情報戦にどう立ち向かうか──FIMI対策の「橋」をかける欧州とインド太平洋の試み

情報戦にどう立ち向かうか──FIMI対策の「橋」をかける欧州とインド太平洋の試み 情報操作

 2025年7月にハーグ戦略研究センター(HCSS)が公開した政策ブリーフ『FIMI in Focus』は、中国とロシアによる外国からの情報操作・干渉(FIMI)の現状を、インド太平洋と欧州を比較する形で可視化した。続編となる『Building Bridges: Europe-Indo-Pacific Cooperation for Resilient FIMI Strategies』は、その分析を前提に、「ではどうするか」という協調の可能性と限界に踏み込む。

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FIMI対策はなぜ「連携」が必要か

 中国とロシアが展開するFIMIは、どちらも国家戦略の一部であり、SNS、国営メディア、文化機関、ディアスポラネットワークなどを駆使している点で共通する。ただし、中国はディアスポラや経済依存を含む“複合型”アプローチを好み、ロシアは“拡散型・混乱型”のFIMIを武器とする。戦術は違えど、両者が狙うのは共通の脆弱性——情報環境の断片化、制度不信、民主主義社会の開放性——である。

 つまり、FIMIへの対応には個別国家の防衛策では限界があり、地域を越えた制度的な連携と相互学習が不可欠になる。

欧州とインド太平洋の「構え方」は違う

 両地域の対応姿勢には顕著な差がある。インド太平洋では、体制によって次のように分かれる。

  • 権威主義型(例:カンボジア、シンガポール)
     国家による介入的対策を採用するが、それがしばしば国内の異論封じにも転用される。
  • 自由主義型(例:台湾、オーストラリア、韓国)
     社会全体を巻き込む“whole-of-society”型で、プラットフォームとの対話や市民教育も重視。

 一方、欧州は規範と法制度に基づいたガバナンス中心のアプローチを取っており、FIMIツールボックス(EEAS)やEUvsDisinfoといった統合的枠組みが整備されている。しかし、EU域内でも法定義がばらついており、運用面での断絶も課題となっている。

協力は進んでいるが、まだ“線”でしかない

 欧州とインド太平洋間では、すでに複数の協力枠組みが存在する。

  • 二国間:EU-日本の安全保障対話、EU-インドのサイバー対話、EU-韓国の戦略協議
  • 小多国間:クアッド(QUAD)の偽情報対策WG
  • 多国間:G7、NATO、EU-ASEAN対話など

 ただし、これらは多くが“宣言レベル”にとどまり、具体的な共同プロジェクトや制度統合には至っていない。実質的な情報共有や共同対応を進めるには、言葉とルールの“翻訳作業”が避けられない。

HCSSの提言:「用語・対話・業界関与」

 『Building Bridges』では、協力強化に向けた課題と推奨事項が3点にまとめられている。

  1. 用語と定義の統一
     「何がFIMIか」が国によって違えば、脅威分析も対応もすれ違う。共通語彙と分析フレームの整備が急務。
  2. 既存対話の制度化
     新たな枠組みをつくるより、すでにある戦略対話(例:日欧、韓欧)を定期化・実務化する方が現実的。
  3. 産業界を巻き込んだ規範形成
     SNSやAIがFIMIの主戦場である以上、GAFAをはじめとするプラットフォーム企業抜きにした議論では効果が薄い。

政治的価値観の断絶を超えて

 最大のボトルネックは、情報環境の“管理”に対する政治的価値観の違いである。言論の自由を原理とする欧州と、情報環境への国家介入が常態化している東南アジア諸国との間では、そもそも「何が守られるべきか」の前提が異なる。

 だからこそ、用語や価値観を相対化しつつ、「どのような手法が、どのような脆弱性に作用するか」という構造レベルでの合意が鍵になる。そこから逆算して、連携可能な範囲を明確化し、最小公倍数的な協力を構築する必要がある。

おわりに

 『FIMI in Focus』が敵の手法を可視化したとすれば、『Building Bridges』は対抗側の“戦術連携”を模索する設計図にあたる。制度の統合ではなく、標準の共有。脅威の定義ではなく、手法への着目。地域ではなく、構造にフォーカスする。それがFIMI時代の協力の条件であり、今回のブリーフが提示した最大の論点である。

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