2025年9月14日、パキスタン・イスラマバードを拠点とするFake News Watchdog(FNW)がホワイトペーパー「Democracy’s Fight for Survival in the 21st Century」を発表した。FNWは偽情報や誤情報の監視、ファクトチェックの仕組みづくり、教育活動を行う団体であり、今回の報告書は「世界民主主義デー」に合わせて公開された。中心的な論点は、民主主義の存立を「選挙の有無」だけで判断するのではなく、法の支配・人権・表現の自由という三本柱の健全性で評価すべきだという点にある。
世界的背景
報告書はまず、世界規模で進行するオートクラシー化の現状を提示している。V-Demの2025年版によれば、民主化が進んでいる国は19か国に過ぎず、オートクラシー化が進んでいる国は45か国にのぼる。人口やGDPで加重平均すると、世界の民主主義の水準は1990年代から1970年代レベルに後退しているとされる。特に「最初に削られるのは市民的自由」であり、報道の自由や反対派の安全が弱体化し、その後に行政府の権限強化や反対派の犯罪化が進むという共通のパターンが示される。ここでFNWは「デジタル独裁化(Digital Autocratization)」という概念を用い、監視・検閲・偽情報の組み合わせが民主主義を掘り崩す新しい段階に入ったと整理する。
バングラデシュ
2024年の総選挙を経て、バングラデシュはV-Demで「選挙的独裁(Electoral Autocracy)」に分類された。与党アワミ連盟は反対派の集会を警察によって解散させ、数百人の活動家を拘束した。選挙を取材したジャーナリストも逮捕や暴行を受けた。
制度面では、世界正義プロジェクト(WJP)法の支配指数で127位(142か国中、スコア0.39)と低水準にあり、特に「政府権力の抑制(0.36)」や「刑事司法(0.31)」での評価が低い。腐敗認識指数(CPI)は149位に位置している。
市民の自由は安全保障の名目で制限され、デジタルセキュリティ法によってSNS投稿を理由に拘束される事例が相次ぐ。アムネスティやヒューマン・ライツ・ウォッチは「批判的な投稿だけで刑務所に送られる」ケースを多数記録している。治安部隊ラピッドアクション大隊(RAB)は強制失踪や超法規的殺害に関与しているとされる。
報道の自由はRSFランキング165位と厳しい状況にあり、選挙時の取材や批判的報道は妨害される。
エジプト
エジプトは制度の外形を残しつつも、実質的には行政府の支配が徹底している。WJP法の支配指数は136位(スコア0.34)、CPIは130位(33点/100)、Freedom Houseスコアは18/100(Not Free)、RSF報道自由度168位と、国際指標はいずれも下位層に位置する。
裁判所は独立性を欠き、反体制派は大規模裁判で一括処理される。国際人権団体は拷問や強制失踪の蔓延を報告している。女性や少数派への差別も根強い。
表現の自由に関しては、サイバー犯罪法や反テロ法が政府批判の取り締まりに使われ、ブロガーや活動家がSNS投稿を理由に拘束される。独立系メディアは閉鎖され、市民社会の活動空間は徹底的に制限されている。
インド
インドは「世界最大の民主主義」と称されるが、制度の劣化が顕著である。V-Demはインドを「選挙的独裁」に分類しており、報道の自由度はRSFで159位に位置する。
司法や監査機関は政権の影響を受け、反体制派やジャーナリストは国家安全法や非合法活動防止法(UAPA)で拘束される。
少数派への対応では、市民権改正法(CAA)によりムスリムが不利益を受け、宗教暴力や排斥が増加している。加害者が与党系組織とつながっている場合、処罰が回避されることもある。
表現の自由に関しては、インターネット遮断が常態化している。特にカシミールでは選挙や抗議活動のたびに通信が遮断され、市民が情報にアクセスできなくなる。
ネパール
ネパールは「部分的自由」を維持するが、民主主義の脆弱性が顕著である。EIU民主主義指数は4.98(Hybrid Regime)、Freedom Houseスコアは55/100(Partly Free)、WJP法の支配指数は108位(スコア0.44)、RSF報道自由度は95位である。
2025年9月には、政府によるSNS全面禁止令が発端となり、若者主導の「Gen Z抗議」が全国に拡大した。治安部隊の弾圧により51人が死亡、1000人以上が負傷し、抗議は#NepoBabyや#NepoKidsといったハッシュタグで拡散した。
外国勢力の関与が取り沙汰され、インド、中国、米国、EU、ヒンドゥー至上主義団体、多国籍企業などが「容疑者」として名前が挙がったが、報告書は「確証は乏しく、主要因は国内の腐敗と閉塞感」であると結論づけている。
パキスタン
パキスタンの章は最も詳細である。V-Demは同国を「選挙的独裁」に分類し、EIU民主主義指数は2.84(Authoritarian Regime)、CPIは135位、WJP法の支配指数は総合0.38と低い。
報告書は、軍が「最終仲裁者」として政治を支配してきた歴史を詳しく描いている。1958年のアイユーブ・カーンのクーデター、1977年のジア・ウル・ハクの政変、1999年のムシャラフによる政変など、軍が繰り返し政権を握った経緯が記録されている。
2024年の選挙では、野党指導者イムラン・カーンが収監され、数千人の支持者が拘束された。投票は行われても、結果は軍の意向で決まったと広く認識されている。
報道の自由についても歴史的事例が列挙される。1960年代には新聞社の国有化、1978年にはジャーナリストが公開で鞭打ち刑に処された。1990年代には政府批判を行った大手新聞社が広告を止められ経営難に陥った。さらに2020年以降は15〜20人のジャーナリストが殺害されている。現在は電子犯罪防止法(PECA)が政府や軍批判の取り締まりに使われ、SNSでの発言を理由に市民が逮捕される。
結論
FNWのホワイトペーパーは、5か国を同じ基準(三本柱と国際指標)で記述し、それぞれに数値と事例を併記している。バングラデシュではデジタル法と強制失踪、エジプトでは司法の従属とオンライン統制、インドでは少数派差別とネット遮断、ネパールではSNS禁止令と抗議での死者、パキスタンでは軍による政治支配と報道弾圧の歴史が具体的に示される。これらの記録は、選挙という形式が残っていても、法の支配・人権・表現の自由が同時に崩れれば民主主義は空洞化するという現実を裏付けている。
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