制度改革の名のもとに進む「静かな報道統制」──クロアチアにおける報道の自由の実態

制度改革の名のもとに進む「静かな報道統制」──クロアチアにおける報道の自由の実態 言論の自由

 2025年6月に公開されたMFRR(Media Freedom Rapid Response)による報告書「Reforms Without Protection: The Shrinking Space for Journalism in Croatia」は、クロアチアにおける報道の自由の現状について、制度的・政治的・物理的圧力の多層構造を明らかにしている。EMFA(欧州メディア自由法)の実施を控える中で、制度改革の外形を装いながらも、実態はむしろ報道空間の縮小と「制度的服従の強要」が進んでいるというのがこのレポートの中核的観察である。

制度改革が意味するもの──改革か、統制か

 報告書は、クロアチア文化・メディア省や司法省などへの現地ヒアリングを通じ、EMFA実施や記者の安全対策といった政府主導の制度整備が、どのような実態のもとに機能しているかを検証している。その結果、制度改革の内実は「報道の自由を装った統制メカニズム」であり、特に以下の三点が構造的問題として強調される。

  1. SLAPP訴訟(戦略的訴訟)による沈黙の強要
    政治家、判事、企業がジャーナリストに対し名誉毀損訴訟を連発し、法廷を利用した圧力が蔓延している。EUのAnti-SLAPP指令への整合を謳いながら、国内法では依然として刑事名誉毀損・侮辱罪が存続し、これが制度的な萎縮効果を生んでいる。
  2. 国家資金の恣意的運用による“メディア捕獲”
    国家広告費や補助金の配分に明確な透明性がなく、政権批判的なメディアに対しては予算の引き上げや契約の打ち切りが横行している。報告書はこれを「編集方針に対する経済的制裁」と表現する。
  3. 制度的保護の不在──機能しないプロトコルと情報漏洩リスク
    ジャーナリストに対する暴力への対応プロトコルは存在するが、その適用には大きな地域差と恣意性があり、実際には多くのケースで機能していない。さらに、警察に被害を届け出た記者の住所や個人情報が加害者に通知される制度的欠陥も明らかとなった。

Novosti補助金削減──検閲としての「文化支援」

 制度的圧力を象徴する事例の一つが、少数民族メディア「Novosti」への補助金35%削減である。これは、文化的少数者支援の枠組みのもとで執行されたが、実際には与党連立に加わる極右政党Homeland Movementが選挙公約で「Novostiの予算削減」を掲げていたことと明確に連動している。政府側は「独立した決定」と主張するが、報告書はこれを「選挙前のタイミングでの露骨な報道弾圧」と位置付けている。

Faktograf記者への襲撃──守られない安全プロトコル

 2024年7月には、環境問題を追っていたFaktografの記者Melita Vrsaljkoが2度にわたって物理的襲撃を受けた。2度目は自宅への侵入・絞殺未遂という深刻な事件だったにもかかわらず、警察および司法省は「報道活動中ではなかった」「犯罪性が認められない」として、記者安全プロトコルの適用を拒否した。報告書はこの判断を「政治的にデリケートな取材対象であるがゆえの“排除”」と捉え、制度の選択的運用を問題視している。

個人情報が加害者に通知される制度設計

 さらに驚くべきは、被害届を出した記者の自宅住所が、加害者に通知されるという警察制度上の欠陥である。これは、DVや児童虐待など一部の例外を除き「手続き上当然」とされているが、記者への威嚇や家庭への脅迫のリスクを著しく高めており、報告書はこの制度を「記者に沈黙を強いる構造」として厳しく批判する。

労働環境の制度的無防備──誰が報道を支えるのか

 ジャーナリズムの制度的脆弱さは労働条件にも及んでいる。クロアチアはEU内でも最も報道労働のリスクが高い国と評価されており、労働協約の適用率が極めて低く、特にフリーランスの保護は実質的に皆無に近い。ストレス、長時間労働、オンライン嫌がらせにさらされながら、制度的支援はほとんどないという現実が浮き彫りにされている。

提言:EMFAは「実施されたことにする」段階を超えられるか

 報告書は具体的な制度改革案を提示しているが、共通しているのは「形式ではなく実質を伴う改革」が求められているという点である。たとえば以下のような提言がなされている:

  • 公的放送HRTの監督体制を政治的独立性のあるものへと再設計すること
  • 名誉毀損・侮辱罪の即時廃止と、SLAPP対策の国内法整備
  • 個人情報保護を含む警察手続きの抜本的見直し
  • ジャーナリストの心身の健康を守るための職業安全衛生法の導入
  • フリーランスも対象に含めた集団交渉権の保障

結語:制度はある。だが機能していない。

 クロアチアにおける報道の自由をめぐる状況は、制度改革が制度圧力へとすり替わる過程そのものである。法律もプロトコルも設けられているが、それが運用されない、あるいは意図的に“選択的に”適用されることで、逆に記者を沈黙させ、統制に従わせる構造ができあがっている。

 制度をもって報道を守るのか、制度をもって報道を抑えるのか──EMFAの「実施」の意味が試されている。

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