虚報が火種になった:2024年夏のイギリス暴動と警察対応

虚報が火種になった:2024年夏のイギリス暴動と警察対応 偽情報対策全般

 2024年7月末、イングランド北西部のサウスポートで3人の女性が殺害される事件が発生した。この事件をきっかけに、各地で暴力的な抗議行動が広がり、モスクやアスリウムホテル(移民の一時宿泊施設)などが標的となる大規模な暴動に発展した。イギリス下院の内務委員会はこの事態に関する報告書(2025年4月14日公開)をまとめ、暴動の実態とその背景にある誤情報の拡散、そして国家・地域の警察体制の問題を検証している。

 暴動は、抗議ではなかった。報告書は明確にそう記す。警察官が火炎瓶や鉄塊で襲われ、アスリウムホテルに放火を試みる者まで現れた。302人の警察官が負傷、逮捕者は1800人を超え、イングランドでは2011年以降最大の公衆秩序の崩壊とされている。

架空の名前が「犯人」にされた

 この暴動の火種のひとつとなったのは、事件直後にSNSで拡散された虚偽情報だった。犯人の身元が未成年ゆえに非公開とされる中、あるXユーザーが「Ali-Al-Shakati」という名前の難民男性が犯人だとする投稿を行う。存在しない名前、確認されていない情報。しかしこの投稿は数千回リツイートされ、すぐに偽ニュースサイト「Channel3Now」が記事化し、さらに拡散が加速する。

 メルジーサイド警察が「この情報は事実ではない」と否定するまでに約20時間。この間にSNS上では3万件を超える言及があった。報道制限と情報真空が生んだ、典型的な「感情で埋められる空白」だった。

開示されなかった「宗教的背景」

 誤情報に反論する材料は、存在しなかったわけではない。犯人がキリスト教徒であるという事実は警察側も把握していた。しかし「裁判への影響」を理由に、検察(CPS)からの一貫しない助言のもと、公開が見送られた。宗教的誤解によって傷ついた地元ムスリムコミュニティに対する説明の機会は、失われた。

 報告書はこの判断の混乱を「遺憾」と明記し、現行の報道ガイドラインやコンテンプト・オブ・コート法が「SNS時代に適合していない」と断じる。

存在しないデモに、1万人が集まった

 暴動を組織したのは誰か。特定の組織の名は挙げられていないが、SNSとメッセージアプリ(特にTelegram)は主要な調整手段として使われた。報告書が注目するのは、「存在しない」イベントに対して生じた実在のカウンターデモだ。

 あるTelegramチャンネルが「15か所で極右抗議が行われる」と告知したことで、ロンドン・ウォルサムフォレストには約1万人が集まった。しかし、実際にはそのような抗議活動の計画はなかった。この事例は、誤情報が引き金となるだけでなく、「架空の脅威」によって社会リソースが消費される構造を示している。

「二重基準」批判は数字で否定された

 暴動対応をめぐっては、「過去の抗議(特にBLM)とは対応が違う」とする「二重基準(two-tier policing)」の批判が一部からあがった。だが、報告書はこれを明確に否定する。2020年のBLM抗議では全国で360のイベントがあり、135人が逮捕、35人の警察官が負傷。対して今回の暴動では、250件のイベントで1804人が逮捕され、302人の警察官が負傷している。

制度の限界が生んだ危機

 報告書は、個々の警察官の献身には敬意を示しつつも、国家的な警察調整システムの弱さを指摘する。全国的な警察動員計画の発動は後手に回り、負傷した警察官が自力で病院に向かわざるを得ない例もあったという。これに対し、英政府は「National Centre of Policing」創設を含む警察制度改革を進めると表明している。

まとめ

 この報告書は、暴動を「秩序の破壊」として定義し、警察の対応を全体として正当化する立場から書かれている。そのため、いわゆる「二重基準」批判には統計で反論しているが、暴力の定義や対応の背景にある判断については踏み込んでいない。たとえば、多くの人を逮捕しようとするから警察官の負傷が多くなったと考えることもできる。

 内務委員会という立場を考えれば、ある程度の偏りは当然とも言える。ただ、その偏りを理解した上で読むことで、国家が「誤情報」と「秩序」をどう扱うか、その制度的構造が見えてくる。

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