ポーランドのシンクタンクであるカジミェシュ・プワスキ財団(Casimir Pulaski Foundation、ワルシャワ拠点、欧州・大西洋間の安全保障を専門領域とする独立系非党派組織)が、2026年6月30日付でPulaski Reportシリーズの一環として「New Wave of Russian Disinformation Against Poland in 2026: Patterns, Tools, Responses」を発行した。著者はマチェイ・フィリップ・ブコフスキとアグニェシカ・グジェゴジェフスカの両名である。同財団は防衛・外交・エネルギー・民主主義の強靱性といった分野の専門家を擁し、ワルシャワ安全保障フォーラムの主催団体としても知られる。
本報告書はEUの資金提供を受けており、運用主体としてポーランドのステファン・バトーリ財団(Stefan Batory Foundation、ワルシャワの独立系政策シンクタンクで人権・民主主義支援を主軸とする)の「平等権プログラム(Program Równych Praw)」を通じて実施された。表紙には「本文中の見解はEUおよび運用主体の見解を必ずしも反映しない」との断り書きが付されている。プワスキ財団自体はNATO・EU志向の安全保障コミュニティに軸足を置く組織であり、EU資金による委託研究という性格を踏まえた読解が求められる。
調査の目的は、ロシアによるウクライナ侵攻(2022年)以降に顕在化した情報操作の動態を、2026年のポーランドを対象に三領域—エネルギー、移民、NATO/欧州大西洋間の安全保障—にわたって検証することにある。調査期間は2026年1月1日から3月31日までの3か月間で、ポーランド語圏とロシア語圏それぞれの言説空間を並行して分析し、両者の構造的差異と収斂点を明らかにする比較設計を採用している。
調査手法とスコープ
分析にはSentiOne(ポーランド発のSNS・オンラインメディア監視ツール)によるソーシャルリスニング(公開されたSNS投稿・フォーラム・ブログ・ニュースポータル等を横断的に収集・集計する手法)が用いられた。収集対象は公開情報に限定され、非公開グループやデータ集計以前に削除された投稿は対象外である。
キーワード選定は3段階で行われた。第一段階でエネルギー・移民・安全保障/NATOという広範な用語群を設定し主要な議論領域を把握、第二段階でそこから具体的な言説に対応するキーワード群を抽出、第三段階で各言説の拡散動態・発信源・優勢プラットフォーム・到達範囲・活性化を促した文脈事象を分析するという手順である。報告書は、「NATO」と「戦争」という語の単純な同時出現を偽情報の兆候とはみなさず、NATOによる対ロシア挑発、米国による欧州支配、世界大戦の不可避性といった特定の解釈枠組みが反復的に結び付けられている場合にのみ、言説として識別したと明記している。
報告書は情報の混乱状態を次の5分類で整理している。
| 分類 | 定義 | 報告書内での適用例 |
|---|---|---|
| 偽情報 | 検証可能な虚偽または誤解を招く内容で、公衆の害となりうる形で流布されるもの | NATOがロシアへの直接攻撃を準備しているとの、事実の裏付けを欠く主張 |
| 誤情報 | 不正確な内容だが操作意図が明確でないもの | 社会給付費・エネルギー価格・移民数に関する利用者発の誤ったデータ |
| プロパガンダ | 特定の政治的解釈を促すための事実の選択的提示 | 制裁の影響や戦費の存在を省き、ロシアを安定的なエネルギー大国とのみ描く言説 |
| 偽情報に利用されやすい言説 | 実際の論争や出来事に一部基づきつつ、単純化・虚偽の結論に誘導する枠組み | EU気候政策全体をエネルギー価格上昇の唯一の原因とする言説 |
| 正当な政治的批判 | 虚偽を含まない政策評価・解釈・立場表明 | 誤ったデータに基づかない、エネルギー移行・防衛費・移民政策への批判 |
