ヘルシンキに本部を置くハイブリッド脅威対抗欧州センター(European Centre of Excellence for Countering Hybrid Threats、以下Hybrid CoE)は2026年3月、ペーパー第29号として「Artificial Intelligence and Foreign Information Manipulation: Chinese and Russian approaches」を公表した。著者はHybrid CoEの研究員Heidi Hanhijärviであり、2025年9月に開催された専門家ワークショップでの議論を踏まえて執筆されている。データ収集は同月をもって締め切られた。
Hybrid CoEはフィンランド政府が主導して2017年に設立した国際専門機関で、現在35カ国が参加し、EUおよびNATOと緊密に連携してハイブリッド脅威への対抗能力を強化することを任務とする。制度的にユーロ大西洋安全保障コミュニティと深く結びついた組織であり、分析の枠組みはその視座を前提としている点を留意する必要がある。
本ペーパーが立てる核心的問いは「中国とロシアはそれぞれの外国情報操作戦略、国家能力開発、実際のオペレーションにAI技術をどのように統合してきたか」というものだ。分析は両国個別の検討から始まり、比較考察と政策的含意の提示へと展開する。
分析の枠組み:情報操作とAIの定義
本ペーパーは「情報操作」を、「調整されたキャンペーン」「意図的に歪曲された虚偽情報の拡散」「政治的に危害を加える意図」の三要件が揃った現象と定義している。電子戦やサイバー脅威など広義の外国影響工作は分析対象から除外されており、プロパガンダと偽情報(ディスインフォメーション)という二つの形態に焦点を絞る。「AI」については欧州委員会の専門家グループ(AI HLEG)の広義定義を採用し、「環境を分析し特定の目標達成に向けて一定の自律性をもって行動するシステム」全般を指す。機械学習、深層学習、大規模言語モデル(LLM)などの生成AIモデルがその中心に置かれている。
中国:戦略的野心と国家能力の現在地
中国の人工知能戦略は2017年の国務院「次世代AI開発計画(AIDP)」に体系化されている。AIDPは三段階目標を掲げており、2020年までに先進AI技術との差を解消し、2025年までに「主要な突破口」を開き、2030年までに「世界最大のAIイノベーション中心」になるというものだ。2015年の「中国製造2025」は半導体国産化率を同年までに70%引き上げることを目標とし、AI開発基盤の強化を支援する関係にある。AIDPを実現するうえでの要は民間セクターとの関係であり、中国の中央集権的な経済・政治構造が民間AIイノベーションを国家安全保障目的へと転用する回路を制度的に確保している点がペーパーの重要な指摘の一つだ。中国国内のAIエコシステムにおける民間企業の成長は、CCP検閲要件への準拠という上限によって制約されているとはいえ、当局が膨大な監視・情報操作用データセットを蓄積・利用できる構造的優位を生み出している。
中国のAI能力は2020年時点で世界第2位と評価されており、論文件数と特許件数ではすでに世界をリードする。2025年にDeepSeekが公開したR1モデルは中米のAI性能格差を大幅に縮めた最初の国際市場向け中国製生成AIとして注目されたが、NewsGuardの調査では親中的主張に対して60%の誤答率を記録し「偽情報機械」とも評されている。中国製chatbotがCCPの物語を反映する傾向は、グローバルな情報環境を自国に有利な形で段階的に再形成するという戦略目標の延長として解釈できる。半導体分野ではアメリカに少なくとも5年遅れているとされるものの、輸出規制の回避や技術移転の努力もあって中国AIエコシステムはMiniMax M1など競争力を持つモデルを継続的に投入しており、中国フロンティアモデルの性能は最先端のアメリカ製モデルと比較して3〜6カ月の遅れに縮まっているとの評価もある。生成AIの規制面では「生成AIサービス管理暫定弁法」が内容提供者の視点からAI生成の偽情報を制限しながら、政府が外国向けに生成AIを用いた誤解を招くコンテンツを作成・利用する余地を残しており、この戦略的曖昧さが情報操作のコンテキストで機能しているとペーパーは指摘している。
