タイにおけるメディアの影響と偽情報拡散──ISEASによる全国調査の分析結果から

タイにおけるメディアの影響と偽情報拡散──ISEASによる全国調査の分析結果から 偽情報の拡散

 2025年3月27日、ISEAS(東南アジア研究所)が『Media Consumption and Disinformation: Baseline Comparison of Traditional and Online Media in Thailand』(Surachanee Sriyai, Akkaranai Kwanyou)というレポートを公開した。これは2023年にタイ全国で実施された世論調査に基づき、伝統的メディアとオンラインメディアが偽情報の消費と拡散にどのように影響しているかを比較分析したものである。以下、その主要な結果と考察を紹介する。

調査の背景と枠組み

 偽情報の拡散は、従来オンラインメディア(SNSなど)を中心に議論される傾向がある。しかし、この調査では伝統的メディア(テレビ、ラジオ)とオンラインメディア(SNS、ニュースサイト、メッセージアプリ)それぞれの影響を公平に評価するため、全国の有権者1,675名を対象にアンケート調査を実施した。

 調査対象者は政治的な偽情報の投稿を見て、それを「真実と信じる程度(Credibility)」と「共有したい程度(Willingness to Share)」をそれぞれ5段階で評価した。また、回答者に対し、自らの投票行動に最も影響を与えたメディアを、伝統的メディアまたはオンラインメディアのどちらかから選択させ、これらのデータを統計的に分析した。

メディアの影響:「信じること」と「拡散すること」のズレ

 興味深い結果の一つは、偽情報に対する認識(Credibility)と共有行動(Willingness to Share)の間に明確な差があるという点である。

 具体的には、偽情報の信憑性に関する評価では、伝統的メディアを主な情報源とする回答者とオンラインメディアを主な情報源とする回答者の間に統計的な差はなかった。一方、偽情報を共有しようとする意欲については、伝統的メディア利用者(平均スコア3.01)のほうが、オンラインメディア利用者(平均スコア2.86)よりも明らかに高かった。

 つまり、人々は必ずしも偽情報を強く信じていなくても、それを共有する傾向があるということである。

なぜ伝統的メディア利用者が偽情報を共有しやすいのか──考察のポイント

 伝統的メディアは一般的に、専門的な編集プロセスやファクトチェックにより偽情報の拡散を防ぐ仕組みを持っているとされる。しかしこのレポートは、現在の伝統的メディアが抱える問題を具体的に指摘している。

 特に指摘されたのは、視聴率競争の激化、速報性重視、予算削減による編集スタッフの縮小などにより、一部の伝統的メディアが十分なファクトチェックを省略したり、センセーショナルな報道を増加させたりしている状況である。また、報道機関が偽情報を否定・訂正する目的でそれを繰り返し取り上げることで、逆にその偽情報に注目が集まり、視聴者が情報を誤って真実だと思い込む「真実暗示効果(Implied Truth Effect)」が起きる可能性についても触れている。

 この現象は、アメリカの大統領選挙に関する報道でも確認されており、タイでも同様の問題が存在する可能性が示唆されている。

世代間で異なるメディア消費傾向

 メディアの消費パターンが年齢層によって明確に異なることも重要な発見である。調査によると、メディア別の平均年齢は以下の通りである。

  • SNS・メッセージアプリ:約39歳
  • インターネット上のニュースサイト:約43歳
  • テレビ:約47歳
  • ラジオ:約53歳

 この結果からは、若年層がオンラインメディアを主な情報源としている一方で、年齢層が高くなるほど伝統的メディアへの依存度が高いことがわかる。

オンラインメディアの問題点──アルゴリズムとエコーチェンバー

 一方、オンラインメディアに関しては、レポートはアルゴリズムがもたらす偏りと、いわゆる「エコーチェンバー」の形成による問題を指摘している。ソーシャルメディアのアルゴリズムは感情的・極端な内容をユーザーに提示しやすく、それにより偽情報の拡散や信念の極端化が促される。また、同質的な情報にばかり触れることが、情報の真偽に対する批判的な判断力を弱める可能性についても言及している。

 ただし、今回のタイにおける調査では、オンラインメディアの利用者の方が偽情報を共有しやすいという結果は出なかった。これは既存の研究結果とは異なる重要な知見である。

調査方法上の限界と今後の展望

 調査の限界としては、性別、所得、教育レベルといった要素を統計的に制御できていない点や、メディアの具体的な品質に関する情報が含まれていないことが挙げられている。そのため、今後はより精密な統計手法を用い、また具体的な情報源の質を評価する追加調査が必要であることが述べられている。

国際的な文脈における位置付け

 レポートでは、タイでの調査結果をアメリカのケースなど他国の事例と比較して議論している。特にSNSが選挙時の重要な情報源となっている国際的な傾向や、伝統的メディアが偽情報拡散を助長する仕組みに関する既存の知見を踏まえ、タイの状況が特異であるのか一般的傾向であるのかについての議論を促している。

コメント

タイトルとURLをコピーしました