シリア人権団体Syrians for Truth and Justice(STJ)は2026年2月、2025年11月にホムス市で発生した宗派間暴力事件を分析した報告書「Zaidal/Homs Crime: Disinformation and Sectarian Incitement Behind Violence Against Civilians」を公表した。本報告書はCeasefire Centre for Civilian Rightsとの共同事業として欧州連合の資金援助を受けて作成され、偽情報と宗派扇動が数時間以内に組織的暴力へ転化する過程を目撃者証言とソーシャルメディア分析によって実証的に記録している。報告書は16ページで構成され、7つの詳細な証言、複数のソーシャルメディア投稿のスクリーンショット、公式声明との照合を含む。
STJはアサド政権期から活動する非政府人権団体であり、本報告書は人権擁護を目的としたアドボカシー文書である。学術的査読を経ておらず、治安部隊の対応については公式見解と証言の間に乖離が存在する点には留意が必要だが、偽情報研究における稀有な実証的ケーススタディとして分析価値を持つ。
事件の発生と初期段階の情報環境
2025年11月23日午前、ホムス市郊外のZaidal町で、Bani Khalid部族に属するスンニ派の夫婦が自宅内で殺害された。妻の遺体は焼かれており、犯行現場の壁には被害者の血で「O Hussein – O Ali」というスローガンが書かれていた。このスローガンはシーア派およびアラウィ派の宗教的象徴と解釈される表現である。
事件発覚から数時間以内に、ソーシャルメディア上で本事件を「アラウィ派コミュニティの一員または複数の構成員による宗派攻撃」として描写する言説が急速に拡散した。Facebookページ「World News at the Moment」は犯行現場の写真とともに「Nusayri民兵」(アラウィ派への侮蔑的呼称)が犯行を実行したと主張する投稿を公開し、別のページ「Military Operations Administration」は「法を超越したシーア派民兵が民間人男性と妻を拷問・殺害し、女性の遺体を焼いた」と記述した投稿に宗派的なハッシュタグを付けて拡散した。
これらの投稿は犯行現場に残された宗派的シンボルのみを根拠とし、犯人の身元、動機、事件の文脈に関する検証を一切含まなかった。報告書が記録した証言によれば、近隣住民の間でも「壁に書かれた宗派的スローガン」が唯一の証拠として犯人をアラウィ派と断定する言説が流布し、これが攻撃の正当化根拠として機能した。
ソーシャルメディアにおける集団帰属と報復呼びかけの構造
事件発生日の11月23日から24日にかけて、ソーシャルメディア上では個人犯罪を集団的責任へと転換する言説パターンが観察される。Facebookページ「Syrian Jazira News」は「Bani Khalid部族の英雄たちがNusayri派のホムスに集結し、殉教者たちへの報復を求めている」という動画を投稿し、コメント欄では「神よ、無信仰者たちを導きたまえ」「神にかけて、部族は鉄の団結を示すだろう」といった応答が複数確認された。
11月23日午後10時8分に投稿されたある個人アカウントは「神よ、部族の怒りを鎮めたまえ。神よ、ホムスのNusayriを一人残らず根絶したまえ」と記述し、コメント欄で「Nusayriは近々Zahraから逃げるだろう」という返信がついた。Zahraはホムス市内のアラウィ派居住地区の名称である。11月24日午後0時10分の別の投稿は「もしNusayriを殺せば、それは殺人ではない。もし彼らを(追放の意味で)帰還させれば、それは殺人ではない。もし彼らを虐殺すれば、それは殺人ではない。もし彼らをこのNusayriの国に住まわせ続ければ、それは殺人である」と述べている。
これらの投稿に共通する構造的特徴は以下の3点である。第一に、個人の犯罪行為を「アラウィ派」という宗教集団全体の属性として一般化する集団帰属の論理。第二に、被害者が属する部族の名誉回復という名目で報復を正当化する言説。第三に、「根絶」「追放」といった集団処罰を示唆する表現の使用。報告書はこれらの言説が「修辞的循環にとどまらず、集団暴力の直接的な引き金となった」と評価している。
アラウィ派居住地区への組織的攻撃の実態
11月23日午後から夜間にかけて、ホムス市内のアラウィ派が多数を占める地区(al-Zahraa、al-Muhajireen、al-Arman、al-Bassel郊外)に対して組織的な攻撃が発生した。報告書が記録した7つの証言はいずれも一貫したパターンを描写している。すなわち、武装集団がバイクと車両で住宅地区に侵入し、無差別発砲、車両と商店の破壊・放火、住宅への侵入試みを行ったが、住民側からの武装抵抗や反撃は確認されなかった。
