バンコクに拠点を置く市民社会系研究機関Asia Centre(国連経済社会理事会の特別協議資格を持つ)が、デンマークに拠点を置く報道支援NGOのInternational Media Support(IMS)およびDigital Democracy Initiativeとの協働により、2026年に地域報告書「Climate Disinformation in Asia: A Deliberate Strategy Against Indigenous Peoples」を発表した。本報告書は、カンボジア・インド・インドネシア・マレーシア・フィリピン・タイの6カ国で実施された個別ベースライン調査と、Institute for Research, Advocacy and Developmentが独自に実施したパキスタン調査を合わせた計7カ国分の一次調査を統合し、南・東南アジアにおける気候変動関連の偽情報が先住民族(Indigenous Peoples、以下IP)の権利にどのような構造的影響を及ぼしているかを分析したものである。各国調査はデスクリサーチ(法令・政策文書・第三者報告・報道の分析)、フィールド調査(各国8〜12件のキーインフォーマント面談と1〜2回のフォーカスグループ)、研究チーム内レビューという三段階の手法で構成され、これに2026年5月20日にAsia Centreが開催した地域会合での議論が加えられている。
なお本報告書はアドボカシー色の強い機関による発行物であり、先住民の権利保護と報道の自由の促進という規範的立場を明確に掲げた上で書かれている。学術的な中立記述ではなく政策提言を含む文書である点は、内容を評価する上で踏まえておく必要がある。
調査対象地域の構造的背景——人口統計と法的承認のギャップ
報告書はまず、対象7カ国におけるIPの人口規模と法的地位の乖離を統計的に示している。政府による公式推定と、IP団体等による非公式推定の差は国によって大きく開いており、たとえばインドネシアは公式統計が存在しない一方、非公式推定では5,000万〜7,000万人(総人口の18〜26%)とされる。フィリピンは公式推定1,700万人(25%)に対し非公式推定は1,100万〜2,180万人(10〜20%)と幅がある。この乖離について報告書は、国家による分類基準が自己認識の原則よりも行政的・政治的都合を優先していることが要因であると指摘する。
法的承認の状況も国によって分かれる。カンボジア(2001年土地法)、インド(憲法342条)、マレーシア(憲法153条)、フィリピン(1987年憲法22条)はIPを何らかの形で法的に承認しているが、インドネシア(憲法18B条2項、「伝統的共同体」という呼称にとどまる)、パキスタン(憲法246条、「部族」または少数民族という扱い)、タイ(2017年憲法70条および2025年民族集団保護促進法、「民族集団」という呼称)は国際的定義に合致する法的カテゴリーとしてIPを承認していない。国連IP権利特別報告者が示す「歴史的不正の承認」「国内法制と国際基準の調和」「自己認識原則に基づく公式な特定」という三段階のいずれも満たさない国が多いことが、後述する偽情報構造の温床になっているという整理である。
ILO169号条約(先住民及び種族民に関する条約)は7カ国すべてが未批准である一方、UNDRIP(国連先住民族権利宣言)は7カ国とも承認済みという非対称性も指摘される。拘束力を持つ条約は避けつつ、拘束力のない宣言のみを承認するという構図は、国際的な体裁を整えながら国内法制を変えないという各国政府の姿勢を反映しているというのが報告書の読みである。
気候偽情報の第一類型と第二類型——一方的メディア報道とグリーンウォッシング
報告書は気候偽情報を4類型に整理する。最初の類型は「一方的メディア報道」で、国家の気候公約や企業の持続可能性主張を、独立検証や影響を受ける当事者への取材なしに祝賀的見出しとともに再生産する報道パターンを指す。具体例として、カンボジアではKhmer Times紙が「カンボジアが気候変動対策に20億ドル規模の計画を発表」という見出しで政府発表をそのまま伝える一方、批判的な気候報道を行うジャーナリストの能力を制限するメディア環境が並存している点が挙げられる。インドでは森林状況報告書(India State of Forest Reports)の祝賀的報道が、プランテーション拡大を天然林と混同しているという批判を覆い隠していると指摘される。フィリピンではMakilala鉱山会社の案件で、企業側と一部報道が地域住民の同意取得を主張した一方、住民は威嚇行為や誤解を招く画像による同意の捏造があったと報告している。タイでは政府の再植林実績が繰り返し報道される一方、サラブリ県での保護林指定解除による鉱業権付与や、タープラーン国立公園の104,000エーカー超の指定解除提案など、並行して進む商業的な森林転用は報じられない構造がある。
