アサド政権の静かなネットワーク:シリアのラテンアメリカにおける影響工作

アサド政権の静かなネットワーク:シリアのラテンアメリカにおける影響工作 情報操作

 2025年2月5日、Digital Forensic Research Lab(DFRLab)は、レポート「Assad’s Silent Network: Syrian Influence Operations in Latin America」を発表した。本レポートは、シリアのバシャール・アル=アサド政権がラテンアメリカで展開した影響工作の実態を明らかにしている。

 2024年12月のアサド政権崩壊により、シリアが長年にわたりラテンアメリカで行っていた情報工作の詳細が明るみに出た。シリア政府は、権威主義的な友好国であるキューバ、ベネズエラ、ニカラグアと連携し、ラテンアメリカにおいて影響力を維持してきた。特に、既存の反米・反西側のナラティブと結びつけることで、地域内での支持を確保する戦略を取っていた。

 同政権は、公式メディアや外交ネットワーク、SNSを活用し、情報空間の操作を試みた。その目的は次のとおりである。

  • アサド政権の正当性を確立すること。
  • 西側諸国のシリア政策に対する批判を広めること。
  • ロシア、イラン、中国などの権威主義国家と連携し、影響力を拡大すること。

プロパガンダの展開手法

1. 国家メディアを通じた情報発信

 シリア政府は、国営メディアSANA(シリア・アラブ通信社)を活用し、スペイン語版のニュース配信を行っていた。SANAは、Prensa Latina(キューバ)や TeleSur(ベネズエラ)と協力し、アサド政権寄りの報道を展開した。これらのメディアは次のようなナラティブを広めた。

  • 「シリアは西側のプロパガンダに晒されている」
  • 「アサド政権は安定を取り戻し、国の復興を進めている」

 2016年には、「Siria Resiste(シリアは抵抗する)」というドキュメンタリーを制作し、西側メディアのシリア内戦報道を批判した。さらに、2017年にはPrensa Latinaの副社長がダマスカスを訪問し、SANAとの協力関係を更新。これにより、シリア政府のメッセージがスペイン語圏に広がる環境が整えられた。

2. ラテンアメリカの既存メディアとの協力

 SANAの情報は、CubaDebate、CubaSi、Granma、Nodalといったキューバの国営メディアに転載されることが多かった。また、Brasil de Fato(ブラジル)、Diario Co Latino(エルサルバドル)、BoliviaTV(ボリビア)もSANA発の情報を転載していた。

 さらに、2013年と2017年には、ベネズエラのTeleSurでアサド大統領のインタビューが放送された。2024年6月10日には、キューバ大使館でPrensa LatinaとTeleSurのジャーナリストが表彰され、「シリアの真実を伝えた」と評価された。

3. SNSでの影響力拡大

 SANAのスペイン語版X(旧Twitter)アカウントは、次のような影響力を持っていた。

  • 2019年に開設され、フォロワーは約49,000人。
  • 2022~2024年の間に32,845件の投稿を行った。
  • 約130万件の「いいね」、86万回以上のリツイートを獲得。

 投稿内容の分析では、シリア、ロシア、イスラエル、ウクライナ、パレスチナ、アメリカに関連する情報が多く、特に反米・反NATOメッセージが強調された。具体的には次のようなナラティブが発信された。

  • 「西側がシリアをdestabilize(不安定化)させている」
  • 「米国の制裁は違法」

 また、プロパガンダの37.1%は次の国々を擁護する内容であった。

  • ロシア(76.91%):ウクライナ戦争の正当化やNATO批判
  • イラン(10.11%):シリアとの軍事協力や制裁への反対
  • 中国(9.77%):西側諸国による経済制裁への批判やグローバル・サウスの連携強調

4. プロパガンダの内容と影響

 アサド政権の情報工作は、特定のナラティブを強調することで影響力を維持していた。

  • アサド政権の正当性の強調:「シリアは復興中」「政府は国を安定させている」「反体制派はテロリスト」
  • パレスチナ問題の利用:「シリアはパレスチナを支持している」
  • ロシアのウクライナ侵攻の正当化:「ウクライナは西側の陰謀」
  • 反米・反西側のメッセージ:「米国は主権国家を侵略し、シリアを不安定化させている」

 この戦略は、一部のラテンアメリカのメディアに影響を与え、無意識のうちにシリア寄りの情報を拡散する結果となった。

結論

 アサド政権の情報戦は、ラテンアメリカの既存の反米ネットワークを利用することで、一定の影響力を獲得していた。特に、キューバやベネズエラのメディアと協力し、反西側・反NATOのナラティブを強化することに成功した。

 しかし、2024年12月のアサド政権崩壊後、プロパガンダの影響力は急速に低下した。本レポートは、小規模な権威主義国家であっても、適切なメディアネットワークを利用すれば海外で情報戦を展開できることを示している。

 DFRLabの調査は、ラテンアメリカにおける情報戦の実態を明らかにし、今後の偽情報対策に重要な示唆を与えるものである。

コメント

  1. Visit us より:

    The author presented the knowledge in a clear and concise manner, well done.

タイトルとURLをコピーしました