インド・ヘイト・ラボ(IHL)とワシントンD.C.のCenter for the Study of Organized Hate(CSOH)が2025年2月10日に公開した「Report 2024: Hate Speech Events in India」は、インドでの政治的な動機に基づいたヘイトスピーチの増加、SNSを通じた拡散、選挙との関連を詳細に分析している。特に、SNSを利用した拡散や政治的な利用に関する分析は、デジタル空間における情報戦の観点からも重要である。
ヘイトスピーチの急増と特徴
2024年に記録されたヘイトスピーチは1,165件に達し、前年の668件から74.4%の増加を示した。特にムスリムを標的とする発言が98.5%を占め、ヒンドゥー至上主義団体や与党インド人民党(BJP)の指導者による発言が多かった。
「ジハード」関連の陰謀論が頻繁に用いられ、「愛のジハード(Love Jihad)」「土地ジハード(Land Jihad)」「投票ジハード(Voting Jihad)」といった言説が繰り返し強調された。これらは、ムスリムが意図的にヒンドゥー社会を侵食しようとしているというナラティブを形成し、ヒンドゥー社会の不安を煽る目的がある。
主要な発言例
モディ首相(4月21日・ラージャスターン州) モディ首相は「インド国民会議派(野党)はムスリムに国家の資産を優先的に配分しようとしている」と発言し、ムスリムが特権的に扱われているという誤情報を拡散した。また、「野党があなたの財産をバングラデシュやパキスタンの侵入者に分配しようとしている」とも述べ、ムスリムを外国の勢力と結びつけるナラティブを形成した。
ヨギ・アディティヤナート州首相(ウッタル・プラデーシュ州) ウッタル・プラデーシュ州の州首相であるヨギ・アディティヤナートは「愛のジハード」や「土地ジハード」といった陰謀論を多用し、「ムスリムはヒンドゥー女性、土地、財産を狙っている」と発言。これは、特定の宗教コミュニティに対する偏見と敵意を助長する典型的なヘイトスピーチの形となっていた。
アミット・シャー内務大臣(5月20日・デリー) シャー内務大臣は「インド国民会議派はシャリア法を導入しようとしている」と発言し、野党をイスラム法と結びつける誤情報を拡散した。「彼らは三行離婚(トリプル・タラ―ク)を復活させるつもりだ」との発言もあり、すでに違法化された制度をあたかも復活させようとしているかのように描き出していた。
選挙との関連
ヘイトスピーチの件数はインド総選挙期間中に急増し、特に5月には269件(年間の23.1%)が記録された。これは、選挙戦略の一環としてヘイトスピーチが利用されていることを示唆している。
与党BJPの指導者たちは、「ムスリムがヒンドゥー社会を乗っ取ろうとしている」という言説を強調し、選挙戦の中で敵対的なナラティブを展開した。こうした発言が党の公式な発信手段を通じて拡散されることで、ムスリムに対する社会的な不信感と敵意を煽る構造が形成されていた。
SNSを利用した拡散
SNSを通じたヘイトスピーチの拡散も深刻な問題となっていた。報告書によると、995本のヘイトスピーチ動画がSNS上で確認され、最も多く利用されたプラットフォームは以下の通り。
- Facebook(495本)
- YouTube(211本)
- Instagram(23本)
- BJPの公式アカウントを通じたライブ配信(266本)
これらの動画の多くは、FacebookやYouTubeで最初に共有された後、X(旧Twitter)やTelegramなどの他のプラットフォームで拡散されるケースが多かった。特に、BJPの公式アカウントを通じたライブ配信は、YouTube、Facebook、Xの同時配信を利用し、選挙期間中に急増した。
事例:2024年5月5日・BJPカナタカ州支部のアニメーション動画 この動画では、ラーフル・ガンジー(野党指導者)が巨大な鳥(ムスリムの象徴)に餌を与え、カースト制度の低層のヒンドゥーを押しのける様子が描かれていた。この映像を通じて、「野党はムスリムを優遇し、ヒンドゥー社会を犠牲にしている」というナラティブが強化され、敵対的感情の醸成に寄与していた。
ヘイトスピーチの影響と危険性
ヘイトスピーチの影響は言葉にとどまらず、実際の暴力へとつながっている。
- 259件(22.2%)が直接的な暴力を扇動
- 274件がイスラム教の礼拝施設の破壊を要求
- ウッタル・プラデーシュ州やマディヤ・プラデーシュ州で、ムスリムのビジネスが襲撃される事件が発生
ヘイトスピーチが拡散されることで、社会的な分断が深まり、特定の集団に対する差別や攻撃が正当化される危険性が高まる。
まとめ
2024年のインドでは、ヘイトスピーチが選挙戦略の一部として利用され、SNSによって広範囲に拡散された。特にBJPの公式アカウントからの発信が影響力を持ち、特定の宗教・民族に対する敵意や不信感が政治的に操作される構造が明確になった。誤情報や陰謀論がヘイトスピーチと結びつくことで、社会的な緊張が高まり、実際の暴力へと発展するリスクがある。
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