第二類型の「グリーンウォッシング」は、企業が環境に配慮した組織・製品イメージを演出しつつ大規模な生態系破壊から目をそらさせる手法である。報告書が挙げる事例は具体性が高い。カンボジアのThink Biotech社は政府寄りメディアを通じて持続可能な林業の「チャンピオン」像を構築しているが、その合法的伐採権はプレイラン保護区への侵食を伴っている。インドネシアのRoyal Golden Eagle Groupは「ゼロ森林破壊」方針を掲げながら、開示されていない子会社・関連会社のネットワークを通じて大規模な森林破壊を継続していると指摘される。マレーシアの国営石油会社PETRONASは2050年ネットゼロ目標を掲げるが、化石燃料事業の総影響の70%以上を占めるとされる「スコープ3」(間接的な上流・下流排出)を意図的に除外している。フィリピンのShell Pilipinasはインフルエンサーとの提携を通じてカーボンオフセット報酬プログラムを宣伝しているが、同社は1965年以降の世界の炭素排出量で第7位とされるRoyal Dutch Shellの関連企業である。タイではネスレの「Water Saves Water」プロジェクトが地域の生物多様性改善として大きく報道される一方、同社は水資源が逼迫した地域での過剰な取水を続けている。
さらに報告書は、インドネシアのSustainable Palm Oil認証やマレーシアのMalaysian Sustainable Palm Oil and Timber Certification Schemeといった国家主導の認証制度が、数百万ヘクタール規模の森林転換を伴う単一栽培プランテーションに正当性の外観を与えている点も指摘する。The Star紙の「MSPO 2.0がマレーシアの持続可能なパーム油生産におけるリーダーシップを強化」という見出しが、こうした認証の「持続可能性」主張を補強する機能を果たしているという分析である。
第三類型と第四類型——偽の気候ソリューションと説明責任の否認
第三類型「偽の気候ソリューション」は、非持続的または実効性のないプログラムを正当な気候対策として粉飾する手法である。中心的な対象はREDD+(途上国における森林減少・劣化に由来する排出の削減)を通じたカーボンオフセット制度で、「幻の排出枠」や「過大クレジット計上」が問題視される。インドの補償植林基金管理計画機構およびグリーンクレジットプログラムは、チークやユーカリの単一栽培プランテーションによる環境損害の相殺を企業に認めているが、これらのプランテーションは在来の生物多様性を再現できず、地下水の枯渇と干ばつの悪化を招くとされる。インドネシアのKatingan Mentaya Projectは、実際の吸収能力の3倍に相当する炭素クレジットを主張していると批判され、世界的なネットゼロ目標の信頼性を損なう可能性が指摘される。フィリピンのGeneral NakarにおけるREDD+事業は、2016年から2022年の間に森林被覆率が72%から57%へと低下したことが記録されている。
「クリーン」「グリーン」エネルギーをめぐる言説も同類型に含まれる。カンボジアのLower Sesan IIダムは移住住民にとっての「明るい未来」として喧伝されたが、実際には魚類バイオマスの著しい減少と5,000人の移住を伴った。マレーシアのサラワク再生可能エネルギー回廊(Sarawak Corridor of Renewable Energy)のダム群は、2,425平方キロメートルの熱帯雨林喪失と約1万人のIPの移住を招いたと推計されている。
