CopyCop 2025:AIが自動生成するプロパガンダの新段階

CopyCop 2025:AIが自動生成するプロパガンダの新段階 情報操作

 ロシア系影響工作ネットワーク「CopyCop(別名 Storm-1516)」が2025年に入って急拡大した。Recorded FutureのInsikt Groupが2025年9月に発表した報告書「CopyCop Deepens Its Playbook with New Websites and Targets」によると、今年だけで少なくとも200件、ドイツ連邦選挙向けの94件を含めれば300件を超える偽ニュースサイトが新設されている。これらのサイトはアメリカ、フランス、カナダ、ノルウェーなどを主要標的としつつ、ウクライナ語、トルコ語、スワヒリ語といった新言語圏にまで広がっている。いずれも「地域ニュース」や「独立系調査報道」を装いながら、親ロシア・反ウクライナ・反NATO・反EUの叙述を拡散している。

1. “検閲解除AI”による記事生成

 報告書が特に注目するのは、CopyCopが商用の生成AIを使わず、MetaのLlama 3系統を改変した「検閲解除版」を自前ホスティングしている点である。サーバログからは、OllamaやOpen WebUIなど、ローカルLLM運用ツールの痕跡が確認された。記事本文には、出力の冒頭に「This rewrite was created by…」などのAI生成残滓が残るものもあり、生成後の人手修正が行われていないことを示す。ロシアのIP(89.31.82.185)上で稼働しているこのシステムは、事実上「検閲のないAI記事工場」となっている。

 この方式は、CopyCopにとって二つの利点を持つ。第一に、OpenAIやGoogleといった企業の安全対策やAPI監視を完全に回避できること。第二に、対象国・地域ごとの社会争点に応じて、プロンプトを切り替えるだけで物語を量産できることだ。報告書によれば、運用者はジョン・マーク・ドゥーガン(元アメリカ警官で現在モスクワ在住)と、モスクワの「地政学専門センター(Center for Geopolitical Expertise, CGE)」が中心であり、GRU(ロシア軍参謀本部情報総局)との関係が「ほぼ確実」とされている。

2. 架空メディアの量産と相互偽装

 インフラの拡張は圧倒的だ。2025年1月以降、CloudflareやAkamaiを経由して同一IP(72.14.185.187)に収容された35件の米国向けドメインが確認された。たとえば allstatesnews[.]us、capitalcitydaily[.]com、silvercity[.]news、greatlakestimes[.]com、midwestdaily[.]com といった名称で、どれもローカル紙や独立系ネットワークを装っている。初期段階ではAP通信やReutersの記事をリライト掲載し、一定の信頼性を獲得したのち、突如として“独自スクープ”の形で親露的偽情報を投下するというパターンをとる。

 代表的な例が All States News と USA Times News だ。これらのサイトは「ゼレンスキーが米国メディア人材に反トランプ記事を発注した」という偽の“内部文書”を掲載した。記事には作り込まれたPDFの公文書風画像が添付され、RumbleやX(旧Twitter)上の親トランプ系インフルエンサーが拡散。結果的に、「ウクライナ支援=バイデン陣営の利益」という誤った認識を強化する効果を持った。

 他方、Clearstory[.]news では「ウクライナがメキシコ麻薬カルテルに米製武器を横流ししている」とする動画を掲載。実際には音声合成で作られた匿名“告発者”の証言を映像化したもので、これも生成AIによるものであることが解析で確認されている。移民問題と安全保障を接続させる典型的な“米国内分断型”ナラティブだ。

3. フランスとアルメニアを結ぶ偽情報網

 フランス向けには、2025年2月から6月の間に少なくとも141サイトが登録された。 これらは一見ランダムに見えるが、ドメイン登録メールアドレスが共通しており、同一運用者による統一的生成であることが明らかになっている。テーマは反EU、反共和、親露の組み合わせで、現地の極右や王党派勢力に浸透する構造を持つ。サイトの一つ、partiroyaliste[.]fr はフランス王党派の実在政党を装い、国内政治の“復古”を訴える文章を掲載していた。

