偽情報とナラティブ操作をめぐる二つの現場:フィリピンと中国

偽情報とナラティブ操作をめぐる二つの現場:フィリピンと中国 偽情報対策全般

 Pacific Forum の Issues & Insights Vol.25, SR3 の第2部は、偽情報とナラティブ操作を扱った二つの論考を収めている。フィリピンの事例は「規制と自由のせめぎ合い」、中国の事例は「国際政治の文脈に応じたメディアの語調の変化」を具体的に描いている。

フィリピン:規制強化と表現の自由の狭間

 フィリピンはインターネット利用率が84%、SNS利用率が78%に達する社会であり、偽情報の拡散が深刻な課題となってきた。レポートは、Meta が Facebook や Instagram でサードパーティ・ファクトチェック制度を打ち切ったことを大きな転機として取り上げている。外部機関による検証と警告ラベル表示がなくなった結果、偽情報が一気に広がる状況が生まれた。

 政府側の対応としては、政府広報庁(PCO)とサイバー犯罪調整センター(CICC)の連携が進められている。一方で市民社会も独自に動き、Rappler を中心に100以上の団体が参加する #FactsFirstPH が組織され、誤情報を発見すると即座に検証・拡散する体制を整えてきた。大統領選の時期に流布された「候補者死亡説」が当日中に検証記事で拡散し返された事例は、その成果として紹介されている。

 ただし論考は、こうした民間の努力に依存しすぎる危うさを指摘する。偽情報対策の責任はあくまで国家にあり、市民社会の活動はそれを補完する形でなければ持続しないとされる。

 さらに教育の側面にも踏み込む。フィリピンではすでに高校でメディア・情報リテラシー(MIL)が必修科目に位置づけられている。しかし世論調査によれば、65%の国民が「情報の正確性を判断できない」と答えており、実効性は十分でない。授業内容の見直しや、成人を含めた継続教育が必要だと結論づけられている。

中国メディア:ナラティブのトーンをどう変えるか

 もう一つの論考は、中国の Global Times が南シナ海をどのように報じたかを分析している。対象は2024年6月から12月に掲載された121本の記事で、強硬、中立、協調の三つのトーンに分類し、事件との関係を統計的に検証している。

 大半の記事は「中国の主権を断固守る」「米国の挑発に対抗する」といった強硬な表現を基調としていた。関連する事件が発生すると、この強硬度はさらに増した。しかし2024年11月から12月には顕著な変化が見られる。11月にフィリピンが新しい海洋法を制定し、12月に中国がスカボロー礁の基線を国連に登録した時期に合わせて、Global Times は「地域の平和と安定を維持する」といった協調的な言葉を用いるようになった。

 この転換は偶然ではなく、国際的な印象を調整するための意図的な動きであると解釈されている。さらに、対象国によっても語調が変わり、米国やフィリピンに対しては強硬姿勢を崩さない一方で、ベトナムとの関係では協調的な表現が使われる傾向が観察された。統計モデルの分析でも、イベント発生時に強硬度が上がり、外交的節目には協調度が高まるというパターンが確認されている。

二つの事例が示すもの

 フィリピンの論考は、制度的対応と市民社会の動き、そして教育政策を組み合わせて偽情報対策を再構築する必要性を示している。中国メディアの分析は、事件や外交の節目ごとにメディアのトーンが切り替わる仕組みを明らかにしている。両者は、偽情報とナラティブ操作という抽象的なテーマを、制度や具体的事件に即して描き出している点で共通している。

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