プラボウォ政権下のインドネシアで何が起きているか——アムネスティが記録した「外国の手先」偽情報工作

プラボウォ政権下のインドネシアで何が起きているか——アムネスティが記録した「外国の手先」偽情報工作 情報操作

 本稿で紹介するのは、国際人権NGOアムネスティ・インターナショナルが2026年5月に公表した“Building Up Imaginary Enemies: Misinformation, Disinformation and ‘Foreign Agent’ Allegations in President Prabowo’s Indonesia”である。アムネスティは1961年創設、世界1000万人超の会員を擁し、企業や政府から独立して主に個人会員の拠出で運営される。本報告書は明確な人権擁護的立場から分析しており、インドネシア政府の施策に対して批判的であることを読者は念頭に置く必要がある。

 本報告書はプラボウォ・スビアント大統領の就任(2024年10月)から最初の18か月間(〜2026年4月)を対象として、国家関係者および国家に近い民間アクターが「外国の手先(agen asing / antek asing)」というナラティブを市民社会・ジャーナリスト・人権活動家への武器として使用した実態を体系的に記録する。X、TikTok、Facebook、Instagram、YouTubeの5プラットフォームにわたって収集した585件のソーシャルメディア投稿を分析し、市民社会関係者25人と専門家8人へのインタビューを実施した。

方法論:「欺瞞的協調」の検出

 本報告書は誤情報(意図なき誤情報の拡散)と偽情報(意図的な欺瞞を伴う虚偽情報の拡散)を厳密に区別する。意図は直接観察できないため、アムネスティは欺瞞的協調(deceptive coordination)の指標を通じて意図を推論する手法をとる。

 指標は二種類である。行動的指標——複数アカウントが極めて短い時間帯内に同一投稿を行うパターン。コンテンツ的指標——同一または類似するナラティブ・画像・動画が複数アカウントにわたって繰り返し拡散されるパターン。両方の指標が揃ったケースでは欺瞞的意図を合理的に推定できるとしてコンテンツをディスインフォメーションに分類した。

 検出手法は再現可能なオープンソース手法に基づく。TikTokの「Original Sound」機能とInstagramの「Original Audio」機能(固有音声トラックのインデックスページから同一音源を使った全アカウントが列挙される)を活用して、同一音声を持つ投稿を横断的に特定した。投稿タイムスタンプはXでは公開データ、他プラットフォームではメタデータ分析で確認し、投稿の残存状況と拡散指標(閲覧数・いいね数・シェア数)は2026年4月20日時点で評価した。本報告書が意図的に回避するのは、完全なネットワーク構造の解明と中央集権的指揮系統の立証である。分析は「同一コンテンツの同期的拡散」という観察可能な事実に絞っており、この謙抑的立証姿勢は方法論的誠実さを示す。

「外国の手先」ナラティブの構造的起源

 インドネシアでこのレトリックを使って批判者を攻撃する手法は新しいものではない。スハルト新秩序体制下(1966〜1998年)では、軍が「中国共産主義者の手先」というプロパガンダを展開し、大規模な人権侵害の正当化に使った。2014年には市営水道民営化に反対したLBHジャカルタが「外国の走狗」と書かれた横断幕を貼られ、グリーンピースも繰り返し同様の攻撃を受けてきた。

 プラボウォはGerindra党大臣時代の2020年から「外国の手先」ナラティブを使い始め、2024年大統領選運動でも使い続けた。BBC Indonesiaの2026年2月17日付報道によれば、就任後18か月間でこのレトリックを公式スピーチで25回使用した。2025年2月には「外国の資金でNGOとメディアが世論を操作している」と明言し、2025年4月6日のメディア編集長との公開インタビューではUSAID解体を「証拠」として援用した。この論理は市民の批判に正面から応答するのではなく、批判の正当性そのものを「外国の操作」として無効化するものである。ある匿名の上級ジャーナリストはアムネスティに「プラボウォが説明できないことがあると、批判者を外国の手先と呼ぶ。人々の頭の中に架空の敵を作り上げている」と証言した。

 閣僚もこのナラティブを踏襲した。エネルギー鉱物資源大臣バフリル・ラハダリアは2025年6月のラジャ・アンパット(西パプア)ニッケル採掘反対運動に際して「この下流化プロジェクトを喜ばない外国勢力がいる」と発言した。文化大臣ファドリ・ゾンは、政府公認調査チームが85件(レイプ52件を含む)を文書化している1998年5月暴動の組織的性暴力を「単なる噂」と呼び、「このナラティブは外国のフレーミングだ」と主張した。

四つのディスインフォメーション・キャンペーンの実証分析

軍事法改正反対活動家への組織的攻撃(2025年3月)

