2025年3月19日に欧州対外行動庁(EEAS)が公開した第3回FIMI脅威レポートは、外国による情報操作・干渉(FIMI)がいかにして構造化され、制度化され、地政学的に運用されているかを浮き彫りにするものだった。特に注目すべきは、FIMIを個別のキャンペーンではなく、ネットワーク化されたインフラとして捉える視座が提示された点にある。
1. FIMIの可視化装置としての「Exposure Matrix」
本レポート最大の成果は、「FIMI Exposure Matrix(暴露マトリクス)」の導入にある。
これは従来の「誰が、どんな偽情報を流したか」ではなく、“誰がどのチャネルを通じて、どのように情報空間を構築しているか”を分析するモデルだ。
マトリクスは情報チャネルを以下の4カテゴリに分類する:
- 公式国家チャネル(外務省SNSなど)
- 国家管理メディア(RT、CGTN)
- 国家リンクチャネル(資金や技術的に国家と接続)
- 国家同調チャネル(属性不能だが反復的に国家ナラティブを拡散)
ここで重要なのは、帰属できないチャネル(76.5%)を排除せず、構造的に位置づける発想である。
2. ロシアと中国の「戦略の違い」──分散と集中
レポートはロシアと中国を主要なFIMIアクターとして分析し、それぞれの戦略的アプローチの違いを明確に描いている。
- ロシア:分散型・状況適応型
- Doppelgänger、False Façade、Portal Kombatなど多数のキャンペーン
- 地域特化とイベント便乗(モルドバ選挙、アフリカの政変)
- 中国:集中型・制度連携型
- 国家メディア+「影響外注」(Influence-for-Hire)モデル
- PR企業(Haixun、Haimaiなど)を通じた偽装ニュースサイト運用(例:Paperwall)
両者の共通点は反西側ナラティブの強化と互恵的増幅にあるが、手法は大きく異なる。
3. 典型事例の構造と意図:FIMIは単なるプロパガンダではない
レポートでは複数の代表的FIMI事例が詳細に分析されている。
Doppelgänger
- ロシア発、偽装ニュースサイト+SNSボットの複合運用
- メタ広告、AI生成コンテンツ、コメント欄工作(Matryoshka戦術)
Paperwall(中国)
- PR企業による大量の“地元メディア風”サイト運用
- 国家メディアのコンテンツを第三者経由で洗浄・拡散
これらはいずれも、情報の出所を“ぼかす”構造を持ったメディア・インフラである点が共通している。重要なのは、「偽情報」が単体で拡散されるのではなく、ラウンドトリップ型に“正当化”されながら循環し、最終的に国家機関に引用される構造が明示されていることだ。
4. SNS空間の支配構造:Xはもはや中核的インフラ
EEASが検出したFIMI活動の88%がXで発生しており、ボット、偽装アカウント、使い捨てアカウントによる拡散が主流となっている。これは、アルゴリズム的脆弱性と規制緩和がFIMIの温床になっている現実を反映している。
また、FacebookやYouTubeも地域ごとに使い分けられており、ターゲットの“消費習慣”に合わせたプラットフォーム選択が明確であることも示された。
5. “国家未満”のアクターと匿名チャネルの意味
FIMI活動の7割以上は「国家の顔」を持たないチャネルによって支えられている。これらは:
- 短期運用で破棄されるボット
- “独立系”を装うローカルニュースサイト
- フリーランスの「有償インフルエンサー」
といったアクターたちである。つまり、FIMIのインフラは国家主導でありながら、非国家的なフロントによって実行されている。
FIMIは“出来事”ではなく“状態”である
本レポートは、「偽情報」を一過性のイベントではなく、政治目的をもって設計・運用される持続的インフラと位置づけている点において、情報戦の捉え方に転換を迫る文書である。
露中のFIMIネットワークの複雑さ、プラットフォームとの関係、PR業界との連携、AIの利用、そして対抗策としてのExposure Matrix──これらの要素は、今後の偽情報研究・対策にとって、避けて通れない参照点となる。
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