中国の情報操作の理論的支柱は2003年の人民解放軍政治工作ガイドラインに導入された「三戦」概念(世論戦・心理戦・法律戦)であり、国内外の世論形成、外国の意思決定者への影響行使、中国に有利な法的環境の創出という三方面のアプローチを統合する。近年さらに注目されているのが「アルゴリズム認知戦」という新概念だ。これはプラットフォームへの大量コンテンツ投下という従来手法から、アルゴリズムを介した個々のユーザーへの標的化へと重心を移す方向性を示しており、PLAが2022年のロシアのウクライナ全面侵攻における認知戦の効果を精査した結果として生まれたとされる。
習近平指導下の外国情報操作は統一戦線工作部と国際連絡部がCCPの中核的影響工作機関として機能し、国家安全部、外務省、台湾事務弁公室が国家機関として関与する。中国SNS企業は影響活動に必要なデータと技術を提供し、著名人・インフルエンサー・個人からなる広大なネットワークが党の物語に沿った情報を拡散する。国内プラットフォームとメディアに対するCCPの強固な統制と2017年以来の国家情報法およびサイバーセキュリティ法に基づくユーザーデータへのアクセス権が、このエコシステムの技術的基盤を形成している。
中国:AI活用事例の具体像
中国に連結する影響工作ネットワークのAI活用として最も広く記録されているのは、台湾・中国系ディアスポラ・アメリカを標的とした視覚コンテンツの生成と操作だ。2017年から公安省の指導下で数千のなりすましアカウントを運用してきたSpamouflageネットワークは、台湾当局者を標的にしたキャンペーンにAI生成ニュースアンカー映像を活用し、2024年台湾総統選では候補者の横領を虚偽告発するミームを拡散した。2022年の米中間選挙と2024年米大統領選ではAI生成のアバター・画像・フェイクペルソナを用いて米国有権者になりすます手法も確認されている。
テキスト生成においては、OpenAIの報告がCCP関連アクターによる多言語コンテンツ生成への西側AIツール流用を明らかにしており、中国語・英語・日本語・韓国語・スペイン語・ウルドゥー語にわたるSNS投稿・長文記事の生成が記録されている。反米的なスペイン語長文記事がラテンアメリカ主流メディアに掲載された事例、OpenAIのツールが将来の情報操作キャンペーンの詳細な手順書の作成に流用された事例も含まれる。また中国政府当局者への引き渡しを目的として反体制派に関するリアルタイムデータの収集方法についてOpenAIのツールに問い合わせたアクターの存在も報告されている。
インフルエンサーを活用した工作においては、マルチチャンネルネットワーク(MCN)と呼ばれるCCP指導下の機関がインフルエンサーの投稿行動を統制している。このネットワークは新疆・チベット問題などに関する大量の「有機的」コンテンツを生成してAI検索エンジンのアルゴリズムに親中的な物語を優先させる目的で機能しており、ボット検出回避にもAIが援用されている。2023年には30以上の親中的YouTubeアカウントからなるネットワークが1億2000万回以上の視聴数を獲得した状態で発見され、中国政府関係者が指揮する可能性の高い中国企業との関係が判明した。標的の幅広さも特徴的で、2024年パリ五輪、マルコ・ルビオ上院議員、中国語・英語・ウルドゥー語のSNSプラットフォームといった多様なターゲットに対してOpenAIのツールを使った見せかけの真正な関与の生成が試みられた。
最も技術的に精巧な事例として記録されているのが、中国テクノロジー企業GoLaxyの活用だ。流出した内部文書は、GoLaxyが中国の政府安全機構および軍と緊密に連携しながら、SNSプラットフォーム横断のデータマイニングと生成AIを組み合わせ、特定ユーザーのセンチメントをリアルタイムでモニタリングし台湾・香港向けにカスタマイズされたコンテンツを大量生成していることを示した。研究者はこのシステムを「高効率なプロパガンダエンジン」と評しており、個々のユーザーとのリアルタイム適応型対話を可能にするという点でこれまでの手法と質的に異なる。中国関連のAI活用事例の多くは最終的に有機的なオンライン参加をほとんど獲得できず、影響は限定的だったとペーパーは評価している。しかし複数プラットフォームでの調整という組織的性格は一貫しており、AIは中国の情報操作を代替するのではなく既存戦術を増強するものとして機能している。
