EUROPOL『SOCTA 2025』に見る組織犯罪の構造変化──AI、SNS、若者動員に関する記述を中心に

EUROPOL『SOCTA 2025』に見る組織犯罪の構造変化──AI、SNS、若者動員に関する記述を中心に 詐欺

 EUROPOL(欧州刑事警察機構)は、EU加盟国の警察・法執行機関の間で犯罪情報を共有・分析するための中核的な機関であり、テロ対策や組織犯罪、サイバー犯罪などに関して、戦略的な情報インテリジェンスを提供している。捜査の実施権限は持たないが、欧州全域からのデータを集約・解析し、各国の対策や政策形成を支援する立場にある。

 このEUROPOLが定期的に発表している『SOCTA(Serious and Organised Crime Threat Assessment)』は、EU全体にとっての深刻かつ組織的な犯罪の脅威を俯瞰し、今後数年間のリスクと対応課題を明らかにする重要な文書である。

本記事では、2025年版SOCTAの中から、オンライン空間、AI技術、SNS、若年層の動員といった記述に注目し、情報環境に関係する内容を抜粋して紹介する。


AIと詐欺:自動化・説得性・スケール

 報告書では、AIの犯罪利用について複数の記述がある。特に、ビジネスメール詐欺やロマンス詐欺などにおいて、大規模言語モデル(LLM)や音声合成、ディープフェイクなどの技術が使われている点が強調されている。

 詐欺のストーリー性やリアリズムが格段に向上しており、「ナラティブ主導型の詐欺(narrative-driven fraud)」という表現も使われている。AIの導入によって、詐欺が「説得力のある物語」として自動生成され、広範囲に拡散される構造が記述されている。


SNSと若年層:新たなリクルートの場

 複数箇所で、若年層がSNSやゲームアプリ、メッセージングツールを通じて犯罪ネットワークにリクルートされる事例が紹介されている。ドラッグの運び屋(couriers)、金銭の受け渡し役(money mules)、詐欺実行者などへの動員が行われており、動機としては金銭、スリル、所属意識などが挙げられている。

 このようなリクルートには、「ゲーミフィケーション」「暗号化されたチャットアプリ」「オンライン上の匿名性」などが利用されていると記されている。


暴力の外注化:「Violence-as-a-Service」

 SOCTA 2025では、「Violence-as-a-Service(VaaS)」という概念が明確に導入されている。これは、暴力の実行(殺人、脅迫など)が他の犯罪者によって請け負われ、オンラインで募集・指示・支払いが完結するサービス型の構造を指す。

 若年層が実行役を務めるケースも含まれており、SNSや暗号チャットを通じて即時的に調達される例が挙げられている。


マネーロンダリングとデジタル資産

 マネーロンダリングの手法が進化しており、仮想通貨、NFT、DeFi(分散型金融)などが利用されている。報告書では、これらの技術が「透明性の低い金融エコシステム」を作り出しているとし、従来の金融規制や追跡手法が通用しない新たな課題を提示している。


社会の不安定化:脅威の横断的な目的

 SOCTA 2025では、犯罪ネットワークの活動が経済、治安、民主制度、行政の機能そのものを不安定化させることを目的とする場合があるとされている。特にマネーロンダリングや腐敗が、「制度の侵食」として扱われており、複数のセクターをまたぐ脅威として記述されている。


補足と所感

 SOCTA 2025は、犯罪対策に特化した戦略評価文書であり、偽情報や影響工作を主題とするものではない。しかし、AI、SNS、認知的な誘導、オンラインでの動員といった手法が犯罪活動に組み込まれている現状は、情報環境をめぐる議論とも接点を持つ部分がある。

 犯罪の構造が「制度の外側からの攻撃」ではなく、「制度の内部に作用する干渉」として進化していることを示す事例として、同レポートは資料的価値を持つ。

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