ファクトチェックの現在地:2024年レポートに見る、支える側の危機

ファクトチェックの現在地:2024年レポートに見る、支える側の危機 ファクトチェック

 International Fact-Checking Network(IFCN)が毎年発行する「State of the Fact-Checkers Report」は、世界中のファクトチェック団体が直面している現実を定点観測する貴重な資料である。2025年3月に公開された2024年版は、資金の不安定化、AIの導入、ハラスメントの増加といった断片的な問題が、一つの構造的な問いへと集約されていく過程を静かに示している。

 それはつまり、「誰が、どのように、事実を支えるのか」という根本的な問いである。以下に、報告書の構成に沿って、その全体像を紹介する。


1. 財政の不安定化とMeta依存の限界

 報告書の冒頭で明示されるのは、ファクトチェックの現場は、制度的にも財政的にも不安定な状態にあるという現実である。特に大きな影響を与えているのが、Facebookなどを運営するMetaが提供してきた第三者ファクトチェック支援の段階的終了である。

 2024年時点では、回答団体のうち45.5%がMeta支援を主要な収入源としており、それが打ち切られることで、

  • 出力の削減(30.1%)
  • 人員削減(29.3%)
  • 閉鎖の可能性(8.3%)

という深刻な影響が予想されている。ファクトチェックの持続可能性は、大手プラットフォームの判断一つで揺らぎうる構造にあったことが、ここで明るみに出ている。


2. AIの導入と人の判断の価値

 一方で、レポートは「AI導入が進んでいる」というポジティブな変化も示す。実際、調査支援などには53.6%の団体がAIを活用している。しかし、コンテンツ生成やレポート執筆にまで活用を広げている団体は少ない。

 その背景には、以下のような懸念がある:

  • 倫理的・編集的判断がAIに任せきれない
  • 多言語対応の限界(特に非英語圏)
  • 技術知識や信頼性の問題

 つまり、「使えるが、任せきれない」というのが現状であり、人の判断の価値はむしろ再確認されている。この点は、AI時代におけるファクトチェックの本質的な立ち位置を示唆している。


3. 発信手段の変化と情報密度のジレンマ

 情報の届け方も変化している。2024年のデータでは、TikTokやYouTube Shortsといった短尺動画が最も効果的とされている。情報の簡潔化と視覚化が求められる一方で、長文の検証記事や複雑な文脈の説明が伝わりにくくなるという「情報密度のジレンマ」が生じている。

 この点についてレポートは評価や解決策を述べていないが、ファクトチェックが「届くこと」と「伝えること」の両立に直面していることが浮き彫りになっている。


4. ハラスメントとセキュリティの不備

 2024年、調査対象の78%が嫌がらせを経験しており、その一部は物理的脅迫や家族への影響にまで及んでいる。にもかかわらず、正式な対応策を持っている団体は2割程度にとどまり、多くが非公式対応または無対策だった。

 また、3割以上の団体がサイバー攻撃を受けたと回答しているが、こちらも対策の不備が目立つ。事実を守る側が、守られていないという構図は、そのまま報道の安全保障の脆弱性に通じる。


5. 連携による補完と支え合いの構造

 こうした不安定な状況のなかで、約8割の団体が他のファクトチェッカーや研究機関、NGOと協力関係にあることは、重要な補完構造といえる。とりわけ、資源の少ない地域においては、地域ネットワークの形成(回答者の73%が所属)が活動の継続に不可欠になっている。

 レポートは「競争」よりも「連携」が選ばれている現実を静かに描いており、それがこの分野の倫理的・実践的な性格を示している。


まとめ:ファクトチェックを支える構造は揺らいでいる

 このレポートが示しているのは、偽情報そのもの以上に、「それを訂正する営み」が脆弱な基盤に支えられているという事実である。

  • 民間資金への過度な依存
  • 技術導入の限界と人手への依存
  • 発信方法の変化とそれに伴う質の問題
  • ハラスメントへの対応不全
  • そして、それでも連携しようとする現場の努力

 つまり、このレポートは「事実が危機にある」というより、「事実を守る構造が危機にある」ことを描いている。この危機にどう向き合うかが、2025年のファクトチェックの核心的課題となるだろう。

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