セルビアにおける報道の自由:監視、訴訟、制度設計による抑圧

セルビアにおける報道の自由:監視、訴訟、制度設計による抑圧 言論の自由

 欧州の報道自由に関する監視ネットワークMFRR(Media Freedom Rapid Response)は、2025年5月3日の「世界報道自由デー」に先立ち、セルビアに対する連帯ミッションの報告書を発表した。本レポート『Serbia: Media Freedom in a State of Emergency』は、2024年11月に発生したノヴィ・サド駅の事故とその後の抗議運動を契機に、セルビア政府によるジャーナリズムへの抑圧が構造的に強化されていることを明らかにしている。

監視国家としての兆候:スパイウェアとフォレンジック分析の濫用

 本レポートの中で最も注目すべきは、国家による監視技術の使用に関する具体的証拠である。Amnesty Internationalの調査をもとに、PegasusやPredator、さらにセルビア国内で開発されたNoviSpyといったスパイウェアの使用が確認された。これらはCellebriteと組み合わされて用いられ、標的となったジャーナリストのスマートフォン内の情報が抽出されたとされる。

 監視対象の中には、汚職や組織犯罪を取材する記者も含まれ、報道源の秘匿性が深刻に損なわれている。また、国家機関による監視の存在が、取材の自己検閲をもたらしている点も指摘されている。Serbiaは、EU加盟候補国の中でもこうした監視手法の使用が最も進んだ事例とされている。

SLAPPによる制度的抑圧と訴訟戦略

 ジャーナリストへの圧力は物理的暴力だけにとどまらない。報告書は、KRIKをはじめとする独立メディアに対し、元公職者らによる計画的な訴訟(SLAPP)が多発していることを記録している。SLAPPにおいては、訴訟の勝敗ではなく、訴訟に伴う時間的・財政的負荷が目的化している。

 これらの訴訟は「事前対応(SLAPP-proofing)」を行っていたとしても避けられない構造であり、制度的な早期却下手続きや費用補償制度の欠如が、制度としての耐性の低さを示している。

Telekom Serbiaを軸とした国家資本によるメディア掌握

 2023年の法改正によって、国営通信会社Telekom Serbiaがメディア市場への再参入を果たしたことが、報道の自由にとって深刻な逆行となっている。Telekomは、親政府的な立場の放送局への支援を行い、逆に批判的な局(Nova、N1など)を排除している。これにより、市場構造そのものが国家によって歪められ、報道の多様性が著しく損なわれている。

メディア規制制度の機能不全と政権による人事介入

 報告書は、メディア規制機関REMの人事が政権によって操作されている点も批判している。REMの委員選任プロセスにおいて独立系候補が手続違反を理由に辞退し、その後ようやく再公募が行われたが、これも市民運動の圧力があって初めて実現したものである。RTS(セルビア国営放送)の取締役選任を担うREMの独立性は、放送の公共性の根幹に関わる。

EUとの関係と加盟交渉への含意

 報告書では、報道の自由に関する一連の問題が、EU加盟交渉における「司法と基本的権利(Chapter 23)」に直結するものと位置づけられている。EUに対しては、協議の一時停止や、より厳格な監視、スパイウェア使用への制裁措置を含めた対応が求められている。


 本レポートは、形式的には短く事務的な調査文書だが、その中には監視国家、制度的訴訟、国家資本による市場支配、法制度の戦略的運用といった多層的な構造が浮かび上がる。報道の自由というテーマのもとで、いかにして国家が情報空間を再編しているのかを知る上で、有効な資料となっている。

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