カルロス・ディアス・ルイス氏の論文「Disinformation and Fake News as Externalities of Digital Advertising: A Close Reading of Sociotechnical Imaginaries in Programmatic Advertising」は、デジタル広告市場がどのようにフェイクニュースの温床となっているかを詳細に分析しています。
デジタル広告と偽情報の意外な関係
デジタル広告、とりわけプログラマティック広告(自動化されたリアルタイム入札システム)は、私たちが毎日目にする広告の多くを支えています。しかし、この自動化システムが実は偽情報やフェイクニュースの拡散に大きく関与しているのです。ルイス氏によると、プログラマティック広告は広告主がターゲットユーザーにリーチするために設計されたもので、クリック数やエンゲージメントなどの指標に基づいて効率的に広告を配信します。しかし、その結果、フェイクニュースサイトや極端な意見を持つインフルエンサーにも広告が配信される仕組みができあがってしまっています。
米国では、デジタル広告収益の約26億ドルが意図せずしてフェイクニュースサイトに流れ込んでいるとの報告もあります。この問題は単なる「事故」ではなく、広告市場の構造自体が原因となっているため、広告主が自らの予算が偽情報に流れていることに気づきにくくしているのです。

社会技術的イマジナリー:広告主の責任逃れを助けるフレームワーク
論文では、デジタル広告市場を支える「社会技術的イマジナリー」が、広告主の責任逃れを助けるフレームワークとして機能していることが指摘されています。社会技術的イマジナリーとは、ある技術やシステムを正当化するための「社会的な空想」のようなもので、デジタル広告の場合、以下の3つのイマジナリーが広告主の行動を正当化するための役割を果たしています。
- 「無料のインターネット」という理想
広告によって支えられる「無料のインターネット」というイメージは、広告市場の正当性を根底から支える理想です。この理想のもとで、私たちは無料で情報やサービスを享受できると考えられ、広告収入によって成り立つインターネットの経済構造が暗黙のうちに支持されています。 - 広告とコンテンツの切り離し
デジタル広告市場では、広告主とコンテンツの関係が希薄にされています。広告主は、どのようなサイトやコンテンツに広告が表示されるかを逐一管理せず、広告配信は自動化システムによって行われます。これにより、広告主は「私たちの広告が表示されたコンテンツの内容に責任を持つ必要はない」と考える傾向にあります。 - マーケティングパフォーマンスに集中
広告主が注目するのはクリック率やエンゲージメントなどのメトリクス(指標)です。このような数値指標を達成するために、マーケティングパフォーマンスが最優先され、広告の影響や社会的な波及効果については考慮されません。広告主にとって重要なのは「成果」であり、それがどのような社会的影響をもたらすかはしばしば無視されます。
プログラマティック広告による「正常な事故」としての偽情報
ルイス氏の研究が興味深いのは、これらのイマジナリーが偽情報やフェイクニュースを「正常な事故」として扱うことで、広告主が問題から距離を置けるようにしている点です。例えば、広告主にとっては、いくつかの偽情報サイトに広告が表示されることは、「システムの予期せぬ不具合」であるとみなされることが多いです。しかし、ルイス氏は、この「事故」こそがデジタル広告市場の構造に深く根ざしたものであり、システムのデザイン上、避けられないものであると指摘します。
広告市場の「オーバーフロー」という考え方を導入することで、ルイス氏は、この問題が単なる「外部性」ではなく、市場そのものに内在する問題であることを示唆しています。オーバーフローとは、特定のシステムや市場が本来の目的以外に派生的な影響を生む現象のことです。つまり、プログラマティック広告がもたらす「偽情報の拡散」は、このシステムの「漏れ」として捉えられるべきであり、広告主はその影響に対する責任を果たすべきだと主張しています。
考察: 今後の研究とデジタル広告市場の責任
ルイス氏の研究は、デジタル広告市場が偽情報やフェイクニュースの拡散に果たしている役割について新たな視点を提供しており、広告主やプラットフォームが今後どのように対応すべきかを考える上での重要な基盤を提供しています。
1. 広告プラットフォームの透明性と責任の明確化
今後の研究として、広告プラットフォームの透明性を高めるための方法や、広告主が自らの広告予算がどのように使われているかを明確に把握できる仕組みの開発が求められます。また、プラットフォームは広告主に対し、表示されるコンテンツに対する一定の監視機能やフィルタリングオプションを提供することで、広告主が責任を持って自らの広告を管理できるようにする必要があります。
2. フェイクニュースや偏向的なコンテンツへの資金流入の抑制
もう一つの研究課題は、偽情報や偏向的なコンテンツへの広告収益の流れを抑えるための具体的な対策を検討することです。AIを活用して、問題のあるコンテンツを自動的に識別し、それらに広告が表示されないようにする技術の開発も有効でしょう。また、フェイクニュースがどのように拡散され、広告がどのように影響を及ぼすかを追跡することで、より効果的な抑制策を構築できます。
3. 社会的責任の観点からのマーケティング教育の充実
広告主やマーケティング関係者に対する教育も重要です。デジタル広告の効率だけでなく、社会的影響についても考慮する姿勢が求められます。マーケティング教育において、広告の社会的影響や倫理的な側面を含めることで、広告主が社会に与える影響についての意識を高めることが期待されます。
終わりに:デジタル広告と社会的責任
ルイス氏の研究は、デジタル広告市場の「外部性」を単なる技術的な課題としてではなく、倫理的かつ社会的な問題として捉え直す必要性を示唆しています。私たちがデジタル広告を消費する際、背後には偽情報の拡散や社会的な影響があるかもしれないことを意識することが重要です。広告主やプラットフォームが社会に与える影響を真剣に受け止め、より責任ある広告運用が求めらています。


コメント
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