2025年6月24日、ニューヨーク市の民主党予備選でZohran Mamdaniが勝利した。この一報が流れてから数時間以内に、SNS上では「ニューヨークは堕ちた」「911の犯人が市役所に入る」といった文言と共に、彼を攻撃するポストが爆発的に拡散した。
彼がムスリムであること、民主社会主義を掲げていること、移民出身であること、そしてインド・ムスリムの出自を持つこと。これらの属性は、デジタル上での「敵」の構成要素として見事に組み合わされ、短期間で複数のナラティブを束ねる強固なヘイトフレームワークが形成された。
この過程を詳細に追ったのが、Center for the Study of Organized Hate(CSOH)による報告書「Digital Hate, Islamophobia, Zohran Mamdani, and NYC’s Mayoral Primary」である。本稿では、このレポートを紹介しつつ、現代的なデジタルヘイトがどのようにして宗教、イデオロギー、国籍、トランスナショナリズムといった複数の軸を接合し、拡散力を高めていくのかを検討する。
Mamdaniをめぐる多重の敵意:4つのフレーム
CSOHは、選挙期間中にSNS上で拡散された6,669件の投稿を収集し、そのうち最も高いエンゲージメントを記録した1,933件を精査した。分析の結果、Mamdaniに向けられたヘイトは以下の4つの軸に沿って展開されていたことが明らかになった。
1. 宗教フレーム:イスラモフォビアの再生産
全体の39.4%の投稿が、Mamdaniがムスリムであること自体を問題視していた。そこでは「シャリア法の導入」「テロリストの共犯者」「911を喜ぶ者」といった古典的な反イスラム言説が繰り返され、Mamdaniの信仰そのものがアメリカの市民的価値と両立しないと断じられていた。
たとえば、「24年前、ムスリムが9.11で2753人を殺した。今、そのムスリム社会主義者がニューヨークを牛耳ろうとしている」という投稿は、彼の勝利を国家的危機として演出していた。
2. イデオロギーフレーム:共産主義レッテルとマッカーシズム的言語
Mamdaniの民主社会主義的立場を、旧来の「共産主義」や「社会主義者による乗っ取り」として描く投稿は30.2%に及んだ。冷戦期のマッカーシズムを想起させる表現——「パンの配給列(bread lines)」「共産党員が市庁舎に潜入」など——が再登場し、信条による市民資格の否定がなされている。
興味深いのは、この政治的レッテルと宗教攻撃が極めて高頻度で融合されていた点である。宗教攻撃を含む投稿の51.2%は、同時にイデオロギー攻撃を含んでいた。言い換えれば、「イスラム教徒だから危険」という攻撃と、「社会主義者だから危険」という攻撃は、相互に補強しあう構造となっていた。
「Islamist socialism has taken hold of New York City(イスラム社会主義がニューヨークを掌握した)」というフレーズは、その象徴的表現である。
3. ナティヴィズム:排除と国籍剥奪の言説
1,933件のうち14.3%は、Mamdaniの移民出自を理由に彼を「アメリカ人ではない」「帰国させるべき」などと主張していた。「帰れ」「市民権を剥奪せよ」「こいつは密入国者だ」といった投稿には、民族的出自への生理的嫌悪が露骨に表出していた。
この言説は、宗教や政治の異質性を超えて「そもそもこの国にいるべきでない存在」としてMamdaniを位置づけ、選挙での正当な勝利すら否定するものである。
4. トランスナショナルな構図:ヒンドゥー・ナショナリズムの参戦
Mamdaniに対する攻撃の中には、インドおよびディアスポラのヒンドゥー・ナショナリスト系アカウントから発信された「反ヒンドゥー」「ヒンドゥー憎悪の扇動者」といった投稿が含まれていた。
彼がモディ政権のイスラム系市民に対する弾圧を批判したことや、アヨーディヤーでのラーム寺院建設に対する抗議行動に関与したことが槍玉にあげられていた。インド国内の宗教的対立が、そのままアメリカのローカル選挙に持ち込まれていた。
このようにして、Mamdaniは「ムスリムで、社会主義者で、移民で、反ヒンドゥー」であるという多重のラベリングを受け、そのどれかに反応する誰かの怒りを確実に引き出す構造が形成されていた。
フラッシュ型動員とXの支配的役割
分析によれば、こうしたヘイト投稿は選挙当日の6月24日から翌日にかけて爆発的に増加した。24日は899件、25日は2,173件と、わずか48時間で全体の58%が投稿されている。これは、選挙という「話題性」をトリガーとした一時的かつ集中的なデジタル動員であり、危機言説と選挙イベントが結びついた瞬間にヘイトが拡散する典型例と言える。
また、全投稿の64.6%がX(旧Twitter)から発信されており、その他のプラットフォームは圧倒的に少数派である。GETTR、Telegram、Facebook、YouTubeなどは一定数の投稿を持つものの、エンゲージメントの主軸はXに集中していた。
このことは、現代のデジタルヘイトが「マルチプラットフォーム」ではなく、「一極集中型」に展開されていることを示唆する。特に、Xのアルゴリズムや可視性メカニズムが、こうしたヘイト言説にとって温床になっている。
「市民資格」の再定義としてのヘイト
この報告書の示す構造が特異なのは、それが単なるヘイトスピーチの羅列ではなく、「だれが市民でありうるか」「どんな属性がアメリカの公的空間にふさわしいか」といった、根本的な市民資格の再定義をめぐるナラティブ戦争である点だ。
- ムスリムであることは疑われるべき
- 社会主義者は忠誠心がない
- 移民は居場所を間違えている
- インド系でもヒンドゥーに反すれば「反文明」的存在
このように、個人攻撃に見えるナラティブは、実のところ「誰がアメリカを構成するのか」という文化的規範をめぐる戦場そのものである。
結語:多軸的ヘイトと融合型ナラティブの時代
宗教、政治思想、民族、国籍、国際情勢——。Mamdaniのケースは、これら複数の軸を「融合」させることで、単一のトリガーでは得られない拡散力と持続性を生み出している。
イスラモフォビアや反共主義の古典的フレームに、ポスト9.11以降のセキュリティ・ナラティブ、そして南アジアの宗派的分断までを重ねることで、極めて複雑かつ強靱な構造ができあがっている。
この構造は、Mamdaniに限らず、あらゆる選挙、あらゆる「周縁化されうる属性」を持つ候補者に対して再利用可能である。だからこそ、このケースはローカルな事件ではなく、次の選挙、次の標的を予測するための警鐘として読むべきものである。
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