独立テクノロジー研究の危機と連帯 ― 「Power in Numbers」報告書を読む

独立テクノロジー研究の危機と連帯 ― 「Power in Numbers」報告書を読む 偽情報対策全般

 Coalition for Independent Technology Research が2025年8月に発表した報告書「The State of Independent Technology Research 2025: Power in Numbers」は、いま世界の独立テクノロジー研究者が直面している困難を包括的に描き出している。報告書の焦点は三つだ。プラットフォームからのデータアクセスが意図的に遮断されている現実、研究者自身への攻撃の激化、そして資金危機である。そしてこれらを乗り越えるための「集合的力(collective power)」の構築を強調している。


データ砂漠の広がり

 かつて研究者はTwitter APIを通じて無料で膨大なデータにアクセスできた。そこから数万本に及ぶ論文が生まれ、政治的言説の動向やヘイトスピーチの広がりを分析することが可能だった。だが現在のXはAPIを有料化し、アクセスを著しく制限している。さらにMetaは2024年にCrowdTangleを廃止し、代替の「Meta Content Library」では申請要件が厳しく、しかも機能は1割にも満たない。

 実際の拒否事例も報告されている。戦略対話研究所(ISD)は2025年初頭、ドイツ選挙での政党に対するオンライン反応を調べるために、DSA(デジタルサービス法)第40条に基づきXにデータ提供を申請した。しかしXは必要以上の書類を要求し、法的根拠も示さず拒否した。TikTokでも同様で、申請の半数近くが却下され、承認された場合でも同じ検索クエリで結果数が毎回違うなど、実質的に使い物にならない状態だった。

 この「データ砂漠」によって、研究者はアルゴリズムが実際にどのように情報を推薦し、誤情報がどう拡散しているのかという基本的な問いに答えられなくなっている。プラットフォームは「透明性」を装いながら、実際には監視の目を閉ざす方向に進んでいる。


研究者への攻撃

 報告書が強調する二つ目の危機は、研究者自身に対する攻撃だ。

 米国の研究者Nina Jankowiczは、偽情報研究と政府での職務をきっかけに標的となり、日常的に死の脅迫やディープフェイクポルノの被害を受けていると証言している。講演の告知さえ安全上できないという。

 パレスチナのデジタル権利研究者Ahmad Qadiの状況はさらに苛烈だ。彼が所属する7amlehは、資金提供者への圧力や「テロ組織」とのレッテル貼りを通じて研究そのものを封じ込められそうになっている。移動は検問で妨害され、端末は押収され、事務所近くにはコンクリートバリケードが立ち塞がる。彼の研究テーマである「パレスチナ人コンテンツの検閲」や「イスラエルのサイバー作戦」は、研究対象であると同時に生存のリスクにも直結している。

 米国の大学も研究者を守れていない。スタンフォード大学のInternet Observatoryは、ジム・ジョーダン下院議員らによる政治的圧力と高額な訴訟費用に耐えられず、2024年に事実上解体された。所長のアレックス・スタモスは辞任し、研究マネージャーのレネー・ディレスタも契約更新されなかった。研究機関が研究者を守るどころか、政治的圧力を避けるために手を引いた例として象徴的である。

 さらに、米国ではX社がCenter for Countering Digital Hate(CCDH)を相手取り、数千万ドルの損害賠償を求める訴訟を起こした。裁判所は「研究を沈黙させる意図が明白」として棄却したが、このような訴訟の脅威そのものが研究者全体に萎縮効果を与えている。


資金危機の深刻化

 三つ目は資金危機だ。調査に回答した研究者の85%が資金不足を最大の課題と指摘している。

 米国では2025年春にNSFとNIHによる研究助成の大規模削減が実施された。NSFでは1,400件以上、総額10億ドル超の助成が打ち切られ、NIHでも2,500件以上が停止された。特に「偽情報・誤情報」研究は体系的に排除された。さらに打撃となったのは、削減された助成の58%が女性研究者主導プロジェクトであったことだ。女性PI(主任研究者)の割合が34%しかないことを考えると、意図的な偏りがあると指摘されている。

 欧州でも状況は好転していない。Horizon Europeは2025〜2027年にかけて21億ユーロ削減される予定で、71%の質の高い研究提案が予算不足で却下されている。政治的に「争点化しやすい研究」—誤情報やプラットフォーム批判—は資金対象から外される傾向が強まっており、研究者はテーマ変更を余儀なくされる。


集合的力としての対応

 報告書のタイトル「Power in Numbers」が示すように、解決の道は個人防衛ではなく集合的行動にある。

 研究者は独自のインフラを立ち上げている。たとえば Junkipedia は社会問題や偽情報を横断的に収集・分析できるプラットフォームであり、複数の研究機関が利用している。インディアナ大学の OsoMe(Observatory on Social Media)もデータ科学者とジャーナリストが協力する独立拠点だ。

 法的戦略も進んでいる。Knight First Amendment Instituteは研究者を支援し、X社やMetaを相手に研究権を守る訴訟を起こしている。さらに、Researcher Support Consortium や Expert Voices Together といったネットワークは、嫌がらせに直面した研究者を個別に支援し、心理的・法的サポートを提供している。

 資金面では、研究者同士の相互扶助ネットワークが広がり、欧州研究会議(ERC)は米国の資金危機で職を失った研究者を受け入れるために助成金を拡充した。環境分野の「市民科学」支援モデルを参考に、テクノロジー研究にも長期的な公的資金スキームを導入すべきだという提案も出されている。


結論 ― マックレーカーの再来

 20世紀初頭の米国で、石油独占や食肉加工場の不正を暴いた「マックレーカー」たちは、企業の妨害や訴訟を受けながらも集合的な力で社会改革を実現した。報告書は、現代のテクノロジー研究者も同じ岐路に立たされていると描く。

 「データ砂漠」「研究者への攻撃」「資金危機」は、偶然ではなく意図的な戦略である。だが、研究者たちは孤立せず、連帯し、インフラを共有し、法廷で戦い、互いを守り合っている。

 この報告書は、危機の深刻さを示すと同時に、研究者コミュニティが「数の力」で対抗する可能性を描いたものだ。独立研究の自由を守ることは、単なる学問の問題ではなく、民主主義そのものを支える基盤であることを改めて強調している。

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