なお、ロシア国内では2022年以降、西側SNSプラットフォームへのアクセスが政府により制限されているため、ロシア語データセットはニュースポータル由来のコンテンツが相対的に多く、ポーランド語データセットは利用者コメントが多いという構造的な非対称性が生じている。報告書は、閲覧数・反応数が言説への支持を意味するとは限らないこと、自動センチメント分析が皮肉や引用を十分に処理できないこと、個々の投稿者の意図を特定できないことなど、5点の限界を明示している。
エネルギー分野の言説:ポーランド語圏
エネルギー領域のポーランド語データは1万6,745件の初期言及から絞り込まれ、うち約70%が利用者コメントで構成されている。分析期間中の総閲覧数は4,400万件超、相互作用は10万件を超えた。分散経路はFacebookが約41%を占め、以下ニュースポータル、Xの順となっている。
第一の言説はEUの気候政策がエネルギー価格高騰の主因であるとする枠組みで、排出量取引制度(ETS)や欧州グリーンディールへの言及を伴い、1月31日に政治家発信の関連コンテンツが拡散した際に活動が急増した。第二の言説はロシア産資源からの脱却が欧州に悪影響を及ぼしているとするもので、ロシア産商品を安定的な選択肢として描く一方、西側のエネルギー政策を否定的に扱う。この言説は2月22日に最大のピークを記録したが、これはスロバキアのロベルト・フィツォ首相がウクライナへの緊急電力供給停止を示唆し、ゼレンスキー大統領に原油供給再開を求めた発言が引き金となっている。この対ウクライナ・エネルギー供給論争は第三の言説、すなわちウクライナ支援がEU市民の負担において行われているとする主張と結び付き、反ウクライナ・反EU的な訴求層への拡大を可能にした。3月20日・25日・26日には、イラン戦争とホルムズ海峡封鎖に関連する内容が最大の到達範囲を記録し、中東情勢を欧州のエネルギー自律性の欠如を裏付ける論拠として利用する構図が見られた。
エネルギー分野の言説:ロシア語圏
ロシア語データセットは記事(ニュースポータル発信)が78.4%を占め、利用者コメントは限定的である。主要発信源はRambler、Govorit Moskva、Izvestia、Interfax、RBCなどのニュースポータルであり、総閲覧数は43万4,000件超、相互作用は1万6,000件超にとどまる。
ポーランド語圏がEUの気候政策を主因として批判したのに対し、ロシア語圏では2022年以降の対ロシア制裁とロシア産資源の放棄こそが欧州の危機の原因であるとする枠組みが優勢であった。この言説は1月30日、2月2日、2月3日に欧州のガス貯蔵状況をめぐる報道と連動して活性化している。同時に、ロシアのエネルギー産業は近代的で制裁下でも安定的だとする対照的な言説が並行して展開され、原子力開発や、アフガニスタン・ベトナムなどアジア・中東・アフリカ諸国との協力事例が「西側による孤立化の失敗」の証左として提示された。この2つの言説は組み合わさることで、「不安定な欧州」対「安定したロシア」という一貫した構図を形成している。
さらに、対ウクライナ戦争に関連するコンテンツも大きな比重を占めた。エネルヒダル(ザポリージャ州の原発所在地)への攻撃やベルゴロド州への砲撃、ウクライナ軍の無人機作戦に関する報道が繰り返し取り上げられる一方、ロシア軍によるウクライナのエネルギーインフラへの攻撃については報道が著しく手薄であり、脅威の発信源がもっぱらウクライナ側にあるかのような非対称な描写が生じている。この言説は3月23日・25日・30日に顕著な活動急増を記録した。
エネルギー領域の総括として、両言説空間はいずれも複合的な経済・地政学・インフラ要因からなる価格高騰を、単一の政治的決定の結果へと単純化する点で共通の伝達構造を有していた。ポーランド語圏はボトムアップ型(コメント主導)で感情的な議論展開を、ロシア語圏はメディア主導のトップダウン型で統制された議論展開を示したが、いずれも欧州のエネルギー政策を問題の「解決策」ではなく「発生源」として描く点で最終的な政治的含意は一致していた。
移民分野の言説:ポーランド語圏