al-Zahraa地区のMirvat(仮名、以下同様)は「車とバイクからの銃撃音が住宅地区内で聞こえ、壁に身を隠して自宅に戻り、鍵を固く閉めた」と証言した。al-Muhajireen地区のTareqは「バイクと車の車列が武装した男たちとともにal-Muhajireenに入り、住宅と建物に向けて無差別に発砲した。銃を持った男たちは車の窓を割り、商店を略奪・破壊し、複数の住宅に放火した」と述べている。
攻撃の宗派的性格は、武装集団が「Allahu Akbar」(神は偉大なり)の連呼と宗派的侮辱を伴っていた点に表れている。al-Zahraa地区のAnasは「彼らが私の住む地区に入ってきたとき、発砲を始め、侮辱と『Allahu Akbar』を叫び、その後車と商店を破壊した」と証言した。住民たちは攻撃が自身の行為ではなく宗教的アイデンティティに基づいていると認識した。
財産被害の規模も証言から明らかになる。al-Arman地区のIsmailは「複数の地区で100台以上の車両が損傷された」と推定し、「武装した男たちはal-Armanの主要道路沿いの商店を破壊し、その後Ali ibn Abi Taleb School Streetに移動してすべての車を破壊し、4台を放火した。友人の車も含まれていた。主要道路と平行する通りは完全に焼失した。友人は商店が焼かれ、家の前で車が放火され、住宅に発砲された後、恐怖に陥っていた」と詳述している。
al-Muhajireen地区のSamerは妹が所有する小規模商店が標的となった経緯を述べた。「攻撃者たちは商店の金属製ドアを激しく叩き、その後こじ開けて侵入した。そして商店を完全に焼失させ、妹と幼い子どもたちに深刻な経済的損失をもたらした。彼女は報復行為の結果として唯一の生計手段を失った」。この証言は閉店中の商店さえも攻撃対象となったことを示しており、攻撃が個人の行為ではなく属性に基づいていたことを裏付ける。
住宅への侵入試みも複数報告されている。Mirvatは「武装した個人たちがal-Muhajireenにいる叔母の自宅に侵入し、若い息子たちを連れ出そうとしたが、彼らは不在だった」と証言した。al-Arman地区のAliは「住宅への侵入と、少女がライフルの銃床で殴打されるのを自宅付近で目撃した」と述べている。Ismailは「彼らは友人のal-Muhajireen主要道路の商店全体を破壊し、鞭で彼を殴打した」と証言し、さらに「al-Arman通りのIskandar Restaurantの近くで人々が殴打され引きずられているのを見た。これを記録した多数の動画が流布された」と付け加えた。
治安部隊の対応と情報統制の失敗
報告書が記録した証言は、治安部隊の対応について一貫して批判的な評価を示している。Tareqは「General Security(総合治安局)はベドウィンに加担しているか、あるいはこれらの武装した男たちを抑止する能力がない。いずれにせよ、彼らは抑止的行動を取らなかった」と述べた。al-Arman地区のAliは治安部隊の介入が「空に向けて発砲する」ことに限定され、攻撃の継続を阻止しなかったと証言している。他の証言者たちは治安部隊が「武装した男たちと関与しなかった」あるいは「意味のある結果なしに介入した」と述べ、al-Muhajireen地区のHasanは「General Securityの人員がいたが、決定的な措置は取られなかった」と報告した。
特に注目すべきは、当局が夜間外出禁止令を発出した後も暴力が継続した点である。Tareqは「現在午後9時30分だが、バイクと銃声がまだ聞こえる。市内に外出禁止令が課されているにもかかわらず」と攻撃進行中に証言している。また、al-Muhajireen地区のHasanは「al-Zahraa、al-Muhajireen、al-Bassel郊外のようなアラウィ派地区の状況は非常に悪い。悲劇的とさえ言える。General Securityはアラウィ派が多数を占める地区への入口を封鎖したが、これは武装した個人たちがバイクと車で侵入し、住宅に無差別に発砲し、車、商店、住宅を含むアラウィ派住民の財産を破壊・放火することを防げなかった」と述べている。
この証言が示唆するのは、検問所の設置という形式的措置が実効性を欠いていたこと、そして小型車両(バイク)を用いた機動的攻撃に対応できなかったことである。報告書は「治安部隊の実際の不在、あるいは攻撃を封じ込めるには不十分な限定的介入」と特徴づけている。
