“幽霊記者”が語るロシア万歳──西アフリカを舞台にした偽情報ネットワーク

“幽霊記者”が語るロシア万歳──西アフリカを舞台にした偽情報ネットワーク 情報操作

 2020年、中央アフリカ共和国で亡くなった高校教師ジャン=クロード・センドリの写真が、その後「グレゴワール・シリル・ドンゴバダ」という架空の記者のプロフィール画像としてSNSに再登場した。Al Jazeeraがこの事例を端緒に追った調査報道は、西アフリカ各地で実在しない人物が親ロシア的なプロパガンダを発信している実態を明らかにしている。

死者の顔で語られる親ロシア論調

 グレゴワール・シリル・ドンゴバダとされる人物は、政治・軍事アナリストを名乗り、仏語圏アフリカ諸国のメディアに少なくとも75本の記事を寄稿してきた。主なテーマは、フランスによる旧植民地支配への批判と、ロシアのプレゼンスの正当化である。

 だが、この人物には実在の痕跡がまったく存在しない。SNSアカウント以外に活動記録はなく、大学・研究機関との関係も確認されていない。プロフィール写真は、故ジャン=クロード・センドリのFacebookから流用されたものであった。

有料記事と仲介者の存在

 このような記事の多くは、有料で現地メディアに掲載されていた。Al Jazeeraが入手したWhatsAppのやりとりによれば、トーゴのニュースサイト運営者がブルキナファソの新聞社に記事掲載を持ちかけ、1本あたり約80ドルで取り引きが行われていた。

 提出者は「ジャーナリストの代理」と名乗っていたが、記事のファイルには別の人物から転送された痕跡があり、さらに背後に第三者がいる可能性が示唆されていた。

メタデータに残された痕跡

 Al Jazeeraの調査チームは、送付されたWordファイルのメタデータを解析し、いくつかの手がかりを発見した。ファイルにはキリル文字(ロシア語)やロシアの国番号(+7)を含む電話番号が記録されており、これによりガーナ出身のセス・ボアムポン・ウィレドゥという人物が浮上した。

 彼は2008年からロシアに居住し、現地で市民権を取得。過去にはロシアのプロパガンダ企業「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」との関与が報じられたこともある。

ワグネルとの接点

 ウィレドゥは、親ロシア的な映画『Tourist』(中央アフリカ共和国を舞台にしたロシア軍事顧問の物語)にも出演しており、この映画は民間軍事会社ワグネルが出資している。ワグネルは同地域でのロシアの安全保障・経済活動の中核を担っており、現在は国防省傘下の「アフリカ軍団」として再編が進んでいる。

ロシアとフランス、二つの影響戦略

 Al Jazeeraの取材に応じた専門家によれば、フランスとロシアはアフリカにおける影響力をめぐって異なる戦略を展開している。フランスは国家メディア(France24やRFI)を通じた発信を行っている一方で、ロシアは偽の記者や仲介者を使い、現地メディアを通じて非公式な形で世論に働きかけている。

 いずれも目的は「影響力の確保」であり、手段の違いが目立つ構図となっている。

「誰が語っているのか」を問う意義

 この調査報道が明らかにしたのは、情報の信頼性において「語り手の実在」がいかに重要かという点である。内容の真偽以前に、「発信者が実在するのかどうか」「なぜその人物がその主張をするのか」といった前提が、意図的に曖昧にされていた。

 死者の身元がプロパガンダに利用されたという事実は、現代の情報戦においてアイデンティティそのものが武器化されていることを象徴している。

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