 2025年3月15日、KontraS(強制失踪・暴力被害者委員会)副コーディネーターのアンドリエ・ユヌスを含む3人の活動家がジャカルタのフェアモントホテルで軍事法改正審議に抗議する平和的デモを行った。翌16日、活動家らを「外国の手先」として描く動画がSNSで流通し始めた。「インドネシアが危険にさらされている:外国の手先が動いている!彼らは長年外国の資金で生き、外国の利益を守っている。TNI(国軍)が強くなることも、この国が主権を保つことも望んでいない」というスーパーインポーズされたテキストが動画内に埋め込まれていた。

 メタデータ分析によれば、Instagramへの最初の掲載は16日12時55分(GMT+7)、Gerindra党のRiau Islands州地方代議員会アカウントだった。その後3月17〜19日の間に、27の異なる軍事部隊に帰属すると見られる31のソーシャルメディアアカウントが同一動画を投稿した。これらのアカウントは認証バッジを持たないが、公式紋章・部隊名・一貫した投稿履歴を持ち、少なくとも18アカウントが「#SaatnyaBersatu(団結の時)」「#SaatnyaMelawan(反撃の時)」「#SaveIndonesia」「#SaveTNI」「#SaveRakyatIndonesia」という同一ハッシュタグを同一順序で使用した。InstagramのOriginal Audio検索では、少なくとも135のアカウント(大半が匿名)が3月16〜19日に同一動画を投稿したことが確認された。

 第二の動画(3月22〜25日)はAI生成映像とデモ映像を組み合わせ、「ジョージ・ソロスがメディアとNGOへの資金提供を通じてインドネシアの世論に浸透しようとしている」と主張し、Tempo・Konde.co・アムネスティ・インドネシアのUsman Hamid事務局長らを実名で「ソロスの資金で軍事法改正に反対するために雇われた」と描いた。4つの軍部隊アカウント(Korem 181・Koramil 04・Kodim 1809・Kodim 1810)が同日に同一動画を再投稿した。2026年4月20日時点で第一キャンペーンの31件のうち30件が公開アクセス可能なまま残存していた。

インドネシア・ゲラップ運動への攻撃(2025年5月〜6月)

 「インドネシア・ゲラップ(暗黒のインドネシア)」運動は2025年2月に始まった全国規模の抗議活動で、予算削減・軍事化・市民的自由の侵食に対する広範な異議申し立てとして機能した。アムネスティは5月18〜19日に37の軍部隊関連アカウント(Facebook1件・Instagram36件)が「インドネシアを分裂させるな。外国の利益の手先になってはならない」という同一動画を投稿したことを記録した。2026年4月20日時点でこれら37件のうち35件が公開状態を維持していた。

 X上では対抗ハッシュタグ「#IndonesiaTerang(明るいインドネシア)」が隠れ蓑として使われた。2025年4月14日の8時間強で少なくとも7件の匿名アカウントが同一画像と「外国のプロパガンダがIndonesia Gelap運動を作り出して国を分裂させようとしている」という類似文章を集中投稿した(午前8時50分〜午後4時)。6月22日には「Indonesia Gelapの行動は外国のアクターが演出している」という同一キャプションが8時間以内に複数の匿名アカウントから投稿された。

メディア「Tempo」への協調攻撃(2025年3月〜5月)

 Tempo(1971年創刊)はニューヨーク拠点の非営利組織MDIF(Media Development Investment Fund)からデジタル部門への投資を受けており、これが攻撃の口実とされた。Tempoは「投資は編集の独立性を損なわない」と繰り返し否定したが攻撃は止まらなかった。

 2025年3月12日にTikTokに投稿された動画はプラボウォのスピーチの一部をMDIF・ソロス陰謀論コンテンツと組み合わせ、短期間でバイラルとなった。2026年4月20日時点で421,500回閲覧・31,600件のいいね・3,743件のシェアを記録。Korem 181・Kodim 1809・Kodim 1810の3軍部隊アカウントが3月23日に同動画を再投稿した(各々午前10時48分・午後2時54分・午後5時45分)。

 2025年5月17日には「#MediaTempoPengkhianatBangsa(Tempoメディア・国家への裏切り者)」を使った3つの協調投稿セットが1時間以内に展開された。第一セットは「Tempo昔vs今」を対比するグラフィック、第二セットはソロスがTempoオフィスの上に君臨するグラフィック、第三セットはソロスがTEMPOという文字を操る人形師の画像を用い、それぞれ複数の匿名アカウントが12分〜30分以内に集中投稿した。同一のハッシュタグと語句の均一な展開は欺瞞的意図を強く示唆するとアムネスティは判定した。

CELIOS(経済・法律研究センター)への攻撃(2026年3月)

 独立系シンクタンクのCELIOSは政府の食糧農場プロジェクト・無償栄養食プログラム(MBG)・採掘産業政策を繰り返し批判してきた。2026年3月、CELIOSがMBG予算執行に関する憲法裁判所への提訴を行った直後、CELIOS事務局長Bhima Yudhistira宛てに「ジョージ・ソロスは今また誰を酸で攻撃するか選んでいる。お前はランキング上位10人に入っている。家族も気をつけろ」という脅迫メッセージがSNSに届いた。

