2024年7月の大統領選挙を起点として、ベネズエラでは数百件規模の偽情報が観測された。だが、それを単なる「選挙デマの記録」として片づけると見誤る。「Hitos de la desinformación en Venezuela」(2025年3月21日発表)は、偽情報をめぐる国家的な情報空間の構造と推移を、8ヶ月にわたって時系列で描いた報告書である。
特筆すべきは、件数や発信媒体の分布といった定量データにとどまらず、偽情報がどのようなナラティブとして設計され、何を目的に使われたかまでを分析している点だ。本稿では、このレポートを「時間軸」「空間軸」「ナラティブ構造」という3つの視点から読み解く。
1|時間軸──偽情報のフェーズと目的の推移
本レポートは、2024年7月から2025年2月までの8ヶ月間に421件の偽情報を記録しているが、その分布には明確な波がある。
- 7月:選挙前の誹謗中傷と投票妨害
- 主要野党候補を対象にした人格攻撃や家族への中傷、選挙制度への不信を煽る情報が拡散。
- 同時に、反対勢力を「暴力化する危険な集団」と位置づける偽情報も出現。
- 8〜10月:選挙結果の正統性演出と国際批判の抑制
- 「正当な勝利」「暴力的な抗議」「外国の陰謀」といった物語が政府側から展開される。
- 国際的批判への応答として「BRICS支持」「米国との交渉」といった外交的フレームも導入。
- 11月以降:政権の正統性を補強し、制度的沈黙を情報操作として使う段階へ
- 政治犯の存在を否定、弾圧の正当化、法律改正の不透明な手続きが「黙示の偽情報」として機能。
- 「反対意見が存在しないこと」がむしろデマの一形式となる。
2|空間軸──媒体ごとに異なる役割分担
偽情報の流通媒体を見ると、Facebook(28%)、X(26%)、WhatsApp(25%)の三つが主力である。
- X
政治的デマ、国外要人の偽発言、画像の改ざんなど、「可視性の高い情報戦」が行われた場。 - Facebook
国際情報や選挙制度の信頼性などをめぐる「信頼フレームの争奪」が展開された。 - WhatsApp
恐怖の拡散や封鎖された情報の代替流通経路として利用されたが、7月以降は検問による携帯チェックへの警戒から件数が減少した。
媒体ごとに発信者の属性や目的が異なることも、レポートでは丁寧に分析されている。発信者の71%が「実在の人物」とされているのも、FacebookやWhatsAppが主流だからだ。
3|ナラティブ構造──偽情報は「制度」として語られる
本レポートが興味深いのは、偽情報が単に「嘘をつく」ために使われるのではなく、「国家がどう正統性を演出するか」という物語の一部として設計されている点にある。
例を挙げると:
- 政治犯の否定
拘束者数の矮小化、死亡者の死因のすり替え、家族の証言の封殺。 - 国外の指導者の偽発言
トランプがマドゥロを承認、ルラが反対派を非難、ブケレが選挙に介入──すべては外部の承認を演出するための道具立て。 - 制度的沈黙
選挙管理機関のウェブサイトが半年以上ダウンしたまま、改憲案の中身が公表されない。
情報の不在自体が「意味のあるメッセージ」になっている。
偽情報とは、虚偽の発信だけでなく、制度的な不透明さや不作為も含めて機能している、という含意をこのレポートは浮き彫りにしている。
偽情報とは、構造である
「Hitos de la desinformación」は、421件のデマをカウントする報告書ではない。むしろこれは、偽情報を国家がどのように制度化し、物語化していくかの記録である。
特定の出来事に対して、何を語るのか、語らないのか、どの順序で、どのプラットフォームで発信するのか──すべては政治的に設計された選択であり、そこにこそ分析の射程がある。
偽情報が構造であり、言語戦争であるという前提に立つとき、このレポートはひとつの好例となる。件数ではなく「語られたこと/語られなかったことの体系」として読むべき報告書である。
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