2025年のコソボ議会選挙は、かつてないレベルの情報操作と分断言説にさらされていた。そう断言するのが、BIRN Kosovoによる詳細な調査報告書『Hate Speech and Disinformation during the 2025 Election in Kosovo』(2025年4月)だ。
報告書は、選挙期間中に放送・配信されたテレビ・ラジオ20媒体、オンライン記事4000件以上を対象に、民族・宗教・政治をめぐる言説空間を網羅的に調査している。
選挙キャンペーンに入り込むヘイトと偽情報
報告書によれば、コソボ中央選挙管理委員会(ECAP)は、特定候補者によるヘイトスピーチを公式に認定している。とりわけ激しかったのは、セルビア系住民への敵意をあおる言説だ。たとえば、ある候補者は自身のSNSで「我々の国に忠誠を誓わない者は追放すべき」と投稿し、それがFacebook上で拡散された。この言葉は、実際の選挙運動を先導する候補者の発信であり、その後メディアで取り上げられ、選挙戦の焦点を民族対立に向ける形となった。
さらに、「アルバニア系候補者は欧米のスパイである」とするメッセージがTelegram上でボット経由で流されていたことも報告されている。これらの投稿は自動化されたアカウント群によって繰り返し投稿され、世論の感情的偏りを誘導した。特にこのような投稿は、コソボ内の民族間緊張をさらに悪化させる危険性があり、選挙戦における公正さを著しく損なう結果を生んだ。
外国勢力の「物語」──ロシアとセルビアの戦術
第4章では、外国の影響に焦点が当てられている。とくに注目すべきは、ロシアによるナラティブ操作だ。報告書は、以下のような構図を浮かび上がらせている:
- ロシア国営メディアの翻訳記事が、コソボ国内のセルビア語メディアに転載される
- その記事は「NATOの二重基準」や「欧米による内政干渉」といった枠組みを用いて、EU統合への不信を煽る
- Facebook上のセルビア系グループでは、それらの記事が「西側はコソボを売り飛ばす準備をしている」といった見出しで再構成され、さらに拡散された
このような手法は、ロシアのメディア戦術でよく見られるものであり、選挙戦が進むにつれて、EU加盟に対する不信感や反発を呼び起こすためのメディア操作が巧妙に行われていた。
さらに、報告書は「The Trump Effect」と題した小節で、アメリカ右派の言説がコソボ国内の保守政治家に影響を与えていることも指摘している。選挙戦中には「グローバリズムへの抵抗」や「国家主権の回復」といった言葉が多用され、あたかも自国の問題ではなく「世界戦争の一環」であるかのように選挙が語られていた。このような言説は、選挙戦を一種のイデオロギー戦争として位置づけ、有権者の分断を助長することとなった。
分断を生むための偽情報
暴力を予感させるフェイクニュースも多かった。例えば:
- SNSで拡散された「セルビア治安部隊が国境に集結中」という完全に誤った情報。これは、特定の民族グループ間の衝突を予測するようなものであり、政治的意図が込められていた。
- 「アルバニア系武装グループが特定の村を包囲している」といった出所不明の写真付き投稿。これも後に事実無根であることが証明されたが、選挙戦の初期段階では広範囲に拡散された。
これらの投稿は後に事実無根であることが証明されたにもかかわらず、数万回単位で拡散され、リアルタイムで地域社会の緊張を高めた。選挙を通じて、こうした虚偽の情報がどれほど選挙結果に影響を与えるかを実証している。
結論
コソボ2025年の選挙戦は、情報戦がどれほど選挙の結果を左右するかを示す鮮明な事例であった。外部勢力、ポピュリズム的言説、そしてメディアによる情報操作が一体となって、選挙運動の舞台を大きく変貌させた。この報告書は、偽情報とヘイトスピーチがどのように選挙を汚染し、選挙プロセスを歪めるかを学ぶ上で、極めて重要な資料である。
このような事例から、他国の選挙戦における情報戦の影響も同様に警戒すべきであり、コソボのような状況が他の地域や国に波及しないよう、民主主義を守るための法的枠組みの強化が求められている。
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