「Dialog about Fakes 3.0──「フェイクを語る」国家イベントの実像

「Dialog about Fakes 3.0──「フェイクを語る」国家イベントの実像 ファクトチェック

 2025年10月29日、モスクワのデジタルハウス(Дом Цифры)でDialog about Fakes 3.0が開催された。主催はロシア政府系非営利法人 Dialog Regions(АНО «Диалог Регионы»)。地方行政のデジタル広報を統括し、政府の情報政策を担う機関である。外務省報道官マリア・ザハロワ、教育省、通信庁、主要メディアや大学関係者が登壇し、生成AI・ディープフェイク・教育・法的規制が主要テーマとして扱われた。

 主催発表では「80 か国から約 4000 人が参加」し、フォーラムは UNESCO Global Media and Information Literacy Week 2025(MIL Week) に登録された唯一のロシアイベントとされた。ただし、MIL Weekへの掲載は承認ではなく周知を目的とする制度であり、UNESCO による内容評価や品質保証を意味しない。主催側はこの登録を「UNESCO の枠内イベント」として広報し、国際的正統性を演出した。

制裁を受けた主催者と“反フェイク”の逆説

 Dialog Regions は 2024 年 9 月 4 日、米財務省(OFAC)による制裁対象に指定された。米側の公式発表 “Treasury Takes Action as Part of a U.S. Government Response to Russia’s Foreign Malign Influence Operations” (U.S. Department of the Treasury, press release JY2559, 2024-09-04) には、「Autonomous Non-Profit Organization Dialog Regions」および代表 Vladimir Grigoryevich Tabak が名指しされている。制裁理由は、偽情報プロジェクト「War on Fakes」などロシアの影響工作エコシステムへの関与とされた。
 つまり、過去に情報操作を担ったとされる組織が、“偽情報対策”を名乗って国際会議を開くという逆説的構図が生まれた。DaF 3.0 は、かつての“発信者”が今度は“守護者”として登場する舞台であり、国家が情報統制を「防衛」として再定義する装置だった。

内容──AI・教育・法制度の三本軸

 Dialog Regions と提携団体 Global Fact-Checking Network (GFCN) の公式報告(GFCN 公式サイト)によれば、フォーラムは四つのセッションで構成された。

① 生成AIとディープフェイク。 Dialog Regions の英語版報告書 “Research about Fakes in Russia 2025” によれば、2025 年に検出されたディープフェイクは 408 件 で前年の 6〜7 倍増。主要技術は FaceSwap/LioSync 系 81 %、拡散モデル 17 %、音声オーバーレイ 2 %。HeyGen (2024 年 6 月)や Veo-3・Sora-2 (2025 年 10 月)など生成モデルの普及が拡散要因とされた(出典:同 PDF 報告書)。

② 教育とメディアリテラシー。 教育省は学校教育への media literacy 導入を報告し、Dialog Regions はオンライン講座と行政職員研修を紹介。受講者 1500 人、教材 140 本を成果として示し、さらに “fact-checking” という語の認知率が半年で +10 ポイント上昇したと発表した。概念の普及自体を政策成果として可視化 している。

③ 法と倫理。 通信庁 Roskomnadzor や法曹関係者がディープフェイク規制とプラットフォーム責任を討論し、フェイク対策を法体系に組み込む方向性を提示した。

④ 国際協力。 パートナー GFCN は「50 か国 100 名超のメンバーを擁する」と報告し、共同声明 “Strengthening fact-checking cooperation against AI threats” を採択。実際には加盟リストや独立検証は存在しないが、名称の類似が Poynter Institute 傘下の IFCN と混同を誘い、国際標準の一部として見せる効果 を生んでいる。

ザハロワ発言と言説の枠組み

外務省報道官 マリア・ザハロワ は開会演説で「西側諸国はフェイクニュースの主要な生産者であり、偽情報は世界的パンデミックだ」と発言した(Xinhua News Agency, 31 Oct 2025)。新華社・IRNA (イラン国営通信) など友好圏メディアがこの発言を大きく報じ、西側メディアは沈黙した。報道の偏り自体を“証拠”として利用する 構図がここにある。

公開資料の形式──数字が作る「科学的語り」

 Dialog Regions の報告書は研究論文ではなく政策広報の体裁である。全国 9 管区で 5600 人を対象にした調査を実施とされるが、質問票や誤差推定は非公開。65 % が「フェイクを見抜ける」としながら 64 % が「信じた経験あり」と回答した。統計的厳密さよりも、教育による改善を提示する物語構成 が重視されている。ディープフェイク件数・教育成果・リテラシー向上の三指標を並べることで、「観測→教育→改善」という政策的ストーリーを完成させている。

外部評価と国際的反応

 ウクライナの Kyiv Post は オピニオン記事 “Is There Anything More Fake Than Moscow’s ‘Dialogue on Fakes 3.0’ Forum?” で「偽情報を語るフォーラムほど偽なものはない」と批判。制裁対象の主催者が「反フェイク」を名乗る矛盾を指摘した。対照的に、中国・イラン・中東諸国のメディアは「AI 時代の国際協力」「メディアリテラシー教育の成果」として肯定的に報道(Gazeta.ru)。報道の地理的偏り自体が、「フェイクを誰が語るか」という政治的線引き を可視化している。

まとめ──フェイクを定義する権力

 Dialog about Fakes 3.0 は、フェイクをなくすための研究ではなく、フェイクを定義する権利を国家が握ることを示す装置 だった。統計・教育・国際協力を統合し、「科学」「政策」「外交」の語彙を使って情報主権を制度化する。数値とグラフ、UNESCO ロゴ、国際ネットワークという形式がそろえば、信頼は再構築される。“フェイクを語る” という行為そのものが、現代ロシアにおける統治技術の中心 である。

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