ロシア:情報対抗の歴史的文脈と能力の現実
ロシアの情報対抗(informatsionnoye protivoborstvo)概念は100年以上の歴史を持ち、平時と戦時を問わない継続的な情報領域での活動を前提とする。この概念の下、情報操作は外交・情報・電子戦・動態的攻撃と連携して機能する。プーチンが2017年に「AIをリードする国が世界を支配する」と宣言して以来、AI技術への国家的関心は高まったが、能力の実態には著しい乖離がある。
2019年の「2030年AI国家戦略」はロシアのAI開発の指針を示すが、内容は概括的であり実施は主に国有企業に委ねられている。SberbankはGigaChat、YandexはYandexGPTを開発しているが、ロシアのAIセクターは制裁による半導体アクセス制限、AI人材・研究インフラの不足、低成長とリスク回避的な民間セクター文化という構造的障壁を抱える。ウクライナ侵攻以降は西側の匿名化データリポジトリへのアクセスも困難になっており、LLM訓練に必要なデータ確保にも支障が生じている。ロシアはこの限界を補うべく中国やBRICS諸国との技術協力を拡大しており、特に中ロAI協力がロシアの将来能力を大きく左右する可能性がある。
制度的なアクターとして情報操作を担うのは軍参謀本部情報総局(GRU)、対外情報庁(SVR)、情報工作部隊(VIO)、連邦保安庁(FSB)であり、実際の工作の多くはインターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA「トロール工場」)やANO「ダイアローグ」などの外部請負人に委託される。ソーシャルデザイン・エージェンシー(SDA)はDoppelganger、Undercut、Matryoshkaという三つの大規模作戦を開発した最も活発な親クレムリン的アクターとして記録されており、これらはいずれもグローバルな到達範囲を持つ。アメリカ人の逃亡者ジョン・マーク・ダウガンはCopyCopおよびStorm-1516というオペレーションに個人として積極的に関与し、ウクライナ、欧州の選挙プロセス、政治指導者を標的とした偽情報拡散を主導してきた。ロシアの情報操作エコシステムを特徴づけるのは、単一の高度に調整されたネットワークではなく、競合・重複する複数の主体が並存し緊張関係を抱えながら活動するという分散的な構造だ。
注目すべき点として、流出文書はロシアの偽情報アクターが西側メディアの報道を「成功の指標」とみなしていることを示しており、比較的インパクトの低いキャンペーンへの広範な報道がロシアの影響工作アクターとしての存在感を意図せず増幅する構造的問題がある。
ロシア:AI活用事例と新興手法
ロシアに連結するアクターのAI活用は、大量コンテンツ生成と広範な拡散という既存戦術の増強という形が基本だ。画像操作では、ガザ紛争とウクライナ戦争を描写した操作済み画像、2024年パリ五輪時に架空のパリの落書きを描いたAI生成画像、RIAノーヴォスチやRT・スプートニクが使用したAI生成視覚コンテンツが確認されている。音声偽造では、ゼレンスキー大統領と妻の汚職を巡る会話を偽装したAI生成音声ファイル(2023年)や、バイデン民主党政権がトランプ暗殺未遂を指示したとする偽オバマ音声(2024年)が拡散された。
動画とディープフェイクについてはMatryoshka作戦が最も積極的な活用者として記録されている。同作戦はロシアのウクライナに関するプロパガンダ物語を繰り返す偽「専門家」動画シリーズを制作し、ドイツおよびアメリカの正規ニュース組織を装ったAI生成動画を大量流通させた。2024年欧州議会選挙前には40アカウント超からなるTikTokネットワークがテキスト音声変換ソフトを使って親クレムリン的な物語を拡散したことも確認されている。CopyCopネットワークは生成AIツールで偽記者ペルソナを作成し数百のなりすましニュースサイト網の正当性を演出した。DoppelgangerとCopyCopは正規ニュースサイトの記事を翻訳・剽窃・改変してウクライナ戦争やイスラエル・ガザ紛争に関するコンテンツを生成するために生成AIを活用している。
