Frontex『Annual Risk Analysis 2025/2026』紹介:移民の道具化とハイブリッド脅威の構造

Frontex『Annual Risk Analysis 2025/2026』紹介:移民の道具化とハイブリッド脅威の構造 情報操作

 欧州国境沿岸警備機関(Frontex)が2025年6月3日に公表した『Annual Risk Analysis 2025/2026』は、EUの外部国境におけるリスクを地域別に詳細に分析し、地政学的圧力、移民流動、制度的脆弱性、組織犯罪、そしてハイブリッド脅威といった項目に焦点を当てている。内容は移民政策と国境管理を中心とするが、複数の章において、情報操作や制度的信頼性への間接的な攻撃としての構造が言及されており、偽情報に関心を持つ専門家にとって参照価値の高い報告である。

 以下では、各章のうち偽情報や制度操作に関係する内容を整理し、必要な範囲に絞って紹介する。

Eastern Borders

 ロシアおよびベラルーシによる「移民の道具化(instrumentalised migration)」が繰り返し記述されている。Frontexは、これらの国家が第三国出身の移民を誘導し、意図的にEUの外部国境に圧力を加える手段として利用していると明示する。とくにポーランド、リトアニア、ラトビアとの国境における動きは、軍事力を用いない戦術的攻撃として位置付けられている。

 この動きは、断続的かつ予測不能に発生するが、それは偶発的ではなく、政治的意思に基づいて制御されているとされる。具体的には、ベラルーシが選挙前に国内の治安対応を優先したことで一時的に越境試行が減少したが、2025年初頭には再び急増しており、この波はロシアと連携したかたちで再燃すると見られている。

 これらの動きは単なる国境問題ではなく、制度的ストレスを意図的に引き起こす手段として用いられており、Frontexはこれをハイブリッド脅威の一部と明記している。

Southern Borders

 リビア東部では、ロシアが支援する民間軍事会社(PMC)が複数存在し、移民流を形成・誘導する構造の一端を担っている。Frontexは、特にベンガジ空港を拠点とする密輸ルートが安定的に機能しており、バングラデシュ、パキスタン、シリアなどからの移動を受け入れていると記す。

 ここで注目されるのは、ロシアのプレゼンスが単なる地域不安定化要因としてではなく、EUに対する政治的圧力のレバレッジとして機能しうるとされている点である。Frontexは、こうした移民流の形成に関わる主体が「安全保障上の主体」として機能し、移民そのものが戦術的資源となっていることを警告している。

 情報操作に直接言及はされていないが、制度外の主体による移民圧力の演出は、制度の操作、情報環境への波及、認知的混乱といった観点から捉えるべき構造に位置付けられている。

South-Western Borders

 サヘル地域において、マリ、ニジェール、ブルキナファソが経済共同体(ECOWAS)を脱退し、新たにサヘル諸国同盟(AES)を形成したことが記述されている。この地政学的再編により、地域的な安全保障協力は著しく低下しており、それに伴って移民流と密輸活動が加速している。

 Frontexは、これらの地域におけるロシアの影響力強化が、移民流の操作や対EU交渉における圧力材料として利用される可能性を警戒している。とくに、制度的合意の破壊が引き起こす「協力の無効化」は、制度の機能そのものを情報空間的に解体する要素として分析可能である。

Air Borders

 空港を通じた不正入国では、文書偽造、国籍偽装(nationality swapping)、身分詐称、ビザ制度の抜け穴の利用といった行為が日常化している。とりわけ、第三国のビザ制度(とくに西バルカン諸国)との不統一が密輸ネットワークにとっての機会となっており、制度間の非整合が構造的弱点として機能している。

 Frontexは、こうした動きを「制度的信頼性の操作」と捉え、これが国境管理を超えてシステムそのものへの圧力となっていると分析している。特に「制度の形式的合法性を用いた非合法行動」が多発しており、これは認証・出所・真正性といった、偽情報対策における基盤的概念に直結する問題である。

Outlook

 最終章では、今後1年を通じて想定される主要な脅威として、ハイブリッド脅威の強化が挙げられている。そこでは、移民流の道具化に加え、サイバー攻撃、偽情報、インフラ破壊、スパイ活動が複合的に組み合わされ、EU制度の外縁から揺さぶりをかける構図が示されている。

 Frontexは、従来型の軍事的対立が収束しても、非軍事的・情報的な攻撃がむしろ増大する可能性を警告しており、制度的整合性、国境管理、情報環境といった要素が並列的に標的となることを前提にしている。

 特に、制度的真正性を支える文書・身分情報・事前認証制度への圧力は、偽情報対策の観点でも中核的な関心領域である。

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