移民領域のポーランド語データベースは1万2,289件で構成され、約88.6%が利用者コメントであった。主要分散経路はYouTubeで、以下Facebook、X、TikTok、ポーランドのフォーラムサイトWykop(ヴィコプ)が続く。分析期間中の総閲覧数は3億9,200万件、相互作用は17万3,000件を超えたが、この高い到達数は動画コメント欄の拡散によるものであり、支持の強さではなく潜在的な接触機会の指標として解釈すべきと報告書は付言している。
第一の言説はウクライナ人をポーランドの歴史的記憶・国民的アイデンティティへの脅威として描くもので、ステパン・バンデラ(第二次大戦期のウクライナ民族主義指導者)やヴォルィーニ虐殺(1943年に西ウクライナで発生したポーランド人虐殺事件)への言及を伴う。1月10日・12日に人気YouTubeチャンネルの動画をきっかけに活動が急増し、ウクライナ人の存在を戦争による強制移住の帰結としてではなく、歴史的な対立の再燃として枠付けする効果をもたらした。第二の言説はポーランドの「ウクライナ化」であり、ウクライナ人が社会給付・雇用・公共サービスへ優先的にアクセスしているとの主張を通じ、国家がウクライナ人の利益に従属しつつあるとの懸念を訴求する。第三の言説は不法移民を国家安全保障への脅威として描くもので、3月後半に活発化し、ベラルーシによる越境訓練や偽造文書使用、ハイブリッド戦争の激化を主題とした。3月17日には、国境地帯で移民の不法滞在を支援したとして起訴された活動家の裁判で検察側が控訴を取り下げたとの報道動画が最大の相互作用数を記録している。
移民分野の言説:ロシア語圏
ロシア語データセットは総閲覧数7万218件で、Rambler傘下のnews.rambler.ru、Ukraina.ru、Izvestia、sputniknews.ru、Govorit Moskva、Komsomolskaya Pravdaなどのニュースポータルが中心を占め、動画コンテンツの寄与は限定的であった。
第一の言説はウクライナ人が欧州諸国にとって次第に問題化しつつある集団だとするもので、ウクライナからの移住を対ロシア侵攻による強制避難としてではなく、社会的緊張・政治的コスト・治安問題の発生源として描く。2月17日には日次言及数が最大を記録し、「ポーランドは特別軍事作戦終結の見通しに怯えている」「ウクライナ紛争終結の予期せぬ結果にポーランドは恐怖」「特別軍事作戦終結後、ポーランドで犯罪増加が予測される」といった見出しの記事が集中的に発信された。第二の言説は西側諸国によるウクライナ人の道具的扱いを主題とし、当初の難民連帯が各国の政治的・経済的・軍事的利害に従属しつつあると訴える。ウクライナ人男性を「戦争資源」として扱う議論や、給付・一時保護の制限などが強調された。第三の言説は欧州におけるロシア人差別に焦点を当て、バルト三国でのロシア語話者差別や、国際競技会・公演からのロシア人選手・芸術家の排除を、ウクライナ侵攻への反応ではなく体系的な「ロシア嫌悪」政策の表れとして描く。
移民領域の総括では、ポーランド語圏が過去(歴史的記憶)を、ロシア語圏が未来(戦後の混乱予測)を主たる訴求軸とする対照が明確である。前者はアイデンティティと国家資源への脅威、後者は治安と西側の欺瞞という異なる論拠を用いながらも、両者とも移民問題を通じて「国家が自らの国境・社会政策・人口動態を制御できていない」という共通の結論へ導いている点で機能的に等価であった。
NATO/安全保障分野の言説:ポーランド語圏
NATO領域のデータは1万1,045件で、コメントが約68〜70%を占め、YouTubeが分散経路の67%を占めた。総閲覧数は6億9,637万件、相互作用は484万件超に達し、三領域中最大の規模を示している。