一方、公式メディアはホムス県内務治安司令官の声明を引用し、犯行後にホムス地区とZaidal周辺に内務治安部隊を広範に配置し、市民保護と事件の不和扇動への利用防止を目的とし、国家がすべての構成員を例外なく保護する決意を再確認したと報じた。内務省筋も事件後にホムス南部地区へ治安増援を派遣し、関連当局が法的措置を実施して証拠を収集し責任者を特定して治安を回復させており、市民に公式指示を遵守し宗派対立を避けるよう呼びかけたと報告した。
住民の認識と公式説明の乖離は、制度的信頼に関する構造的課題を浮き彫りにしている。報告書は「地域住民の治安対応に関する認識と公式説明の相違は、制度的信頼に関するより広範な課題を強調し、透明で信頼できる危機情報メカニズムの必要性を示している」と評価した。
より重大な問題は当局の情報発信の遅延である。事件発生日の11月23日、当局は学校登校の停止と外出禁止令という例外的措置を採用し、治安緊張の拡大を封じ込めようとした。しかしこれらの措置は暴力が拡大し扇動的言説が広範に流布した後に導入された。犯行の真相に関する公式発表はさらに遅れた。約10日後の12月3日になって初めて、内務省は犯行が犯罪的動機(強盗)によるものであり、容疑者は被害者2名の親族であり、宗派的スローガンは誤導と不和扇動を目的として書かれたものであると発表した。この時点ではすでにホムス市内の複数地区で広範な暴力が発生していた。
報告書は「国際的義務に基づき、憲法宣言第12条で再確認されているように、国家は暴力から市民を保護し、憎悪と暴力への扇動を防止し、現実的または差し迫った脅威を認識した際に迅速に介入してリスクを軽減するための効果的な予防措置を取る義務を負っている」と指摘し、当局の対応が「事実発生後の反応的治安措置に限定される」ものであったと批判している。
偽情報から集団暴力への転化メカニズム
本事件が示す最も重要な構造的特徴は、検証されていない情報が数時間以内に組織的暴力へ転化したプロセスである。報告書は「STJが記録した証言は、信頼できない情報が修辞的流布にとどまらず、集団暴力の直接的引き金となったことを示している」と評価した。
この転化を可能にした第一の要因は、犯罪への宗派的フレーミングである。犯行現場に残された「O Hussein – O Ali」というシンボルは、本来は犯人の動機や身元を示す確定的証拠ではない。しかしソーシャルメディア上ではこのシンボルのみが「アラウィ派コミュニティによる組織的攻撃」の証拠として流布され、個人犯罪を集団的属性へと変換する認知的操作が行われた。al-Muhajireen地区のTareqは「近隣住民が『壁に書かれた宗派的スローガン』のみを根拠に、犯人を特定する他の証拠なしにアラウィ派に対する直接的非難を流布した」と証言している。
第二の要因は集団的責任の帰属と報復の正当化である。al-Arman地区のAliは「この言説が、標的となった住民と犯罪との間に何の関連もないにもかかわらず、アラウィ派が多数を占める地区への攻撃を正当化するために使用された」と証言した。ソーシャルメディア投稿が示すように、個人犯罪は「Nusayri民兵」「シーア派民兵」という集団カテゴリーへと拡張され、アラウィ派住民全体が潜在的加害者として位置づけられた。この論理の下では、特定地区に居住するという事実が攻撃の十分な根拠となる。
第三の要因は部族動員の構造である。al-Muhajireen地区のHasanは「なぜこれらのベドウィンは増援を呼び、他の部族を動員しているのか。誰も彼らに害を加えておらず、彼らの行動に応答もしていないのに。今やal-BayyadaとDeir Ba’albahから武装したベドウィン部族の車列が、旧Palmyra道路経由でピックアップトラックに乗ってアラウィ派地区に現在いる者たちを支援するために到着している。私の心の中で巡る質問は、なぜか」と述べている。この証言は、初期の攻撃者たちが追加の部族戦力を動員し、攻撃の規模を拡大させたことを示唆している。
第四の要因は一般化された言語の使用である。報告書は「この言説は犯罪の描写にとどまらず、一般化された言語を用いて宗教コミュニティ全体を個人の犯罪行為に対して集団的に責任があるとする、暗黙的または明示的な報復呼びかけへと拡大した」と分析している。「leave none of the Nusayris of Homs behind」(ホムスのNusayriを一人残らず根絶せよ)や「もし彼らを虐殺すれば、それは殺人ではない」といった表現は、特定の宗教集団に対する非人間化と殺害の正当化を含んでいる。