特に注目すべきが2025年初頭に明らかになったPravdaネットワークの手法だ。200以上の偽ウェブサイトを運営する同ネットワークは、主要AI chatbotの訓練データへの侵入に成功しコンテンツの汚染を実現した。Pravdaのサイトはウィキペディア記事、XのコミュニティノートおよびAI chatbotによって情報源として引用されており、検索エンジン結果の操作、ウェブクローラーのフラッディング、LLM訓練データの汚染という三つのベクターで機能していることが確認されている。このネットワークはアイルランド語やウェールズ語など、オンラインでの存在が限られた少数言語まで対象としており、デジタルプレゼンスの小さい言語空間が情報操作に対してより脆弱であることを示している。Pravdaのコンテンツは人間の読者を対象としたものではなくAIスパムによって情報環境を操作することが目的であるとペーパーは分析している。
中ロ比較:共通点と構造的差異
2022年以降、中国・ロシア双方に連結した影響工作ネットワークは国内外のAIツールを活用して既存戦術を強化してきた。生成AIが最大の影響をもたらしており、AIは代替ではなく増強の道具として機能しているという評価は両国に共通する。しかし構造的な差異は明確だ。
| 比較軸 | 中国 | ロシア |
|---|---|---|
| 国内AI能力 | 世界第2位、急速発展中 | 制裁・人材・インフラで制約大 |
| 主要戦略目標 | 言説形成力の獲得・評判管理 | 混乱・不信・民主主義の侵食 |
| AI活用の重点 | データ収集・個人ターゲティング・コンテンツ生成 | 量的拡大・既存手法の増強・実験主義 |
| AIツールの源泉 | 国内AIエコシステム+西側市場ツール | 主に西側市場の公開ツール |
| 代表的作戦 | Spamouflage、GoLaxy、MCNネットワーク | Doppelganger、Matryoshka、CopyCop、Pravda |
| 作戦の協調度 | 比較的高度(党・軍・企業の統合) | 低調・分散的・競合的 |
| オンラインでの成果 | 有機的参加は限定的 | 有機的参加は限定的、ただし量は膨大 |
協調体制についてペーパーは重要な留保を示している。中ロ両国の情報操作活動は独自の利益が一致したときにのみ反響し合うものであり、外国への影響工作において実際に協力する意志も能力も持ち合わせているとは想定できないとしている。BRICSという共通の枠組みは存在するが、関係は機会主義的であり、長期的な共有利益ではなく短期的な考慮によって動かされているという分析だ。
新興リスクと政策的含意
ペーパーがカウンター措置の観点から特に強調するのがエージェント型AI(Agentic AI)の台頭だ。意思決定・自律的行動・学習を機械が独立して行うこの技術は、コンテンツ生成からなりすましアカウントの運用まで情報操作の各段階を自動化し、検出と帰属をより困難にする可能性がある。またBRICS枠組みを通じた中ロによるAIガバナンスへの関与拡大も重要な政策的関心事だ。中国はAI倫理・標準設定においてリーダーシップを追求してグローバルAI市場でのleverageを獲得しようとしており、ロシアはBRICS枠組みのAI研究グループおよびBRICS AI同盟ネットワークを主導している。2024年のカザン宣言はBRICS諸国組織にロシアのAI倫理規範の採用と中ロ製AIモデルの優先使用を促す方向性を示しており、西側主導のAI規範形成の力学を変えつつある。
政策的対応としてペーパーが示す方向は、技術的解決策と従来型カウンター措置の組み合わせ、官民・非政府セクター横断の全社会的アプローチ、ユーロ大西洋諸国間の情報共有と能力構築、そして台湾からの知見の積極的な活用だ。AIを活用したカウンター措置の機会として具体的に挙げられているのは、監視・検出・虚偽情報の記録の高速化と帰属判断の効率化だ。ファクトチェックにおいてAIツールと人間の判断の組み合わせが依然として最良の結果を生むという判断も示されており、AI単独での解決策という幻想を戒める内容になっている。すでにBRICS諸国内の主要企業が米国モデルではなく中国・ロシア・UAE製モデルへの移行を始めているとの指摘もあり、AIインフラの地政学的分断が情報操作の構造にどう影響するかは今後の重要な観察点だ。

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