モルドバ選挙をめぐるロシアの影響工作——Insikt Groupレポートを読み解く

モルドバ選挙をめぐるロシアの影響工作——Insikt Groupレポートを読み解く 情報操作

 2025年9月28日に予定されているモルドバ議会選挙に向け、Recorded Future の Insikt Group が公開した分析「Russian Influence Assets Converge on Moldovan Elections」は、ロシアが仕掛ける影響工作の全貌をかなり生々しく描き出している。ここで見えてくるのは、単なるプロパガンダではなく、フェイク動画、偽造文書、AIアバター、数千の幽霊ページなど、現実と虚構を境目なく混ぜ合わせた情報環境全体への侵食だ。以下、レポートの具体例をいくつか取り上げて紹介する。


フェイクニュースの洪水——Operation Overload

 最も印象的なのは Operation Overload と名付けられたキャンペーンだ。これは記者や研究者に大量の「検証依頼」を送りつける。送られてくるのは、BBCやドイチェ・ヴェレを装った偽動画や、統計機関のグラフを偽造した画像。

 たとえば「サンドゥ大統領の側近が暗号資産ウォレットに7900万ドルを隠していた」「愛人が2400万ドルの不正資産を保有している」といった“スクープ”が拡散される。あるいは、Vogueの表紙を改ざんし「欧州で6番目に高価な大統領のワードローブ」と書き込む。

 もっとも衝撃的なのは、街頭に落書きされたように見せかけた合成写真だ。そこにはギロチンにかけられたサンドゥの姿、絞首台に立つ姿、電気椅子に座らされた姿が描かれていた。もちろん実際にそんな落書きは存在しない。しかし画像を見た人々に「政権は命を狙われているのでは」という恐怖を与えるには十分だ。

 さらに今年7月には、政府報道官のディープフェイク動画が出回った。自分たちが捏造した“汚職疑惑”を「政府が否定している」という形で偽装する。嘘に嘘を上塗りし、循環的に信憑性をつくり出す手口だ。


“人権団体”を装う長文の偽報告——Foundation to Battle Injustice

 次に挙げられるのは Foundation to Battle Injustice(R-FBI)。名前だけ見れば人権NGOのようだが、実際には長大な「調査報告」の形式で虚偽を流す仕組みだ。

 記事の中身は過激だ。「サンドゥ大統領がウクライナの孤児をヨーロッパの児童買春ネットワークに売り渡した」「薬物取引や武器密輸で45億ドルを得た」など、荒唐無稽なものばかり。それでも「長文の報告書」として提示されると、真実味があるように錯覚してしまう。

 さらに「6月4日付で大統領が秘密の法令を出し、警察に市民殺害の免責を与えた」とする“文書”まで発表された。よく見るとレイアウトや署名が不自然で偽造とわかるが、SNSでは「大統領が市民弾圧を準備している」として拡散された。


TikTokに現れたAIアバター——Operation Undercut

 Operation Undercut は TikTok を舞台に展開する。ここでは、ルーマニア語を話すアカウントが次々と動画を投稿している。「選挙は不正に操作される」「EU加盟は破滅を招く」「サンドゥは国を戦争に引きずり込む」といったメッセージだ。

 注目すべきは映像の作り方だ。動画には実在の人物は出てこない。代わりに「エレナ」という既製のAIアバターが登場し、自然な声でナレーションをする。CapCutで編集されたその映像は一見すると本物のインフルエンサーの発信に見える。

 実際、「サンドゥは辞任すべきだ」と呼びかけた動画は11万回以上再生された。視聴者のコメントは少なくても、数字の大きさ自体が「多くの人が共感している」という錯覚を生む。


幽霊の軍隊のようなFacebookページ——Ilan ShorとEvrazia

 亡命中のオリガルヒ イラン・ショール のネットワークも目立つ。彼が資金を出したとされる「Evrazia」という団体は、数千ものFacebookページを自動生成して広告を打った。

 ページ名は「Authentic Moldova」「My Dream Moldova」など愛国的なものばかり。だがプロフィール写真は東欧の出会い系サイトから盗まれた女性の顔。中身のない“幽霊ページ”が並ぶ光景は、まさに情報空間に現れた軍隊のようだ。

 OCCRPの調査では、Evraziaが少なくとも1500万ドルを動かし、13万人の有権者を買収しようとしたと報告されている。Facebookの広告では「Discover Russia 2025」というプログラムを宣伝していたが、その裏には露骨な票操作の意図があった。


ロシア国営メディアが後押しするテレビ局——Moldova24

 Moldova24(MD24) は、表向きはモルドバ向けのテレビ局だが、実際にはロシアの国営メディアRTがインフラを提供している。番組は24時間放送され、ニュースサイトやSNSにも転載される。

 放送内容は「在外投票は不正に操作されている」「PASは国民を買収している」といった疑惑を繰り返す。FacebookやInstagramの広告も大量に出稿し、「PASは偽物の集まり」「サンドゥはガガウジアの子供を侮辱した」といった挑発的な文言で数百万回もの表示を稼いでいた。


自動記事集約サイト——Pravda MD

 最後に紹介すべきは Pravda MD。これはニュースサイトの体裁をとっているが、実態は自動記事集約機だ。RTやスプートニクなどの親露メディアから記事を丸ごと転載し、ルーマニア語話者に届ける。

 記事の見出しは「PASが勝てば心理的崩壊と大量移民が起きる」「PASは重税で国民を苦しめている」といったもの。オリジナルの取材はなく、既存の親露記事を量産して流す仕組みだ。

 さらに深刻なのは、その膨大な記事がAIモデルの学習データに混ざり込み、検索や生成AIの出力をじわじわと汚染している可能性がある点だ。短期的な選挙工作を超え、長期的に情報環境そのものを歪める狙いが見える。


おわりに

 こうして並べてみると、モルドバをめぐるロシアの影響工作は「またか」と言いたくなるほど既視感がある。しかし注目すべきは、その手口が同時多発的に展開され、互いに補強し合っていることだ。ディープフェイクと偽造文書、AIアバターと幽霊ページ、国営メディアと自動集約サイト。

 狙いは選挙の勝敗を直接操作することだけではない。投票率を下げ、在外票を妨害し、結果の正統性に疑念を植え付ける。モルドバの民主的プロセスを内側から蝕むことで、ロシアに都合のいい「不安定な国」をつくり出すことにある。

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