ソーシャルメディアは、情報の共有や議論の場として私たちの生活に深く根付いています。しかし、その中で「なぜ誤情報が拡散するのか」という疑問は未解決の重要な課題です。2025年1月に公開された論文「Why do people share (mis)information? Power motives in social media」では、「パワーモチベーション(他者に影響を与えたり支配したい欲求)」が情報共有行動に与える影響を探っています。この研究は、誤情報共有が単なる「間違い」ではなく、「意図的」かつ「動機づけられた行動」である可能性を示唆しています。
研究の概要
イギリスやポーランドを拠点とする研究チームは、合計1882名を対象に4つの研究を実施し、以下の仮説を検証しました。
- パワーモチベーションが強い人ほど、(誤)情報をより多く共有する。
- 誤情報共有は、影響力の感覚を高める手段として機能する。
- パワーモチベーションが強い人は、自分が誤情報を共有していることを認識している可能性が高い。
実験の詳細と結果
研究1: 支配欲(Dominance)と情報共有行動
目的
- 支配欲が、日常生活やソーシャルメディア上での情報共有行動にどのように影響を与えるかを調査。
- 誤情報共有が「影響力を感じる手段」として機能するかを検証。
実験の流れ
- 支配欲の測定:
- 「Achievement Motivation Scale」の支配欲サブスケールを用い、例えば「人々は私の意見に注目する」といった項目について評価。
- シミュレーションタスク:
- 偽のFacebookまたはTwitter投稿を提示(投稿にはリアルニュースとフェイクニュースが混在)。
- 参加者は、実際に自分のネットワークで共有する投稿を選択。
- 影響力の感覚の測定:
- 投稿後、参加者が自分のオンラインネットワークにどれほど影響力を感じたかを尋ねる。
- 日常生活での共有行動調査:
- 普段どのくらい他人の投稿を共有するかを質問。
結果
- 支配欲が高い人は、誤情報を意図的に共有する傾向があった。
- 誤情報共有は「自己の影響力を実感する」手段として機能する。
- 支配欲が低い人ではこの傾向が見られなかった。
研究2: 支配欲とパワー価値(Power Values)の比較
目的
- 支配欲とパワー価値が情報共有行動にどのように影響を与えるかを比較。
- より現実的なシミュレーション環境を構築し、異なる条件で共有行動を評価。
実験の流れ
- パワー価値の測定:
- パワー価値(社会的権力、富、権威)を評価するスケールを使用。
- 例えば「社会的権力は私にとって非常に重要だ」といった項目について評価。
- 複数ブロック形式のシミュレーションタスク:
- 投稿を5つのブロックに分けて提示し、参加者が順番に投稿を選択。
- 一回のタスクで選択肢が増えることで、実際の共有行動に近づけた。
- 日常生活での共有行動調査:
- 支配欲とパワー価値のスコアに応じて日常の共有行動を比較。
結果
- パワー価値が高い人は、誤情報も含めて投稿を多く共有する傾向が強かった。
- 支配欲は誤情報共有に関連するが、その影響はパワー価値ほど強くなかった。
- パワー価値は、「どの情報を共有するか」という選択そのものに大きな影響を与えていた。
研究3: 文脈依存のパワーモチベーション
目的
- ソーシャルメディア上で影響力を持つことへの欲求(文脈依存のパワーモチベーション)が誤情報共有にどう影響するかを検討。
- 実際の権力(実験的に操作)と共有行動の関係を分析。
実験の流れ
- 権力条件の操作:
- 参加者は以下の3条件にランダムに割り当てられた:
- 高権力条件: 他人を支配した経験を思い出す。
- 低権力条件: 他人に支配された経験を思い出す。
- コントロール条件: スーパーでの買い物経験を思い出す。
- 参加者は以下の3条件にランダムに割り当てられた:
- シミュレーションタスク:
- 条件操作後に投稿共有タスクを実施し、誤情報とリアルニュースの選択を記録。
- 過去の誤情報共有の認識:
- 過去3か月で誤情報を共有した経験があるかを質問。
結果
- 高権力条件の参加者は、誤情報をより多く共有する傾向があった。
- 文脈依存のパワーモチベーションが高い人ほど、誤情報共有の行動が顕著だった。
- 実際の権力そのものは、誤情報共有にはほとんど影響を与えなかった。
研究4: 職場での権力(Occupational Power)と共有行動
目的
- 職場での地位(上下関係)が誤情報共有行動にどのように影響するかを評価。
- パワーモチベーションと誤情報共有後の「満足感」の関係を探る。
実験の流れ
- 職場での権力の測定:
- 参加者は職場での地位(上位/下位)を自己評価。
- 例えば「私は組織内でどの階層に位置しているか」をピラミッド形式で選択。
- シミュレーションタスク:
- 他の研究と同様に、投稿を選択するタスクを実施。
- 満足感の測定:
- 誤情報共有後、「影響力を感じたか」について評価。
結果
- 職場での地位そのものは誤情報共有に直接的な影響を与えなかった。
- 支配欲やパワー価値が強い人は、誤情報共有後に強い「満足感」を感じる傾向があった。
- 文脈依存のパワーモチベーションも、共有行動を促進する重要な要因だった。
課題と展望
- 課題: 実験的シミュレーションと現実世界の差異。
- 展望: 誤情報対策には、単なるデジタルリテラシー教育以上のアプローチが必要。
結論
この研究は、「なぜ人々が誤情報を共有するのか」という問いに新たな視点を提供しました。最大のポイントは、「誤情報共有が単なる偶然ではなく、意図的で動機づけられた行動である」という点です。特にパワーモチベーションが、自己の影響力を高める手段として誤情報を利用している可能性を明らかにしたことは、現代のソーシャルメディア環境において極めて興味深い発見です。
ソーシャルメディアが「情報共有の場」を超えて「影響力競争の場」となっている現代において、この研究が提起する問題は今後の社会にも重要な示唆を与えるでしょう。
コメント
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