第四類型「説明責任の否認」は、科学的証拠や被害者証言を国家・企業が拒否・矮小化・転嫁する手法である。カンボジア政府はKhmer Times紙を通じてカルダモン山脈・メコン低地の森林減少報告を否定し、「カンボジアの森林被覆にマイナス面はない」と主張した。インドでは環境相プラカシュ・ジャワデカルが氷河の安定性について、氷河学者らが記録した融解加速の証拠と矛盾する発言を行っている。三つ目の手法として、市民社会やIP自体への責任転嫁が挙げられる。インドネシアではプラボウォ大統領が支持する気候陰謀論が、気候活動を「経済成長を妨げる外国資金による工作」として枠付けている。パキスタンでは気候災害を外国による妨害工作や地球工学の陰謀、あるいは「自然のサイクル」「神の意志」として片付ける言説がある。フィリピンではIP領域での開発への抵抗が「テロリスト」と表現され、国家と企業が対抗勢力の正当な主張を退ける根拠として機能している。
先住民族への5つの影響——意思決定からの排除と強制移住
報告書は偽情報がIPに及ぼす影響を5つの相互連関する経路として整理する。第一は意思決定プロセスからの排除で、FPIC(Free, Prior, Informed Consent、自由・事前・情報に基づく同意)原則の侵害として現れる。インドネシアでは2022年の首都ヌサンタラ法37条がIPの参加に言及しながら正式な役割を制度化しておらず、実質的にIPを新首都の法的統治から排除している。インドでは大ニコバル島の大規模インフラ計画をめぐり、「戦略的必要性」という一方的な語りがパンチャーヤト(部族地域拡張)法(1996年)違反を覆い隠し、ニコバル人・ションペン人との利益配分の仕組みが整備されないまま環境認可が急速に進んだ。マレーシアでは操業開始後に協議が行われるケースが多く、Samling社はマレーシア木材認証スキームの認証取得を通じて伐採の正当化を図っているとされる。フィリピンではハラウル川多目的事業第2期をめぐり、贈収賄と威圧によるFPICの回避がTumandokコミュニティから指摘され、17,000人超の住民が移住を強いられた。
第二の影響は伝統的生活様式の毀損である。インドでは、ミシン族の洪水耐性品種バオ米が「気候スマート」とされるハイブリッド単一栽培に置き換えられ、2017年のブラマプトラ川洪水ではハイブリッド作物が60〜70%の収量損失を被った一方、バオ米の被害は相対的に軽微だった。インドネシアでは移動耕作やサシ(土地・水資源を管理する慣習制度で、収穫と休耕の期間を交互に設け、自然資源の再生・繁殖パターンに応じて漁獲を制限する)が森林破壊の原因として誤って非難され、「国家開発」の障害として位置づけられている。
第三の影響である強制移住は、保護区指定を通じた法的正当化という形をとることが多い。カンボジアでは国土の39%が保護区に指定されており、そのうち少なくとも24カ所がCommunal Land Titling(共同体土地権原)申請と重複している。タイでは2019年国立公園法により先祖伝来の土地の多くが「国立公園」に指定されてきた。2024年の「Save Thap Lan」というオンラインキャンペーンは、公園境界の調整提案が原生林を脅かすと主張したが、実際にはその土地には既存の集落と農地が含まれていたと報告書は指摘する。
犯罪化からSLAPP訴訟、身体的暴力への連鎖
第四の影響は犯罪化である。インドネシアではオムニバス法(2020年)と保全法(1990年、2024年改正)が「開発」のための土地取得を簡素化する一方でIPの先祖伝来地への居住を犯罪化しており、PT Toba Pulp Lestari社への抵抗は数十件の逮捕を招いた。カンボジアでは、2024年にチョーン族の農民が2013年から耕作していた祖先の土地を「不法に開墾した」として逮捕された事例があり、その土地は後にREDD+事業に組み込まれ、境界画定の不備がREDD+の外形的な正当性によって覆い隠された。マレーシアでは2025年、サラワク州のプナン族のコミュニティメンバー2名が林業活動への「妨害」を理由にサラワク林業条例(2015年)で拘束されたが、実際には自らの森林資源を守る行為だったとされる。
第五の影響である脅迫・身体的暴力は、犯罪化と連続的に発生する。SLAPP(戦略的恫喝訴訟、Strategic Lawsuit Against Public Participation)はその代表的手法で、名誉毀損や「フェイクニュース」の主張を用いてIPの監視・アドボカシー活動を沈黙させる。カンボジアでは2025年5月、クイ族のコミュニティがプレアロカ野生生物保護区で334件の森林犯罪を記録した後、当局は違法伐採の調査ではなく、社会秩序を乱す虚偽情報の拡散を理由にコミュニティ側を告発した。マレーシアではSamling Plywood社が、マレーシア木材認証スキームの正当性に疑義を呈したSAVE Riversに対し500万リンギット(約123万3千米ドル)の名誉毀損訴訟を起こし、調査を遅延させた。フィリピンでは2020年、ハラウルダムに反対するTumandok指導者9人が殺害された事件で、軍事作戦を正当化するために武器がIPの野営地に仕込まれた疑いがあると報告書は述べる。またフィリピンでは反テロ法(2020年)に基づき、パグヒダエト・サ・カウスワガン開発グループの職員がテロ資金供与容疑で起訴され、資産凍結と高額保釈金という形で組織の活動が事実上不能化した事例も記録されている。
