欧州全体で偽情報対策が模索される中、各国のアプローチには大きな差異がある。2024年12月時点でのEDMO(European Digital Media Observatory)による最新レポート『How is disinformation addressed in the member states of the European Union?』は、EU加盟国27か国それぞれの制度的対応を個別に分析し、立法措置、非立法的アプローチ、構造的条件を含む総合的な比較を提示している。ここではこのレポートの構造を踏まえ、各国の政策傾向を整理しながら、特徴的な動向を明らかにする。
EU全体の政策枠組みと共通の前提
EUレベルではすでにいくつかの柱となる施策が展開されている。とりわけ重要なのは以下の三つである:
- 2018年の自主規制枠組み「Code of Practice on Disinformation」、およびその2022年の強化版
- デジタルサービス法(DSA: Digital Services Act)によるプラットフォーム規制
- ロシアによるウクライナ侵攻に伴うRTおよびSputnikの放送禁止(AVMSDに基づく各国の補完措置も含む)
これらは越境的課題に対してEU全体で足並みをそろえる試みであり、各国に対して一定の制度的足場を提供している。一方で、実装の度合いや国内法との整合性、国家戦略の有無などによって対応にはばらつきがある。
法規制か、メディアリテラシーか──アプローチの分岐
EDMOの調査から見えてくるのは、各国の対応が大きく三つの方向に分かれているという事実である。第一は、強力な法制度と規制を志向する国々。第二は、非立法的アプローチ──とりわけメディアリテラシー──に注力する国々。第三は、いずれの対応も弱く、構造的に脆弱なまま対策が進んでいない国々である。
1. プラットフォーム規制と立法対応を主軸とする国
フランスとドイツはこの領域で先行する存在である。フランスでは2018年に「情報操作対策法」が成立し、選挙期間中の偽情報に対して裁判所による48時間以内の削除命令が可能となった。ARCOM(旧CSA)はプラットフォームへの協力義務を負わせている。ドイツはNetzDGによって、24時間以内の違法コンテンツ削除義務を導入した先駆的な例であり、表現の自由との緊張関係の中で議論を呼んできた。
また、スロバキアやイタリアでもプラットフォーム規制法案が提出されたが、政治的反発や政権交代により成立しなかった。ブルガリアでは匿名アカウントを規制する草案が提出されたが、対象の定義不明瞭さと差別的言説の可能性から厳しく批判され、棚上げされている。
一方で、プラットフォーム規制に慎重な姿勢を示す国もある。アイルランド、スウェーデン、フィンランドは2021年に共同ノンペーパーを発表し、過剰規制による表現の自由への影響を警告している。
2. メディアリテラシー強化を中核とする国家戦略型アプローチ
この領域で顕著なのは、エストニア、フィンランド、オランダ、ラトビアといった北欧・バルト諸国である。これらの国々では、偽情報を「心理的防衛」や「国家安全保障」として位置づけ、戦略的コミュニケーション部門を政府内に設置している。特にエストニアでは、防衛同盟のボランティア組織が中心となり、「propastop.org」のような監視サイトを運営する体制が早くから整っていた。
また、フィンランドでは義務教育課程におけるメディアリテラシーの定着度が高く、国際的な調査でもリテラシースコアが最上位である。ラトビアでは公共放送がロシア語での番組制作を支援し、言語マイノリティに対する情報アクセスの担保を図っている。
クロアチアでは、EUの復興基金を活用して事実検証団体21件に400万ユーロの助成が行われた。これは非立法的施策において例外的に大規模な支援策である。
3. 構造的に脆弱で、制度も整備されていない国
ブルガリア、ルーマニア、マルタなどでは、メディア教育や制度的整備が不十分なままである。ブルガリアは教育スコアや信頼性指標がEU最低水準にあり、公的機関も不活発である。マルタでは記者殺害事件(ダフネ・カルアナ・ガリジア事件)以降、政府関係者による偽情報キャンペーンの存在が公式に認定されたが、メディアリテラシー教育は依然として任意科目にとどまっている。
また、ルーマニアでは大統領令によってCOVID関連の偽情報を理由に15のウェブサイトが裁判所なしで遮断され、表現の自由の侵害との批判を受けた。こうした過剰対応と放置が共存するのが、制度不全国の特徴である。
4. 政権が偽情報の発信源となっている国
ハンガリー、ポーランド(PiS政権下)、スロバキア(現Fico政権)は、偽情報対策を表向きの理由にして、報道機関や市民団体を抑圧する傾向が顕著である。ハンガリーでは「主権保護法」の制定により、外国資金を受けた団体が偽情報拡散の疑いで調査対象となりうる。選挙報道では、公共放送がRTを引用し、政府見解に沿った報道を行っている。
スロバキアでは以前、警察がFacebook上で「Hoaxy a podvody(偽情報と詐欺)」というアカウントを運営していたが、Fico政権誕生後に管理が変わり、内容が大幅に縮小された。
偽情報対策の制度的条件と今後の課題
EDMOは単に制度の有無ではなく、制度が有効に機能するための条件──すなわち構造的レジリエンス──にも注目している。ここでは特に以下のような指標が重要となる:
- 教育水準(PISAスコア等)
- メディアへの信頼度(DNR等による調査)
- 公共放送と規制機関の独立性(MPM、State Media Monitor等)
この点で、制度があっても効果が限定的な国(例:スペイン、イタリア)や、制度がなくてもレジリエンスが高い国(例:ベルギー、ポルトガル)が存在することは特筆すべきである。
まとめ──制度の混在とEU全体の再設計課題
本レポートは、偽情報対策の制度設計が単一の解答を持たず、政治文化、制度的独立性、教育政策、国際関係といった多元的要因に依存することを明確に示している。EUレベルの政策が一定の収斂をもたらす一方で、表現の自由、国家主権、メディア独立性のバランスは常に揺れている。
次に問われるのは、AI生成コンテンツや音声・映像のディープフェイク、そしてプラットフォーム外でのメッセージング(WhatsApp等)を通じた偽情報拡散にどう対応するかである。法規制と民間支援の適切な接続こそが、次の焦点となるだろう。
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