「マッパガンダ」と汚職三段拡散——EEAS・CCDが解剖するウクライナEU加盟妨害工作

「マッパガンダ」と汚職三段拡散——EEAS・CCDが解剖するウクライナEU加盟妨害工作 情報操作

 欧州対外行動庁(European External Action Service、EEAS)とウクライナ偽情報対策センター(Center for Countering Disinformation、CCD)が2026年6月に共同発表した報告書「Beyond the Battlefield: Russia’s Information War Against Ukraine’s European Future」を紹介する。CCDはウクライナ国家安全保障国防会議傘下の実務機関であり、EEASはEUの外交・安全保障政策を担う機関である。両機関は本報告書が分析対象とするロシアの対ウクライナ・対EU情報操作の直接の標的側に位置する当事者であり、この立場性は報告書の記述内容を評価するうえで踏まえておく必要がある。ただし報告書には方法論注記があり、EEASとCCDはOSINT(オープンソース調査)手法を用い、収集データは戦略的モニタリング活動に基づく選択的かつ期間限定のサンプルであって網羅性や代表性を主張しないと明記されている。

 報告書は2025年1月から2026年5月までの期間を対象に、ウクライナのEU加盟プロセスを標的とした外国情報操作・干渉(Foreign Information Manipulation and Interference、FIMI)を分析する。FIMIとは、価値観・手続き・政治プロセスに悪影響を及ぼす、国家または非国家主体が意図的かつ組織的に行う非合法とは限らない操作的行動パターンを指す報告書内の定義語である。構成は二部構成をとり、前半をCCDがウクライナ国内向けの情報操作について、後半をEEASがEU加盟国向けの情報操作について分析し、末尾で両者が共同で発信インフラの構造分析と結論をまとめている。CCDの検知ツールはこの期間に24万4000件の関連投稿、延べ13億9000万回の閲覧を記録し、うち2660のソースに同期的な拡散、ニュースイベントへの協調的な反応、人工的増幅といった非真正な挙動の兆候が確認された。EEAS側はウクライナのEU加盟に関連する事案を約80件調査したと記す。

ウクライナ国内向け:4つのナラティブ・クラスター(CCD分析)

 CCDはウクライナ国内の情報空間で観察されたロシア系FIMI活動を4つの相互補強的なナラティブ・クラスターに分類する。第一が「EUは戦争を長引かせてロシアを弱体化させようとしている」であり、ロシアの侵略とウクライナの支援要請の因果関係を逆転させ、ウクライナ人犠牲の責任をEU側に転嫁することで、安全保障上の必要性と欧州統合路線を切り離し、改革受容への意欲を削ぐことを狙う。第二は「EU加盟国はウクライナ分割を企てている」であり、英仏による分割計画やハンガリーによる「オペラツィア・トゥルル(Operation Turul)」というザカルパッチャ地方奪取計画といった捏造シナリオを用い、歴史的記憶と領土的不安を刺激しながら特定のEU加盟国を標的にローカライズして配信される。第三は「EU統合は外部支配を偽装している」であり、規制改革をブリュッセルによる強制と読み替える手法で、具体例としてデジタルプラットフォーム課税に関する法案第14025号をめぐる持続的な偽情報キャンペーンが挙げられている。第四は「ウクライナはEUの価値観と相容れない」であり、実際の改革上の課題を選択的に増幅し、欧州当局者の発言を文脈から切り離して構造的な非両立性を示唆する。これら4つのナラティブは、矛盾する感情トリガーを通じてウクライナ国内の結束を蝕むこと、「破綻国家」というフレーミングを固定化して国内外の信頼を弱めること、ウクライナと主要EU加盟国との二国間関係を損なうことという3つの作戦目標に収斂すると報告書は分析する。

