インド・パキスタン戦争における情報戦──CSOHレポートにみる誤情報の戦場化

インド・パキスタン紛争を背景に展開されたSNS情報戦──AIとゲーム、メディアが織りなす誤情報の実態をCSOHレポートから解剖。 情報操作

 2025年5月、インドとパキスタンの間で発生した短期的な軍事衝突「シンドゥール作戦(Operation Sindoor)」は、戦場が物理空間だけでなく情報空間にも広がっていることを決定的に示した。Center for the Study of Organized Hate(CSOH)による報告書『Inside the Misinformation and Disinformation War』は、このときSNS上に溢れた誤情報と偽情報の構造を、事例とデータに基づき詳細に分析している。

SNSは「電子戦」の舞台となった

 報告書が強調するのは、単なる自然発生的な誤情報の拡散ではなく、意図的・戦略的に設計されたデジタル情報操作の存在である。とりわけインド側の親政府インフルエンサーは、自らの行為を「電子戦」「心理戦」と呼び、真偽を問わず「パキスタンに打撃を与える情報は拡散し、インドに不利な情報は抑圧せよ」と公言している。

 その結果、SNS上には「イスラマバード陥落」「クーデター発生」「放射能漏れ」といったセンセーショナルな情報が次々と出回り、その多くが主流メディアによっても報道され、現実と虚構の境界が崩壊していく。

AIとゲームが生成する「リアルな嘘」

 本レポートが取り上げた事例の中で特に注目されるのは、生成AIとゲーム映像を用いた誤情報の進化である。

  • パキスタン首相が「降伏を宣言した」とするAI生成の偽動画
  • 空爆で破壊されたとされるラーワルピンディ・スタジアムのAI画像(960万再生)
  • インド軍がパキスタンの戦闘機を撃墜する様子を再現したゲーム『ARMA』の映像(220万再生)

 これらは、過去の紛争における映像再利用とは異なり、新たに創作された“現実”であり、視覚的にも高精度で、非専門家が見破るのはほぼ不可能だ。さらにプラットフォームの対応も追いつかず、報告書によれば437件中、コミュニティノートで注釈が付いたのはわずか73件にすぎない。

メディアも加担する情報拡散

 報告書は、誤情報がSNSの範囲にとどまらず、主流メディアによって積極的に拡散された構造的問題にも言及している。例えば、ガザ空爆の映像を「インドの対パキスタン攻撃」として報道、トルコの映像を「捕虜となったパキスタン兵」として報道、あるいは実在の市民を「テロリスト」と誤認報道する事例などが挙げられている。

 同様の構造はパキスタン側にも見られ、旧映像の再利用、ゲーム映像、AI生成による反転ナラティブが展開されており、戦時における偽情報の拡散が相互模倣的に進行することを示唆している。

分析としての限界と意義

 CSOHの報告書は、ファクトチェック主体による実証的な記録として有用である一方、その性質上、誤情報を生む国家的な動機やメディアの構造的加担についての掘り下げは限定的である。しかし、AI生成・ゲーム・報道・SNSが絡み合う「感情トリガー型の情報操作」がどのように成立するかを視覚的に示しており、現代のハイブリッド戦における情報戦の理解には不可欠な資料である。

 報告書全体を通じて示されるのは、もはや誤情報は「真実の不在」ではなく、「戦略的な現実の創出」であり、その設計主体が国家、メディア、市民を横断するネットワークになりつつあるという現実である。

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