 3月24日午後8時〜9時30分(GMT+7)の間、「#CELIOSAntekSoros(CELIOSはソロスの走狗)」ハッシュタグを持つ複数の匿名Xアカウントが、ソロスがBhimaを人形糸で操るAI生成画像と同一または類似のキャプションを集中投稿した。「Open Society Foundationsからの資金がCELIOSに流れ込んでいる証拠だ」というテキストが画像内に埋め込まれ、投稿の同期的展開が組織的キャンペーンの構造を示した。

複合スティグマ化と物理的暴力との連接

 「外国の手先」ラベルは単独では使われない。学生活動家は「mahasewa(雇われた学生)」と呼ばれ、中国系インドネシア人には「antek aseng(中国の走狗)」という人種差別的スラングが使われた。パプアの人権問題に関わる活動家は「外国の手先」かつ「自由パプア運動(OPM)の共鳴者」として複合的に攻撃された。グリーンピースのキャンペーナーIqbal Damanikは2025年6月のラジャ・アンパット鉱山反対運動の後、「武装犯罪グループやOPMがグリーンピース活動家を装っている」と名指しで非難されたTikTok動画が324,800回閲覧・21,900件のいいねを記録しながら長期間削除されなかった。

 報告書が最も詳細に記録する事例がアンドリエへの酸攻撃である。2025年3月のフェアモントホテル抗議翌日から始まったディスインフォメーション・キャンペーン(前述)と並行して、軍隊員と身元不明の人物がKontraS事務所を2025年に少なくとも22回監視したことをアンドリエは証言している。2026年3月12日深夜、彼はジャカルタ市内で酸攻撃を受け全身に重篤な化学熱傷を負った。その後の捜査でインドネシア戦略情報局(BAIS)の軍人4人が逮捕され、国家の情報機構が暴力行為に関与した可能性が浮かび上がった。攻撃後も別のディスインフォメーションが展開され、2026年3月27〜29日には複数のプラットフォームにわたって「アンドリエが外国からの資金を得るために酸攻撃を自作自演した」と主張する協調投稿が出現し、2026年施行の新刑事法典第195条(外国から資金を受け政府転覆を図る行為を最大懲役10年で禁じる条文)を援用してアンドリエの刑事告訴を訴えた。

プラットフォームの不作為と国家の三層義務違反

プラットフォーム対応2026年4月20日時点の残存状況
Instagram(Meta)無回答軍部隊アカウント投稿の大部分が公開継続
X無回答Sputnik投稿が381,739回閲覧のまま継続
TikTok部分対応(5月7日)10件中2件削除、残存多数
YouTube無回答対応なし

 アムネスティは2026年4月23日に4社へ問題コンテンツのリンクを送付した。TikTokのみ5月7日に回答したが、その後の確認では10件中8件が引き続き公開アクセス可能だった。同社がプラボウォ政権発足以降にインドネシア固有のHRDD(人権デュー・ディリジェンス)を実施したかどうかは特定できないと認め、Metaも2018年以降インドネシア固有の人権影響アセスメントを公表していないことを自ら認めた。アムネスティはプラットフォームがコンテンツを「引き起こした(caused)」のではなく、不作為によって悪影響に「貢献した(contributed)」と結論づけ、国連ビジネスと人権指導原則上の責任を問う。

 国家義務の評価において報告書は三層構造を示す。尊重義務違反:プラボウォ大統領・閣僚・大統領府スタッフが「外国の手先」ナラティブを公式チャンネルで拡散した。保護義務違反:軍部隊アカウントによる協調ディスインフォメーション工作について政府は調査を行っていない。充足義務違反:電子情報・取引法(EIT法)の曖昧な条文が批判的市民社会の告発に使われ続け、「ディスインフォメーション・外国プロパガンダ対策法」草案(2026年1月発表)は既存の「外国の手先」ナラティブと同一の論理を持つことからさらなる言論弾圧に転用されうると懸念される。国際人権法(ICCPR第22条)は個人・団体が外国を含む資金源から支援を受ける権利を明示的に保護しており、支援受領の事実だけを「外国の手先」の証拠とするコンテンツはそれ自体が誤情報の構成要素となる。

まとめ

 本報告書は、「外国の手先」というレトリックがソーシャルメディアの速度と拡散力を得て国家機構の承認のもとで工業的に生産・拡散される構造を記録した文書として、東南アジアの情報操作研究における一次資料となる。大統領の公式スピーチが素材を提供し、Gerindra党アカウントと軍部隊関連アカウントが第一波の拡散を担い、バザーを含む匿名アカウントが増幅を行い、ロシア国営メディアSputnikが「色革命」フレームで国際拡散した。投稿の削除を求める通知に対してXとYouTubeとMetaが沈黙し、部分的に対応したTikTokも調査対象の投稿の大部分を削除しなかった事実は、プラットフォームのコンテンツモデレーション体制の地域的・政治的非均質性を示す実証的根拠となる。

本稿で紹介した報告書:https://www.amnesty.org/en/documents/asa21/0931/2026/en/

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