イーロン・マスクと「参加型誤情報」──Xが変えた政治空間

イーロン・マスクと「参加型誤情報」──Xが変えた政治空間 情報操作

 2025年3月19日にEDMO(European Digital Media Observatory)が発表したレポート「How Elon Musk’s powerful disinformation machine works」は、SNSが国家機能に匹敵する影響力を持つようになった現在、その最も極端な事例としてイーロン・マスクとX(旧Twitter)を取り上げている。

 単なるプラットフォーム上の誤情報ではない。本稿で描かれているのは、アルゴリズム、政治的接続、陰謀論ネットワーク、国際的な選挙干渉を包括した情報操作システムとしてのXだ。

SNSが政治を動かす──マスクの発信が政策と社会認識に影響

 レポートの冒頭は、2025年2月にマスクがXに投稿した「Make Europe Great Again」の呼びかけから始まる。これはトランプの「MAGA(Make America Great Again)」の欧州版であり、この投稿の直後には極右政党連合「Patriots for Europe」がマドリードに集結、トランプを欧州の模範と位置付ける集会を開催している。

 この現象は偶然ではない。マスクはXを通じて、少なくとも18か国で右派勢力の台頭を直接支援してきたとNBC Newsは報じている。これは単なる政治的意見表明ではなく、特定のナラティブ(物語)と人物群を、技術的にも社会的にも増幅する仕組みによって支えられている。

誤情報はどう拡散されるのか──構造と手法

 マスクの特徴は、自ら誤情報を作り出すのではなく、既存の極右系アカウントの投稿を「公式化」することによって拡散を加速させる点にある。

 代表例は@KanekoaTheGreatというアカウント。コロナの死者数は誤診だったと主張する投稿に対してマスクが反応した結果、そのリツイート数は通常の4倍以上に跳ね上がった。再投稿された投稿群の平均リツイートは7,500回を超え、同アカウントのフォロワーは半年で18万人から100万人を突破した。

 また、ナンシー・ペロシの夫が暴漢に襲われた事件について「同性愛者との痴話喧嘩だった」とする陰謀論を拡散したり、トランスジェンダーによる大量殺人が急増しているという虚偽の統計を広めたりと、マスクが言及した誤情報の多くが、一気に“信じてよい情報”としてX上に定着している

 この構造について、レポートは「参加型誤情報(participatory disinformation)」という言葉で説明している。これは、プラットフォーム所有者自身がユーザーと共に虚偽を“共創”するモデルであり、従来のボットや匿名アカウントによる偽装とは異なる新たな段階にある。

Xの内部構造と制度破壊

 マスクが行ったのは投稿だけではない。Xというプラットフォームそのものを、誤情報が拡散しやすい設計に再構築している

  • コンテンツモデレーションチームの大規模な削減
  • 政治的誤情報を通報する機能の廃止
  • 調査目的での外部アクセス遮断
  • 「Community Notes」機能の導入と機能不全
  • かつてBANされたアカウントの復活(例:サンディフック銃乱射事件を否定したAlex Jones)

 これらの変更により、Xは誤情報、ヘイトスピーチ、陰謀論の温床となった。報道機関や研究者の多くがXを離れ、広告主の大量撤退も起きたが、それでもマスクは後退しなかった。

 むしろ、トランプの大統領返り咲きに合わせて、マスクは「政府効率省(DOGE)」という新設組織の長官に就任。USAIDを「左翼の巣窟」と呼び、虚偽の情報(「ハリウッド俳優に金をばらまいていた」など)を元に解体へと動き出している。

「陰謀論ネットワーク」との共犯関係

 レポートは、マスクが特定の極右・陰謀論アカウントとの接続を持ち、それを利用して政治的影響を行使している点も明らかにしている。

  • @Catturd(トランプ支持のプロパガンダアカウント)
  • @LibsOfTikTok(反LGBTQ)
  • ZeroHedge(反ワクチン・反金融の陰謀論)
  • @eyeslasho(人種優生思想を広めるアカウント)

 これらのアカウントは、英国内の「二重警察制度」神話、Keir Starmerによる「児童性犯罪黙認」説、USAIDへの誤情報攻撃など、各国で現地化された政治攻撃にマスクの力で“正当性”を与えられてきた。

 とくに@eyeslashoは、マスクによる複数回の引用で拡散され、極右ナラティブの欧州展開に貢献している。Le Mondeが示した通り、マスクは「RadioGenoa」など欧州極右ネットワークとも接続しており、それらの投稿は英語で「翻訳」され、米国の文化戦争へと回収されていく。


SNSは誰のものか

 このレポートが明らかにしたのは、もはやSNSが「中立の場」ではないという現実だ。イーロン・マスクという1人の民間人が、政治制度、選挙、国際協力、そして公共の理解そのものを再設計している

 報道や学術が追いつく前に、ナラティブが定着する。その速度、規模、制度構築力において、マスクの情報操作装置は、もはや従来の「誤情報」とは次元が異なる。

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