越境ダイナミクスとAI生成コンテンツという新たな懸念
報告書は国別事例の集積にとどまらず、地域横断的な構造を2つ指摘する。第一は、共通の政治経済モデルと国境を越える企業ネットワークによる偽情報の再生産である。前述のRoyal Golden Eagle Groupはインドネシアとマレーシアの双方で子会社を通じた展開を行い、両国で類似した「持続可能な開発」言説を反復させている。シンガポール系のデータセンター投資がジョホール州で急拡大している事例も同様の構造として挙げられ、ジョホール・シンガポール経済特区構想のもとで「持続可能な成長」「デジタル変革」の牽引役として喧伝される一方、水・電力・土地資源への需要増大がオラン・アスリのコミュニティに不均衡な影響を与えていると指摘される。タイの長期電力購入契約とラオス・カンボジアのメコン水力発電事業への投資関係も、地域のクリーンエネルギー移行として繰り返し枠付けられながら、生態系劣化・漁業崩壊・河川流域の先住民の生活破壊への批判が併存する。
第二の構造的要因は、デジタルプラットフォームのアーキテクチャとモデレーション不全である。Facebook・TikTok・YouTube・WhatsAppのアルゴリズムシステムは、感情を煽る扇情的で分極化を招くコンテンツを優先的に拡散させる傾向があり、陰謀論・反活動家的メッセージ・国家寄りのプロパガンダが、検証済みの科学的情報やコミュニティベースの情報よりも速く拡散する構造があると報告書は指摘する。フィリピンではMetaが、IP活動家や環境擁護者を反乱分子・テロリストと虚偽に分類する「レッドタギング」コンテンツの削除を怠っているとして継続的な批判を受けている。同様の状況はインドネシアでも確認されている。
生成AIの利用については、報告書は慎重な留保をつけている。既存の証拠は、生成AIを反IP的な気候偽情報の拡散に体系的に投入する協調的な取り組みを示すものではないとしつつ、AI生成コンテンツが扇情的で誤解を招く気候言説の産出にすでに使われ始めている点を指摘する。具体例として、2025年のパキスタン洪水の際、インドによるダム放水を示すAI生成映像が流布した事例が挙げられている。生成AIツールが高度化・普及するにつれ、既存の情報非対称性をさらに強め、国家・企業アクターに気候言説を大規模に形成する新たな手段を与える可能性があるというのが報告書の見立てである。
提言の骨子と報告書の位置づけ
報告書は国連・各国政府・国際NGO・市民社会組織・メディア・テック企業・IPコミュニティ・地域協調という8つのステークホルダー層に向けた提言を提示している。国連に対してはILO169号条約批准の後押しとUNDRIPとの法制調和、独立した専門家によるコンプライアンス監査、特別報告者による国別・地域訪問の実施を求める。各国政府に対しては、IPの法的承認の国際基準への適合、FPICの法的拘束力化、森林被覆データにおける天然林とプランテーションの区別を求める。地域協調のレベルでは、越境企業の透明性フレームワーク整備、IPジャーナリスト・市民ジャーナリストによる共同調査ネットワークの構築、SLAPP被害者への迅速な法的支援メカニズムの確立が挙げられている。
本報告書の分析上の意義は、気候偽情報を単発の誤った投稿や陰謀論の集積としてではなく、国家と企業の権力構造を維持するための一貫した戦略として位置づけた点にある。4類型の偽情報形式と5つの影響経路を接続することで、メディア報道の偏りが法制度の不備・保護区指定・犯罪化・身体的暴力へと段階的に転化していく因果の連鎖を、7カ国の実証データを通じて示している。一方で、本報告書はアドボカシー機関による政策提言文書であり、記述されている因果関係の多くは個別事例の集積に基づく定性的な分析であって、統計的な因果推定を伴うものではない点には留意が必要である。

コメント