ナミビア2024年選挙における偽情報・誤情報の構造:Narrative LaunderingとAIの出現

ナミビア2024年選挙における偽情報・誤情報の構造:Narrative LaunderingとAIの出現 民主主義

 ナミビアにおける2024年の大統領・国会選挙をめぐる偽情報・誤情報の拡散状況について、現地のファクトチェック・プロジェクトであるNamibia Fact Checkが詳細な報告書を公表している(2025年3月)。本稿では、この報告書『Countering #Elections2024 Mis- & Disinformation』に基づき、選挙に先立つ情報空間がいかにして分断され、制度的信頼が揺さぶられたのか、その構造的な分析と事例の提示を通して紹介する。

 報告書は、SNS空間での情報操作やAI生成コンテンツの利用、メディアの報道不備、外国アクターの関与などを多角的に分析しており、選挙と情報戦の関係を理解する上で重要なリソースとなっている。

「Narrative Laundering」としての選挙偽情報

 本報告書の中核概念の一つが「ナラティブ・ロンダリング(narrative laundering)」である。これは、虚偽または根拠の薄い主張を、複数の情報源を経由させることで信憑性を獲得させ、最終的に主流メディアや社会的通念に浸透させる情報操作技術である。特に選挙においては、この技術が特定候補の信用失墜や制度全体の信頼の毀損に用いられていた。

 報告書ではこのナラティブ・ロンダリングの典型例として、以下のような事案が挙げられている。

  • 「IPCは英国の手先」という主張は、偽の英国議員書簡を含むコンテンツに始まり、SNS上のインフルエンサー(例:@ali_naka)、ナイジェリアのPR会社からの有償記事依頼、そしてガーナのGhanaWebへの掲載へと拡散していった。
  • 「Swapo党候補はCIAのスパイで健康問題を抱えている」というナラティブもまた、AI生成映像(“collapse video”)や偽の医療記録風投稿、匿名ブログなどで繰り返し拡散された。

 このように、一見無関係な複数ソースを通じて虚偽が信憑性を帯びるメカニズムが、選挙プロセスを蝕んでいた。

中傷キャンペーンの構造と対象

 報告書は、いくつかの典型的な中傷キャンペーン(smear campaigns)を抽出し、構造的な分析を行っている。

パンドゥレニ・イトゥラ(Independent Patriots for Change, IPC)

  • 「英国市民で植民地主義の代理人」「アパルトヘイトの協力者」とする映像・文章が、早くも2024年初頭から流布された。
  • 偽の書簡(英国議員Sarah Champion名義)や、cheapfake動画が主要ツールとなった。

ネトゥンボ・ナンディ=ンダイトワ(Swapo党候補)

  • 「高齢で不健康」「米国の価値観に従属」「党への裏切り者」という複合ナラティブが形成された。
  • 「ラリー中に倒れた」とされるAI生成映像は、複数のSNSアカウントから同時多発的に拡散され、一定の世論形成効果を持ったと見られている。

選挙管理委員会(Electoral Commission of Namibia, ECN)

  • 「中国およびジンバブエと結託して不正を画策している」といった偽情報が広がり、ECN職員名義の偽書簡まで出回った。
  • ECNは声明を出し反論したが、既に拡散されたコンテンツは選挙の正当性に影を落とした。

AI生成コンテンツの登場とcheapfakeのリアリティ

 報告書が強調するもう一つの注目点は、AI生成コンテンツ、特にcheapfakeの出現である。Namibia Fact Checkによれば、以下のようなAI利用が確認された。

  • 無料のAI音声・映像生成ツールによって作成された「バイデンがSwapoを称賛する映像」
  • IPC党首を侮辱するように聞こえる偽の音声メッセージ(LPM党首の声を模倣)
  • 選挙候補者の「倒れる」シーンを再現した安価な映像モンタージュ

 興味深いのは、これらが高度なdeepfakeではなく、明らかに粗雑なcheapfakeであったにもかかわらず、十分な視覚的・感情的インパクトをもって信じられたという点である。これは、技術の洗練度よりも、リテラシー環境と感情的文脈が情報受容において決定的な役割を果たすことを示唆する。

報道機関の誤報と制度的脆弱性

 報告書はまた、国内外の報道機関が偽情報の拡散に加担してしまった構造的問題を指摘する。

  • 国内紙New EraによるSwapoの雇用政策に関する誤報(「5,000人」→「50万人」)
  • The Africa Reportによる「6,000万ドルの投票用紙印刷費」という完全な虚偽報道
  • The Economistによるナミビアの立法制度誤認や選挙制度の不正確な記述

 これらは、ナラティブ・ロンダリングの最終段階=「主流化(integration)」を担う存在となっており、メディアの役割に対する信頼そのものを揺るがしている。

外国勢の関与と政治ナショナリズムの交差

 ナミビアのケースでは、外国アクターの介入が複数の層で見られた。とりわけ次の三点は注目される。

  1. 情報面での関与(PR会社、海外ニュースサイト、SNSインフルエンサー)
  2. 経済的影響力の行使(広告出稿提案などによるナラティブ誘導)
  3. 選挙戦略への間接的関与(特定候補を後押し/毀損するメッセージの増幅)

 中でもジンバブエ出身のインフルエンサーAli Nakaは、X上で約50万人のフォロワーに対して特定政党(IPC)支持の発信を続け、選挙空間に大きな影響を及ぼした。

結論:民主主義の情報環境としてのSNS空間

 このレポートは、偽情報が単なる「誤った情報」の問題ではなく、制度的信頼・民主主義そのものへの攻撃であるという事実を実証的に示している。とりわけ注目すべきは以下の四点である。

  • 偽情報は選挙期間に集中するのではなく、通年で持続的かつ計画的に流されていた
  • AI技術は今後、より洗練されたdeepfakeの方向に進化し、検出困難な偽情報の増加が予見される
  • 外国勢の「間接的な影響力行使」は明確に確認されており、今後の選挙に向けた対策が求められる。
  • 選挙管理委員会や報道機関の能力不足は、偽情報に対する最大の脆弱性の一つであった。

 ナミビアにおける選挙情報空間は、情報戦の実験場としての様相を呈しており、これは決して「他人事」ではない。情報環境と民主制度の関係性を理解するうえで、本報告書は貴重なケーススタディである。

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