 さらに、アルメニアとの関係をめぐる分断を煽るため、infofrancaisedujour[.]fr では「アルメニアのパシニャン首相が性的暴行事件を隠蔽している」とするディープフェイク映像を公開。courrierfrance24[.]fr や tvfrance2[.]fr といった“放送局風”のサイトも作られ、公共放送France24やFrance2のロゴや配色を完全に模倣していた。これらの動画では「フランス開発庁資金を使ってマルセイユに別荘を購入した」といった虚偽の調査報道が展開されており、視聴者に実在報道と誤認させる意図が明白だ。

4. “ファクトチェック団体”のなりすまし

 もう一つの注目例が、truefact[.]news を中心とする多言語クラスターである。サブドメインには africa.truefact.news、turkey.truefact.news、ukraine.truefact.news、france.truefact.news、mexico.truefact.news などが存在する。外観はPolitiFactやFactCheck.orgのようなレイアウトで、各国語版に合わせて「誤情報を検証する」という建前の記事を掲載している。しかし実際には、NATOの戦争犯罪、欧州議会の腐敗、ウクライナの臓器密売など、ロシア系プロパガンダの定番テーマを“検証済みの事実”として提示していた。つまり、ファクトチェックという信頼の形式を完全に反転利用している。

5. モルドバ選挙介入と他ネットワークとの連携

 報告書は、2025年9月のモルドバ大統領選挙を主要な実験場と位置づけている。CopyCopや関連するR-FBI(Foundation to Battle Injustice)は、現職のサンドゥ大統領と与党PASが「大規模不正を準備している」とする“調査報告”を一斉に公開。拡散段階では Veterans Today や London Times など他の親露メディアを介して転載され、“複数の独立出所”を装っていた。Insikt Groupは、DoppelgängerやPortal Kombatなど、既知のロシア系影響工作とリンクする証拠があると指摘している。

6. LLM汚染と情報空間の再設計

 CopyCopの活動目的は、単なる世論操作にとどまらない。報告書は明確に、「生成AIや検索エンジンの学習データを汚染すること」を戦略目標に含んでいると述べる。つまり、同一内容の記事を多数の異なる“媒体”から発信し、AIが「信頼できる複数ソースからの一致」と誤認するよう設計している。AIがニュース要約や質問応答を行う際に、これらの偽情報が“裏付けられた事実”として混入する構造だ。
 これは、情報戦が人間の知覚ではなくAIモデルそのものの記憶領域を戦場にする段階に入ったことを意味する。従来の偽情報対策では手の届かない領域で、情報の基盤が書き換えられつつある。

7. プロパガンダの“スタートアップ化”

 Insikt Groupは、CopyCopを「国家主導でありながら企業的」と形容している。大量のドメインを自動生成し、テンプレート化された記事と動画を流す仕組みは、ほとんどSaaSビジネスのような効率性を持つ。ジョン・マーク・ドゥーガンが運営する darkpulsar[.]ai というLLM基盤も確認されており、将来的にはプロパガンダ生成の外販まで視野に入れているとみられる。国家が情報操作をアウトソースし、半民間化された“偽情報産業”として自律的に拡大する――この構造こそが、CopyCopが示した新段階である。

結語──AIが生み出す「虚構の現実」

 CopyCopの報告書は、偽情報の内容そのものよりも、偽情報の作られ方が変わったことを示している。AIを自前で運用し、メディアそのものを自動生成し、叙述を社会構造に合わせて最適化し、最終的にはAIの学習基盤を汚染する。これは単なる情報操作ではなく、情報環境の再設計である。もはや「人がだまされるかどうか」の問題ではなく、「AIが何を事実と学習するか」が争点になっている。

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