偽情報(disinformation)は現代社会において重大な課題です。その影響を軽減するためには、テクノロジーだけでなく、教育や視覚的なアプローチが必要です。そこで注目すべきなのが、デザインを活用して物語(ナラティブ)を批判的に再構築する手法です。これは、オーストラリア・シドニー大学のヤロン・メロン氏が提唱する論文「Looking at things strangely: Defamiliarisation as a design approach for media literacy education」で詳しく述べられています。
グラフィックデザインとナラティブの力
この論文では、グラフィックデザインの本質的な役割について議論されています。デザイナーは視覚的な要素を通じて物語を構築し、それを通じて人々の認識に影響を与える「語り手」として機能します。例えば、健康食品の広告では「自然」や「純粋さ」といった価値観を強調し、消費者に安心感を与えるような牧歌的な物語がよく使われます。
しかし、これらのナラティブは時に現実を歪め、消費者の固定観念を強化するだけでなく、誤解を招く可能性もあります。メロン氏は、こうした商業的ナラティブを批判的に分析し、再構築することで、偽情報対策やメディアリテラシー教育に活用できると提案しています。
異化効果(Defamiliarisation)の可能性
論文では、異化効果というデザイン手法が紹介されています。これは、馴染みのある情報を「奇妙なもの」として再解釈することで、新しい視点を提供する方法です。メロン氏は、異化効果を活用した実験的な広告デザインを提案しています。
この図は、科学技術によって作られた培養肉を広告するための模擬広告です。通常の食品広告が「自然そのもの」であることを強調するのに対し、ここでは「科学が自然を改良した」という逆転した物語が描かれています。この手法は、「自然=安全で優れている」という固定観念を揺さぶり、科学技術の役割を再評価するきっかけを提供します。
この図では、科学が食品を制御し、個人の選択肢を広げるというテーマが描かれています。「自然」を意図的に作り出したものとして再定義することで、従来の「自然食品」という概念に疑問を投げかけています。
偽情報対策への応用
異化効果を使った視覚的デザインは、単に広告としての役割を超え、メディアリテラシー教育や偽情報の解体に役立つ可能性があります。例えば、消費者に「自然食品」や「健康」に関する誤解を解消する教育的ツールとして利用できます。また、メディアで広まる誤ったナラティブを解体し、新たな視点を提供するための有力な手段となるでしょう。
結論:デザインの新たな可能性
メロン氏の論文は、グラフィックデザインが持つ物語構築力を活用し、偽情報対策や教育に貢献できる可能性を示しています。特に異化効果は、既存の価値観や固定観念を再考させ、新しい理解を促す強力なツールです。
偽情報との闘いには、多面的なアプローチが必要です。この論文が提案する視覚的デザインを活用した手法は、デジタル時代において重要な役割を果たすでしょう。読者の皆さんも、身の回りの「当たり前」を少しだけ「奇妙なもの」として見直してみると、新たな気づきが得られるかもしれません。
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