第五の要因は情報の空白である。当局が事件の真相を10日間公表しなかったことで、ソーシャルメディア上の未検証情報が唯一の情報源として機能した。報告書は「タイムリーで効果的な公式反論がない中で、扇動的言説は、非難から住宅地区全体の現場での標的化へと暴力を移行させる扇動的雰囲気の創出に寄与した」と評価している。
これらの要因が組み合わさることで、個人犯罪は数時間以内に集団処罰の論理へと転換され、組織的暴力を引き起こした。報告書は「STJが記録した証言は、タイムリーで効果的な介入がなければ、偽情報への対応とその影響の封じ込みにおいてコミュニティ保護がいかに脆弱であるかを明らかにしている」と結論づけている。
暴力の心理的影響と強制的移住圧力
攻撃が住民に与えた影響は物理的被害にとどまらない。報告書は「暴力と付随するヘイトスピーチの影響は、地区内の市民が経験した即座の恐怖に限定されず、彼らの長期的な安全感と安定性にも影響を与え、一部の者に自宅を離れることを真剣に検討させた」と記述している。
al-Muhajireen地区のTareqは攻撃への対応について「自宅のドアを固く閉めて内部にとどまり、攻撃されることを恐れた」と述べた上で、「最初の機会にTartous市へ逃げることを考え始めた」と証言している。彼は以前は子どもたちを移住させることや学校を変更することを考えたことがなかったが、移住が真剣な選択肢となり、経済的負担と家族生活の強制的中断を伴うにもかかわらずそう考えるようになったと付け加えた。
この証言が示すのは、暴力とヘイトスピーチから生じる恐怖が、公式の退去命令や宣言された大量移住がなくても、市民に自宅を離れることを強いる強制的圧力へと進化し得るという構造である。報告書は「この証言は、暴力とヘイトスピーチから生じる恐怖が、市民に自宅を離れることを強いる強制的圧力へと進化し得る様子を示しており、それによって安全な住居への権利と家族の安定性に影響を与えている」と評価した。
ソーシャルメディア上でも移住圧力を示唆する投稿が確認される。11月24日午後8時32分の投稿は「アラウィ派よ、Nusayriよ、少数派よ。ストライキよ、デモよ、座り込みよ、あなた方は何をしているのか、あなた方が追い出されるまで。神にかけて。これが海よ、船よ、目の前にあり、海へ逃げよ」と記述している。この投稿は暴力的追放の脅威が一部の人々によって意図的に発信されていたことを示している。
事件に伴う負傷者数については情報の不一致が存在する。報告書は「11月23日のホムス事件と並行して、ソーシャルメディアユーザーは影響を受けた地区での発砲の結果として多数の市民が負傷し、市内のal-Zahraa病院に搬送されたという情報を流布した」と記述している。保健省筋を引用した公式メディアは「ホムスの病院が18人の負傷を受け入れ、その大半は無差別発砲による負傷であり、一部は交通事故によるものであった」と報じ、必要な医療が提供されたとしたが、詳細な数字や負傷の性質、発生した状況を明確にすることなく公表した。
報告書はこの不一致について「流布する情報と公式説明の間の不一致は、正確なデータにアクセスする困難さを強調し、透明で詳細な情報がない中で存在した混乱状態を反映している」と評価している。
国際人権法の観点からの評価
報告書は本事件を市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)の観点から評価している。具体的には、宗教的根拠による差別の禁止、生命権、人の安全に対する権利の侵害を、ヘイトスピーチと暴力扇動が蔓延する文脈において指摘している。
証言が示すのは、市民が元の犯罪との個人的関連なしに、宗教的アイデンティティのみを根拠に標的とされたという事実である。報告書は「証言は市民が宗教的アイデンティティのみを根拠に標的とされ、元の犯罪との個人的関連はなく、個人刑事責任の原則への違反に相当する」と評価した。
この評価は攻撃の差別的性質を明確にしている。al-Zahraa、al-Muhajireen、al-Arman、al-Bassel郊外といった攻撃対象地区はいずれもアラウィ派が多数を占める地区として知られており、攻撃者たちは特定の個人の行為ではなく、住民の宗教的属性に基づいて標的を選択した。住民たちは事件の最初期から自宅内にとどまり恐怖のためドアを固く閉め、攻撃は数時間にわたって街路と住宅地区で継続したが、住民側からの武装した対立や報復の兆候はなかった。これらの行為には宗派的スローガンと宗教的聖句(Allahu Akbar)が伴い、住民たちは個人的行為ではなく宗教的アイデンティティに基づいて標的とされているという認識を強化した。
