検索エンジンは現代の情報アクセスに欠かせないツールですが、これが巧妙に悪用されるケースが報告されています。その一例が「偽の著作権申請」という形で行われる検索結果からの情報隠蔽です。マルタ大学と地中海デジタルメディア観測所(MedDMO)が2025年1月7日に発表したレポート「Whitewashing the Web: How Bogus Copyright Claims Submitted to Google are Targeting Maltese Media」は、Googleへの虚偽の著作権申請を通じて、公共の利益に関わる報道を隠そうとする新たな偽情報戦術を明らかにしています。本ブログでは、このレポートを紹介します。
レポートの概要
レポートの焦点
このレポートでは、2024年3月以降に急増したGoogleへの偽の著作権申請が取り上げられています。これらの申請は、マルタの国営病院の民営化に関する汚職スキャンダルを追及する報道を削除することを目的としていました。
民主主義への影響
報道機関やジャーナリストに対する攻撃は、単なる個別の問題ではなく、民主主義そのものへの挑戦です。このレポートは、その攻撃が従来の検閲手法ではなく、検索エンジンや法律を悪用する形で進化していることを警告しています。
マルタの汚職スキャンダルと偽申請
汚職スキャンダルの背景
マルタでは、3つの国営病院を民営化する契約が Vitals Global Healthcare(VGH)という企業に与えられました。しかし、この契約は不透明であり、汚職の疑いが浮上しました。
- 主要な関係者:
- ジョセフ・ムスカット元首相
- ムスカット氏の首席補佐官であったKeith Schembri
- コンラッド・ミツィ元内閣メンバー
- VGHの元責任者Ram Tumuluri
2024年4月に終了した司法捜査では、これらの関係者を含む複数の人物や企業に対して刑事告発が推奨されました。このスキャンダルは、マルタ国内で大きな注目を集めただけでなく、国際的にも報道されました。
偽の著作権申請が登場するまでの経緯
この汚職スキャンダルを追及する報道は、マルタ国内外で多くのジャーナリストによって行われました。しかし、2024年3月以降、これらの記事を検索結果から削除しようとする偽の著作権申請が急増しました。
- 集中したタイミング:
偽申請のピークは、司法調査が終了する直前の2024年3月から4月にかけてです。このタイミングで、スキャンダルに関連する報道が再び注目を集めていました。 - ターゲットとなった報道機関:
- Daphne Caruana Galiziaのブログ「Running Commentary」:
スキャンダルの初期報道を行ったブログで、少なくとも6件の偽著作権申請が提出されました。 - The Shift News:
独立系の調査報道サイトで、複数の記事が標的になりました。 - Times of MaltaやLovin Maltaといった主要メディアも攻撃を受けています。
- Daphne Caruana Galiziaのブログ「Running Commentary」:
偽著作権申請の具体的手法
レポートでは、偽著作権申請がどのように行われたかについて詳しく説明されています。
- 記事の複製:
ジャーナリストの記事をコピーし、別のウェブサイトに転載します。 - バックデート:
コピーした記事の公開日を、元記事よりも早い日付に設定(バックデート)。これにより、元記事が剽窃したように見せかけます。 - 虚偽の申請:
Googleに対し、「元記事が自分の記事を盗んだ」とする虚偽の著作権申請を提出し、検索結果から元記事を削除させます。
使用された申請の例
偽の著作権申請には、以下のような文言が使用されました:
Greetings, I am the author of the article [URL]. The administration of the site [target URL] copied material from my [URL] and further in the text. The internet Copyright Protection Act (DMCA) allows from the search results in accordance with the Digital Millennium Copyright Act [sic].
単純かつ文法的に不完全な内容ですが、Googleの対応プロセスを利用するには十分でした。
偽申請の影響
偽の著作権申請がもたらした影響は深刻です。
- 検索結果からの削除:
記事自体はウェブ上に残っていたものの、Google検索結果には表示されなくなりました。たとえば、Daphne Caruana Galiziaのブログ記事は、検索で直接アクセスすることが困難になりました。 - 報道機関へのダメージ:
偽申請は、記事の信頼性を損ない、ジャーナリズムの役割を弱体化させました。また、これにより公共の利益に関する情報が隠蔽されました。 - 虚偽の情報の拡散:
正確な情報が目立たなくなることで、スキャンダルに関する誤解が広がる可能性が高まりました。
国際的な広がり
OCCRP(Organized Crime and Corruption Reporting Project)の事例
イタリアのマフィアとギャンブル業界の関係を暴露する記事が、同様の偽著作権申請のターゲットにされました。
- 手法:
記事を複製し、バックデートを行った後、元記事を盗作と主張して検索結果から削除するよう申請。 - 結果:
記事は一時的に検索結果から削除されましたが、Wayback Machine(ウェブアーカイブ)を使用して、元記事の正当性が証明されました。
スペインの「評判洗浄」産業
スペインでは、評判管理会社が偽著作権申請を利用し、クライアントのネガティブな情報を消去するサービスを提供しています。このような手法が国際的に広がっていることを示す一例です。
結論
このレポートは、マルタでの汚職スキャンダルを隠蔽しようとする新たな戦術、偽の著作権申請を明らかにしています。検索エンジンや法的仕組みを悪用したこの手法は、単なるローカルな問題ではなく、国際的なジャーナリズムにとっても大きな脅威となり得ます。情報の透明性と報道の自由を守るため、私たちはこうした新たな偽情報戦術に対する認識を深める必要があります。
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