カナダにおける気候変動否認・遅延ナラティブの全貌 ― GDI報告書(2025年8月)

カナダにおける気候変動否認・遅延ナラティブの全貌 ― GDI報告書(2025年8月) 偽情報の拡散

 2025年8月にGlobal Disinformation Index(GDI)が公表した報告書「Climate Change Disinformation in Canada – August 2025」は、カナダのデジタル空間で流通する気候変動否認・遅延ナラティブを徹底的に分析している。単に「否認がある」という一般論ではなく、どんな言説がどう拡散され、どの地域や層を狙い、どのような他の差別的ナラティブと結合しているのかを具体的に描き出している点が特徴的だ。ここではその中身を詳しく紹介する。

地域差と社会的脆弱性

 否認や遅延の言説は全国に均等に広がっているわけではない。アルバータやサスカチュワン、マニトバといった化石燃料産業への依存が深い州では、連邦政府の規制と対立してきた歴史的背景もあり、否認的言説が受け入れられやすい。一方、ケベックや大西洋州では気候行動への支持が相対的に強く、偽情報に対する抵抗力も高いとされる。こうした地域差は、経済基盤や政治文化の違いが情報環境にどのように作用するかを示す好例だ。

ターゲットとされる層

 GDIの分析は、否認・遅延ナラティブが特定の層に合わせて調整されていることを強調する。中間層や労働者層には「政策は家計を圧迫し、移動の自由を奪う」と訴え、政府や科学に不信感を抱く層には「科学は操作され、政策は不当だ」と植え付ける。コロナ対策に反発した人々には「気候ロックダウン」や「15分都市=監獄都市」といったレトリックを投入し、保守層には「リベラルな文化戦争の道具」と位置づける。つまり、同じ否認でも「誰に届けるか」で語り口が異なるのである。

主要アクターの役割分担

 カナダ国内では、いくつかの層が役割を分担して偽情報を流通させている。Rebel NewsやTrue Northといった保守系メディアは、気候変動を矮小化する一方で、気候政策を「グローバリズムのアジェンダ」と結びつけ、反移民・反フェミニズム・反2SLGBTQIA+の言説と一緒に流す。インフルエンサーは、こうした周縁の否認言説を一般のユーザーに届くかたちに翻訳し、「科学は政治化されている」と強調する。さらにTelegramやSubstackのコミュニティでは、反ユダヤや「グレート・リプレイスメント」理論と結びついた極端な陰謀論が集約される。そして米国発の「気候ロックダウン」「エリート支配」などのフレームが国境を越えて輸入され、カナダ的文脈に組み替えられている。

ナラティブの具体的類型

1. 気候変動否認・遅延

 IPCCを「データを改竄する政治組織」とする言説は頻出する。LifeSite Newsは「科学的合意は存在せず、合意という概念自体が虚構」と主張。Global Researchは「科学者やNGOは資金目当てで危機を誇張」と描く。Friends of Scienceは「CO₂は植物の栄養であり経済発展を支えた」と持ち上げ、気温上昇の害を否定する。

2. 陰謀論

 「気候は国際エリートの支配の口実」というフレームは広く拡散している。TelegramのReal Wide Awake Mediaは「気候アジェンダを使って国民を管理」と断じ、YouTubeのRagona Sistersは「15分都市は監視社会の導入」と主張。さらにRomana Diduloのサイトでは「気候省庁は違法で全廃すべき」と宣言する。山火事に関しても「地球工学」「指向性エネルギー兵器」「政府の放火」説が拡散され、自然災害が「人為的陰謀」と再解釈されている。

3. 政策は有害

 経済的脅威として描かれることが多い。National Postは「炭素税はカナダ経済を核の冬に追い込む」と報道し、Friends of Europeは「2030年までに各家庭2万8千ドルの負担」と誇張。Albertaの政治家Rebecca Schulzは「リベラル政府の気候計画はアルバータ経済への攻撃」と語る。SNS上でも「天気を変えるために人々を貧困に追いやる税」と揶揄する投稿が目立つ。

4. 活動家への敵意

 活動家は「狂信者」「テロリスト」と呼ばれ、人格攻撃の対象とされる。環境副大臣Nancy Hamzawiが「肥満のムスリム気候狂信者」と侮辱され23万回以上閲覧された例、前環境相Steven Guilbeaultが「狂信的で経済を破壊した」と攻撃された例などが記録されている。野火を「左派エコテロリストの放火」とする投稿も拡散された。さらにTelegramでは「活動家がモントリオールのテスラ販売店を破壊」とする情報が流布され、敵意を煽る材料となった。

5. 他ナラティブとの結合

 否認言説は単独ではなく、反フェミニズムや反移民、反2SLGBTQIA+と結びつく。Press For Truthは「気候変動は地球の自然サイクル」としながら「フェミニズムは社会の癌」と攻撃。Rebel Newsは「ドラァグショーが気候のせいで中止された」と報じ、気候問題を揶揄する。Armstrong Economicsはグレタ・トゥーンベリを「16歳の少女のヒステリー」と侮辱し、科学的議論を矮小化する。Immigration Watch Canadaは「移民こそが温室効果ガス排出の主因」として排外主義と気候否認を結びつける。

測定と到達度

 GDIはABCD(Actor, Behaviour, Content, Degree)フレームを用いて事例を整理し、Degreeではウェブサイトのカナダ国内訪問者数やSNSのフォロワー数・再生数を用いて可視化している。例えばLifeSite Newsは月間7.7万訪問、National Postの記事は280万訪問を記録しており、規模の大きなメディアが否認的フレームを広めていることが示される。

まとめ

 これらの言説は単に気候変動の科学的理解を歪めるだけでなく、社会全体に広範な影響を与える。科学的不信を拡大し、市民参加を萎縮させ、政策の正統性を損なう。さらに反移民や反フェミニズムと結びつくことで、社会的分断や差別を正当化する役割も果たしている。報告書は、否認・遅延ナラティブが孤立した現象ではなく、他の偽情報や憎悪言説と複合的に絡み合いながらカナダの情報空間を形作っていることを示している。

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