報道の自由は安全保障の問題である──OSCE報告書が語る「制度的言論統制」への警戒

報道の自由は安全保障の問題である──OSCE報告書が語る「制度的言論統制」への警戒 報道の自由

 2025年4月10日に発表された、OSCE(欧州安全保障協力機構)メディアの自由代表による定例報告は、一見すると理念的で抽象的な印象を与える。報道の自由の重要性、ジャーナリストの保護、表現の自由への国際的責任。これらは、国際機関の報告としてある種予定調和的な語り口であり、専門家にとって目新しさは乏しいように映るかもしれない。

 しかし注目すべきは、近年強まりつつある制度的な言論統制の傾向を、「具体的な法制度」に即して批判し、監視体制の構築を明言している点である。

「外国の影響」法という情報操作インフラ

 報告書では、ジョージアやボスニア・ヘルツェゴビナの地方政府による「外国の影響(foreign agent)」法を名指しで取り上げている。これらの法律は、国外から資金援助を受ける報道機関やNGOを“外国の手先”と位置づけ、登録や監督を義務づけるものだ。

 OSCEはこれを「独立系メディアのスティグマ化」「調査報道の阻害」「批判的言論の沈黙化」へと直結する制度的リスクと捉え、明確に「撤回すべきである」と勧告している。さらに、これらの制度が「他国にも波及しうる」とする地政学的警戒もにじませている。

 ここでは、言論を直接弾圧するのではなく、“正当な透明性の名の下に構造的な排除を行う”という手法が問題視されている点が重要だ。表現の自由が「制度を通じて」制限されるプロセスそのものが、OSCEの関心の的になっている。

SLAPP──合法的に“批判”を黙らせる戦略訴訟

 同様の構造的抑圧として、報告書が注目するのがSLAPP(Strategic Lawsuits Against Public Participation)である。これは、政治家や企業が、調査報道や批判的言論に対して提起する高額訴訟のことを指す。目的は賠償金の獲得ではなく、訴訟リスクによって報道側を消耗・沈黙させることにある。

 OSCEは、EUや欧州評議会と連携しつつ、SLAPPへの対応策をOSCE域内で標準化するための規範整備に乗り出している。具体的には、既存の「過剰な名誉毀損訴訟」や「濫訴」規制を持つ国の制度分析を進め、域内ガイドライン策定を目指すという。

 この動きは、報道の自由がいかに「合法的な形式」によって侵害されうるか、という視点を制度的に可視化しようとする試みと見ることができる。

公共的情報とは何か──新たな基準の模索

 報告書の後半では、「Public Interest Framework(公共的関心に基づく情報枠組み)」という概念が登場する。これは、情報空間の構造的歪み(アルゴリズム偏重、センセーショナルな言説の拡散、リソース不足にあえぐ地方メディアの衰退)を踏まえ、公共的関心に資する情報とは何かを定義し、その可視性と持続可能性を制度的に担保する枠組みの構築を目指すものである。

 この分野はまだ議論が始まったばかりだが、すでにメディア・リテラシー教育、報道の持続可能性(メディア・バイアビリティ)、公共的報道の原則といった要素が複合的に扱われつつある。情報の「質」に対して、どのように制度が支えうるのかという問いが、プラットフォーム規制やAI時代の言論空間設計とも重なってくる。

規範は「再定義」されつつある

 報告書は、冷戦期の国際合意である1975年の「ヘルシンキ最終文書」に何度も言及し、「国境を超えた情報の自由な流通」こそが安全保障の基盤であると強調する。この言及自体は古典的な立場の再確認に見えるかもしれないが、実際には「いま再び、その原則が脅かされている」という危機意識の表出でもある。

 外国資金法やSLAPPといった“制度を装った抑圧”が世界中で拡大するなか、OSCEがこれに明確な立場をとり、規範的枠組みの再定義に乗り出していることは注視に値する。

コメント

タイトルとURLをコピーしました