報告書は国家の国際的義務について、憲法宣言第12条で再確認されているように「暴力から市民を保護し、憎悪と暴力への扇動を防止し、現実的または差し迫った脅威を認識した際に迅速に介入してリスクを軽減するための効果的な予防措置を取る」責任を負っていると指摘している。この義務は「差別なしに公共の治安と市民の安全を保護することを要求する国内法の一般原則とも一致している」とされる。
シリア暫定当局と市民社会への提言
報告書は本事件の再発防止と市民保護強化のため、シリア暫定当局と市民社会組織に対して具体的提言を行っている。
暫定当局への提言は5項目からなる。第一に、宗派的次元を持つとして描写される犯罪への調査を迅速化し、扇動的な噂とシリアにおける犯罪を取り巻く大衆的言説の拡散を防ぐためにタイムリーな公開更新を発行すること。第二に、2025年11月23日の攻撃中にホムスで発生したすべての暴力行為について真剣で透明な調査を実施し、法律に従って責任者(個人であれ武装集団であれ)に説明責任を負わせること。第三に、リスクのある住宅地区を保護するための効果的な予防措置を採用し、市民とその財産への攻撃を防ぐための迅速で比例的な治安介入を確保すること。第四に、メディアとソーシャルメディアプラットフォームを通じて流布する偽情報と扇動的修辞を監視し対応する明確で迅速なメカニズムを開発すること(ただし表現の自由の尊重を確保しながら)。第五に、宗教または宗派的所属に基づく差別なしにすべての市民に平等な保護を確保し、保護を担当する制度への地域住民の信頼を強化すること。
市民社会組織への提言は2項目である。第一に、違反の遂行における直接的貢献要因としてヘイトスピーチと偽情報を文書化し、そのような文書化を監視・分析報告に統合すること。第二に、宗派扇動のリスクとそれが社会平和と市民保護に与える影響に関するコミュニティ意識向上イニシアティブを強化すること。
これらの提言は偽情報対策における3つの介入点を示唆している。すなわち、当局による迅速な情報開示と事実確認、ソーシャルメディアプラットフォームでの扇動的言説の監視と対応、そしてコミュニティレベルでの批判的情報リテラシーの強化である。
偽情報研究における本事例の意義と限界
本報告書が提供する最も重要な学術的貢献は、偽情報から組織的暴力への転化プロセスの実証的記録である。多くの偽情報研究が情報の拡散パターンや認知的影響を分析する一方で、偽情報が数時間以内に物理的暴力と財産破壊を引き起こす具体的メカニズムを目撃者証言とソーシャルメディア記録の両方から再構成した事例は限られている。
本事例が示す構造的特徴は、宗派対立が潜在する社会における偽情報の特異な危険性である。犯行現場に残された宗派的シンボルという単一の要素が、既存の宗派間緊張を活性化させ、集団的責任帰属の認知フレームを作動させた。このプロセスは情報の真偽よりも、受け手が持つ既存の認知図式(宗派間の敵対関係)との適合性によって駆動された。
また、部族構造が動員チャネルとして機能した点も重要である。ソーシャルメディア上の扇動的投稿は抽象的な敵意にとどまらず、「Bani Khalid部族の英雄たち」という具体的な社会組織を通じて物理的動員へと転換された。Hasanの証言が示すように、初期攻撃者たちはal-BayyadaとDeir Ba’albahといった他地区から部族の増援を呼び寄せ、攻撃の規模を拡大させた。
しかし本報告書には方法論的限界も存在する。第一に、証言の独立検証が限定的である点である。7つの証言はいずれも攻撃を受けたアラウィ派住民からのものであり、攻撃者側の動機や組織化プロセスについての直接的証言は含まれていない。第二に、治安部隊の対応については住民の認識と公式声明の間に乖離があり、どちらが事実により近いかを判定する独立した証拠は提示されていない。第三に、ソーシャルメディア投稿の選択バイアスの可能性である。報告書は扇動的投稿を多数引用しているが、事態の鎮静化を呼びかける投稿や宗派対立を批判する投稿が存在した可能性も検討されていない。
これらの限界にもかかわらず、本報告書は偽情報が引き起こす「実害」を具体的に記録した貴重な実証研究である。偽情報研究が認知的影響や選挙への干渉といった間接的効果に焦点を当てる傾向がある中で、本事例は偽情報が数時間以内に死傷者を出す集団暴力へと転化し得ることを示している。この構造は、宗派対立を抱える中東地域に限らず、民族・宗教・人種的緊張が存在する社会一般における偽情報の危険性を理解する上で重要な知見を提供している。

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