2024年、バングラデシュは政治的激動の年を迎えました。8月には長年のアワミ連盟政権が倒れ、新たな暫定政権が発足しましたが、この混乱の中で偽情報の氾濫が社会の不安を一層煽りました。ソーシャルメディア、特にXでは、宗教的緊張や政治的対立を利用した情報操作が急増しました。その背後には、国内外の勢力が関与している可能性が指摘されています。
テクノロジー政策非営利団体であるTech Global Instituteが2024年12月10に公開した報告書「The Anatomy of Disinformation on X」は、偽情報キャンペーンの構造を明らかにし、それらがバングラデシュ社会にどのような影響を及ぼしたのかを分析しています。
偽情報の拡散状況
報告書によれば、偽情報は次のような特徴を持って拡散していました:
- プラットフォーム別分布: 偽情報の77%がXで発信され、23%がFacebookやYouTubeで共有。
- 急増する新規アカウント: 2024年10月から11月にかけて、新規アカウントが214%増加。その多くが有料認証マークを付け、信頼性を装って偽情報を拡散。
- 拡散方法: 多くのコンテンツがプライベートメッセージングサービス(Viber, Messenger, WhatsApp)でも共有され、コミュニティ内での拡散を加速。
5つの偽情報戦術
報告書で特定された主要な戦術は以下の通りです。
1. ハイパーローカルな出来事の歪曲
- 概要:
- ローカルで発生した小規模な事件を、宗教的・政治的な衝突として誇張・捏造する手法。
- 具体例:
- 事例1: サリムラ医科大学の動画事件
- 動画には、教室で棒を振り回す男性が映っていた。
- 偽情報: 男性がイスラム過激派組織「ヒズブ・タハリール」のメンバーで、学生を脅しているという主張。
- 真相: 男性は精神疾患を抱えており、家族によると組織との関係はない。
- 事例2: ヒンドゥー教徒女性の殺害報道
- 偽情報: 女性2人が宗教的動機で殺害されたと主張。
- 真相: 毒物摂取が原因であり、宗教的対立とは無関係。
- 事例1: サリムラ医科大学の動画事件
2. 大量殺戮の誇張
- 概要:
- 実際の事件や歴史的出来事を利用して、特定の集団(主にヒンドゥー教徒)に対する虐殺を誇張する手法。
- 具体例:
- 事例1: チッタゴンでの虐殺報道
- 偽情報: バングラデシュ軍とイスラム政党がヒンドゥー教徒50人を虐殺し、6人を誘拐した。
- 真相: 地元の抗議デモでの負傷者が出ただけで、死者や誘拐はなかった。
- 事例2: 27,000人のヒンドゥー教徒が殺害されたという主張
- 偽情報: 政権交代後、短期間で数万人が殺害されたとするデータ。
- 真相: そのような証拠は存在せず、事実ではない。
- 事例1: チッタゴンでの虐殺報道
3. 政府の信用失墜
- 概要:
- ディープフェイクや誤解を招く情報を用いて、暫定政府の信頼性を損なう戦術。
- 具体例:
- 事例1: 暫定政府のアドバイザーがテロ組織と関係しているという主張
- 偽情報: マフズ・アラム氏がテロ組織「ヒズブ・タハリール」のメンバーであるとする主張。
- 真相: 名前が似ているだけで、本人は組織とは無関係。
- 事例2: ディープフェイク動画
- 初めは風刺目的で作成されたが、暫定政府を攻撃する目的で悪用された。
- 事例1: 暫定政府のアドバイザーがテロ組織と関係しているという主張
4. 草の根運動の偽装(アストロターフィング)
- 概要:
- 存在しない草の根運動を装い、少数派の権利擁護や市民活動への支持を装う手法。
- 具体例:
- 事例1: ヒンドゥー教徒の学生が差別されているという主張
- 偽情報: チッタゴン大学で23人のヒンドゥー教徒学生が宗教的理由で退学させられた。
- 真相: リストに含まれていた学生はヒンドゥー教徒とイスラム教徒の両方であり、退学理由は規律違反。
- 事例1: ヒンドゥー教徒の学生が差別されているという主張
5. 主流メディアの利用
- 概要:
- 信頼性の高いメディアを利用し、偽情報を正当化する手法。
- 具体例:
- 事例1: 「ヒンドゥーデシュ」キャンペーン
- 偽情報: チッタゴンがヒンドゥー教徒の独立国として分離するとの主張。
- 真相: メディアが未確認情報を拡散し、緊張を煽った。
- 事例2: パキスタンの貨物船に関する報道
- 偽情報: チッタゴン港に停泊した船が武器を運んでいたという主張。
- 真相: 武器の存在を示す証拠はなく、純粋な貿易活動だった。
- 事例1: 「ヒンドゥーデシュ」キャンペーン
これらの戦術は、特定の宗教や政治的対立を煽る目的で利用され、社会的不安定化や国際的なイメージの悪化を狙っています。
地政学的背景と政策提言
報告書は、これらの偽情報キャンペーンが単なる国内問題ではなく、インドの右派勢力やロシア、中国といった外国の影響を受けている可能性を指摘しています。これらのキャンペーンは、宗教的分断を煽り、地域全体の安定を脅かす意図を持つと考えられています。
また、偽情報の拡散に対処するためには、プラットフォームの対応だけでなく、以下のような広範なアプローチが必要であると提言しています:
- 独立したメディアと公共教育の強化: 信頼できる情報源を普及させ、市民のリテラシーを向上。
- 多層的な技術基盤の構築: データ収集、検証、拡散パターンの分析を効率化する自動化技術の導入。
- 国際協力の強化: 偽情報が国境を越える問題であるため、国際的な情報共有と共同対策が必要。
まとめ
バングラデシュにおける偽情報問題は、特にインドとの関係において複雑な様相を呈しています。例えば、BBCニュースは、インドの一部メディアがバングラデシュの宗教的少数派に対する状況を誇張し、国際的な誤解を招いていると報じています(BBC)。また、ロイター通信によれば、バングラデシュの暫定政府はインドのナレンドラ・モディ首相に対し、国内の少数派に対する攻撃報告が誇張されていると説明し、全ての市民の人権を保障することを強調しています(ロイター)。さらに、BBCの別の記事では、バングラデシュのヒンドゥー教徒に対する攻撃に関する虚偽の主張が、極右勢力によって拡散されていると指摘されています(BBC)。これらの事例は、偽情報が国際関係や国内の社会的安定に与える影響の深刻さを浮き彫りにしており、本レポートはそれを理解する上で有効です。
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