2025年2月に行われたドイツ連邦選挙を対象に、ISD(Institute for Strategic Dialogue)とそのパートナー組織が実施したFIMI(外国情報操作・干渉)監視プロジェクトは、同選挙に対する国外の組織的介入の実態と、それに伴う情報操作技術の進化を記録している。2025年7月に公開された報告書(Country Report: Assessment of Foreign Information Manipulation and Interference in the 2025 German Federal Election)は、従来型の操作に加え、生成AIの本格的な戦術転用と国内政治勢力との共振に特に焦点を当てており、選挙干渉の質的転換を読み解く上で重要な一次資料である。
本記事では、この報告書が明らかにした主なFIMIキャンペーン、使用された技術、ターゲティング戦略、拡散経路、制度的課題について、可能な限り詳細に紹介する。
プロジェクトの背景と方法論
本報告書は、「FIMI Defenders for Election Integrity」と題された欧州横断のプロジェクトの一環であり、ISD、EU DisinfoLab、Debunk.org、Alliance4Europe、GMFなど10団体のコンソーシアムが主導。ドイツ国内の16のNGO・研究機関と連携し、OSINT・事例監視・プラットフォーム報告・事後分析の四段構成でFIMIに対応している。
2025年選挙においては、2017年・2021年・2025年の3選挙を対象とするデータベース(報告書100件、うち20件がリアルタイム監視)を構築。OpenCTIにより構造分析され、STIX規格で198のオブジェクトと2,554の関係性が抽出された。
主要なFIMI作戦:Doppelgänger、Storm-1516、Operation Overload
報告書は、ロシアと関連する3つの影響工作ネットワークを主軸として挙げている。
Doppelgänger
ロシア政府系SDA(Social Design Agency)によって運用される模倣ニュースサイト群。例として、welt.pm
、leparisien.fyi
、unian.cx
などが挙げられ、AI生成の偽記事と、通常記事の再加工版を混在させることで信憑性を装う。ドイツ語話者を標的とし、経済崩壊・移民の脅威・ウクライナ支援の弊害を反復的に流通させた。
Storm-1516
虚偽動画と人格攻撃に特化したキャンペーン。RT系列の「Foundation to Battle Injustice(R-FBI)」と連携し、選挙候補者に対する性的暴行・汚職・反国家的行為の疑惑をAI映像とともに拡散。緑の党のRobert HabeckやClaudia Rothに対して「絵画盗難に関与」「児童性犯罪」などの偽情報が展開された。
Operation Overload
メディア、大学、法執行機関の名を騙ったAI生成動画を大量に生成・配信。AfD支持や反移民の発言を「誰かが言ったこと」に偽装する戦術を取った。これらの動画は英語・仏語・アラビア語など多言語で作成され、国際メディア空間での反響と混乱を目的としていた。
生成AIの導入と分布
2025年選挙は、FIMI戦術における生成AIの本格導入が確認された初の欧州主要選挙である。報告書は、以下のツールが頻繁に用いられたことを明記している:
AIツール名 | 言及回数 |
---|---|
ChatGPT | 45 |
Perplexity | 24 |
Exa.ai | 7 |
Grok (xAI) | 4 |
Gemini 2.0 | 3 |
使用形態には以下が含まれる:
- AI生成音声付きナレーション(TikTok動画多数)
- AI改変映像(大学教授の支持発言、BBCを装ったキャスターなど)
- 記事本文の自動生成と偽装(RSS連携、Bot拡散)
これらはボットネットによって補強され、一部は投稿から1分以内に6,000件以上のリポストが発生するなど、非人間的な挙動が確認されている。
RT DEと制裁回避の構造
EUによる制裁にもかかわらず、RT DEは以下の方法でコンテンツ拡散を維持していた:
- ミラーサイト:20以上のドメイン、11のサブドメインでRT DEの内容を復元。
- ポッドキャスト:ListenNotesなどの第三者集約プラットフォームで音声化記事を上位配信。トップ1%入り。
- RSSリーダーとの連携:他のニュースポータルと同様に見えるインターフェースで配信。
2024年12月時点で、ドイツの主要ISP4社中3社はこれらのサイトに対するブロックが不完全であり、1サイトあたり21万人以上の訪問者を記録。
ナラティブの構造と対象
FIMIが展開した主なナラティブは以下の通り:
- 移民排斥:ウクライナ難民やアフリカ出身者に対する脅威認識の煽動。
- 政府不信:与党(三党連立)による経済崩壊の責任追及。
- 選挙不正:ライプツィヒやハンブルクでのAfD票消失・破棄を装った動画が出回る。
- ジェンダード・ディスインフォメーション:女性政治家(Baerbock等)への性的攻撃・私生活暴露。
- ウクライナ支援否定:経済的負担、Zelensky批判、和平交渉による「現実的解決」強調。
これらはAI・動画・SNS・ミラーサイト・ポッドキャストを連携させて拡散された。
AfDの模倣戦術と境界の曖昧化
報告書は、AfD自身がFIMI的な手法を選挙戦略として使用していた点にも触れている。TikTok上では、非公開アカウントがAfDの政治家になりすました投稿を大量に行い、その69%が実在しない「党公式ページ」を装っていた。こうした戦術は、国外の操作ネットワークとの区別を実質的に困難にし、合法的キャンペーンと干渉との境界を曖昧化する。
対応と制度的課題
- XはStorm-1516の報告に対し「違法性がない」として対応を拒否。
- Blueskyは報告後に関連アカウントの活動を制限。
- DSA(欧州デジタルサービス法)に基づく対応強化の必要性が明示された。
また、ISP、検索エンジン、ポッドキャストプラットフォームにおける「国家制裁回避構造」への制度的対応も提言されている。
まとめ
この報告書は、FIMIが情報操作の「職人技」から「インフラ化」へと移行していることを端的に示している。生成AIの導入によって、規模・スピード・信憑性が増した偽情報が、ミラーサイトやSNS、音声・動画など複数チャネルで連携的に拡散される構造が常態化しつつある。
「真偽」の判別が難しくなるのではなく、「関心をもって調べること」自体を不可能にする情報過飽和の戦略が展開されている。この構造に対して、規制と検証は体系的かつ横断的な形で構築される必要がある。
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