最も顕著な言説はNATO・西側全体を対ロシア紛争の挑発者として描くもので、「挑発」「エスカレーション」「欧州の食い物にする」といった語彙が反復された。3月12日、ポーランドのNATO加盟記念日に活動が最大化している。第二の言説はNATOが直接対決と全面戦争を志向する組織であるとするもので、米国・欧州・「制御されたエスカレーション」・第三次世界大戦を結び付ける語彙が頻出し、対イラン戦争における米国の描写もこの構図を補強した。同時に、ウクライナ自体をNATO加盟国への脅威・負担として描く言説も併存し、対ウクライナ支援が直接的な軍事対決の野心と結び付けられた。第三に、米国が欧州を「支配」「利用」し、欧州の安全保障政策を自国利益に従属させているとする言説があり、3月3日に活動の第二の高峰を記録した。第四に、SAFEプログラム(EUの防衛産業強化のための共同調達枠組み)をめぐる政治論争—カロル・ナヴロツキ大統領による法案拒否とその後の与党側の対応—を背景に、自律的な安全保障政策のコストを国家債務化・主権制限として描く言説が強まった。これら全体は「西側の危機」という包括的枠組みへ収斂し、EUの崩壊やNATOの機能不全を示唆する内容が反復されている。
NATO/安全保障分野の言説:ロシア語圏
ロシア語データセットは4万2,526件と三領域中最大の規模で、うち約70%が記事である。主要発信源はnews.rambler.ru、Ukraina.ru、Govorit Moskva、forums.kuban.ru、Izvestia、Tengrinews.kz、Komsomolskaya Pravda、alternatio.org、ru24.netなどのポータルおよびXである。
最も重要な言説は、NATOを対ロシア戦争の実質的な当事者として描くものであった。ウクライナは「西側の道具」に位置づけられ、紛争は「ロシア対ウクライナ」ではなく「ロシア対西側全体」の対決として描かれる。この枠組みはロシアの公式呼称である「特別軍事作戦(СВО)」の正当化に用いられ、2月24日、侵攻4周年に活動が最大化している。第二にNATOを積極的な攻撃組織として描く言説があり、「NATOとの戦争」、対ウクライナ武器供与、欧州軍のウクライナ展開、NATO元関係者による発言などが根拠として引用された。第三に、NATOを米国の戦略目的のための道具として描き、内部不統一で対米依存的な組織だとする言説も並行して展開された。注目すべきは、「攻撃的なNATO」像と「脆弱で米国依存的なNATO」像という一見矛盾する2つの描写が併存していた点である。報告書はこれを「二つのNATO」と呼び、どちらの描写もNATOの信頼性を損なうという同一の目的に資すると分析している。
NATO/安全保障領域の総括では、ポーランド語圏が「NATOがロシアとの戦争を招きかねない」という蓋然性の言説にとどまるのに対し、ロシア語圏は「NATOはすでに戦争を遂行している」という断定的な言説にまで急進化している点が最大の相違として指摘されている。いずれの場合も因果関係が反転され、ロシアの侵略への対応であるNATOの行動が、危機そのものの発生源として描かれる構造は共通していた。
報告書の提言
報告書は、三領域を通じた偽情報の効果が虚偽情報の流布そのものよりも、既存の社会的緊張と不確実感を利用する能力に由来すると結論づけている。偽情報は代替的な現実を創出するのではなく、既存の現実の中から脅威・不公正・当事者性の喪失を増幅する要素を選択的に提示する、という分析枠組みが全編を通じて貫かれている。この認識に基づき、以下4点の提言を示す。第一に、公的機関のコミュニケーションは意思決定に伴うコスト・リスク・トレードオフの説明を強化すべきである。第二に、対策は個別の虚偽情報のみならず、長期的な解釈枠組みそのものの監視を含むべきである。第三に、既存の言説を現実の危機・事件を利用して再活性化する「日和見的偽情報」現象への注意を強めるべきである。第四に、情報耐性の向上策は安全保障分野に限定されず、制度への信頼・意思決定の透明性・公共討議の質を含む公共政策全般の一部として位置づけられるべきである。

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