が主であり、連邦レベルの統一的アプローチは取られていないとされている。
「責任の所在」とプラットフォームの役割
VMDが広がる構造においては、誰がどこで責任を負うべきかが不明確になりがちである。生成AIの開発者、画像投稿者、共有者、リポスティング者など、関与主体が多層的であることが問題視されている。
そのため、レポートでは**「トレーサビリティ」や「ガバナンス構造の整備」**が重要な論点として提示されている。
教育・市民社会の取り組み
VMD対策には、技術や規制だけでなく、ユーザー自身のリテラシーが不可欠とされている。市民社会団体、教育機関、研究機関などが協力し、次のような活動が進められている:
- 学校教育におけるメディアリテラシー教材の導入
- デジタル市民教育プログラム
- ファクトチェックの手法解説と拡張
総合的な対策の必要性
レポートは最後に、「検出技術・政策対応・教育の三本柱」を軸とした多層的なアプローチの必要性を強調している。生成物がリアルであるかどうかよりも、「どう使われるか」「何を意図しているか」が問われる時代において、テクノロジーだけで偽情報を防ぐことはできないという前提に立った構成となっている。
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