発信インフラの4層モデル

 CCDとEEASはロシア系FIMI活動のインフラを、公然・非公然の縦軸と、帰属確認済み・未確認の横軸で交差させた4層モデルで整理する。第一層は「公式国家チャンネル(overt, attributed)」であり、ロシア政府代表者が直接運用する通信チャンネルで、Дмитрий Медведев(ドミトリー・メドベージェフ)、Мария Захарова(マリア・ザハロワ、ロシア外務省報道官)、РОДИОН МИРОШНИК(ロジオン・ミロシュニク)といったTelegramチャンネルが該当し、これらが優先ナラティブを設定する機能を持つ。第二層は「国家統制メディア」でRIA Novosti、TASS、RTなど公式報道機関が該当する。ウクライナ国内ではこれらのウェブサイトは遮断されているがTelegramチャンネルは利用可能なままであり、報告書が引用する2025年のIpsos調査では、ウクライナ人の62%がTelegramをニュース・情報源として扱っているとされ、この経路がロシア系メディアにとって国内向けの実質的な生存回路になっている点を指摘する。第三層は「国家関連アセット(state-linked)」であり、ウクライナ保安庁(Security Service of Ukraine、SBU)がロシア軍参謀本部情報総局(GRU)第85特殊業務センターに紐づけたとするТелеграムチャンネル群、Резидент(レジデント)、Легитимный(レギティムヌイ)、Картель(カルテリ)、Сплетница(スプレトニツァ)、および対ウクライナ協力者ヴィクトル・メドヴェチュクに関連するДругая Украина(ドルガヤ・ウクライナ)が含まれる。第四層は「国家連携アセット(state-aligned)」であり帰属を直接確認できないが挙動パターンが上位層と整合する主体を指し、制裁対象人物のオレクシー・アレストヴィチ、ディアナ・パンチェンコ、アナトリー・シャリーのチャンネル、および地域ニュースを装うНа самом деле(ナ・サモム・デレ)ネットワークやPortal Kombatの構成要素であるZOVネットワークが挙げられる。ZOVネットワークは68のウェブサイト、40のTelegramチャンネル、40のVKontakteページから構成され、ウクライナ23地域・17主要都市向けにローカライズされたコンテンツが確認されている。

 EU側の情報空間では、同じ4層構造がそのまま適用されるが到達可能性が逆転する。ロシア国家統制メディアは制裁と放送禁止によりEU域内での正規の到達力は低下したが、独自ドメインの一部運用継続とRT・Sputnikコンテンツを転載するミラードメインを通じて存続している。EU域内で最も活発なのはIMS(Information Manipulation Set、情報操作セット。単一の脅威主体に帰属しうる挙動・ツール・戦術・リソースの総体を指す分析概念)であり、正規の西側メディアを模倣するDoppelganger、AI生成音声を用いた動画中心のUndercut、GRUの一部隊と部分的に連携するとされるStorm-1516、ファクトチェッカーや報道機関を偽コンテンツで疲弊させることを狙うOverloadが名指しされている。

手法(TTP)の分析

 報告書はウクライナ国内向け活動で観察された6つの技法を具体的に記述する。第一は「人工的増幅を示すソースによる増幅」であり、2025年1月から2026年4月の期間にTelegram、VK、X、Facebook、YouTube、TikTok、Threads、ウェブサイトを横断して2680のソースがこの兆候を示した。第二は「マッパガンダ(mapaganda)」と呼ばれる地図の操作的利用であり、ロシアの領土的獲得を誇張したり前線を歪曲したり、外部主体間でウクライナ領土が「再分配」されるシナリオを可視化する手法である。具体例として、ヴォルィーニ州のポーランド語教師協会会長が現地学生に「ポーランド領内のヒポテティチヌィ・ボルィンシキー地域」を示す地図を配布したとする捏造投稿が挙げられている。第三は「欧州政治家・当局者・専門家・メディアの実発言の選択的悪用」であり、発言を文脈から切り離して曲解翻訳や恣意的一般化を加え、個人の見解をあたかもEUの制度的合意であるかのように提示する。具体例として、ポーランド議会が7月11日をヴォルィーニ・東ガリツィアの犠牲者追悼日と定めた決定と、アンジェイ・ドゥダ大統領によるジェシュフ物流拠点に関する発言、および2022年以降のウクライナ人へのポーランド国籍付与に関する法的措置という別個の3つの事実を組み合わせ、隠されたウルティマトゥムであるかのように演出した事例が示されている。第四は「イベント・ハイジャッキング」であり、EU機関決定・国際会議・記念日・交渉・要人発言といった実在の出来事を短期間で既存ナラティブに組み込む手法である。例としてゼレンシキー大統領のEU加盟に関する発言とポーランド外相ラドスワフ・シコルスキ発言(ウクライナは全ての加盟条件を満たす必要があるという内容)を選択的に組み合わせ、両者を「支援の蜜月期の終焉」と「交渉余地の喪失」の証拠として再構成した事例が挙げられている。第五は「地域化(localisation)」であり、たとえばハンガリーによるザカルパッチャ奪取計画やルーマニアによるブコヴィナ占領計画といった、地域固有の歴史的・地政学的懸念に接続することで説得力を高める。第六は「疑似専門家の利用」であり、資産凍結問題を扱ったアナトリー・シャリーの事例のように、実在する政策論争や報告書を参照しつつ、凍結ロシア資産の活用がEU納税者の負担・EU金融システムへの打撃・欧州内の政治的分断を生むという臆測的結論に誘導する。これら6技法の総合的な効果として、報告書は単発の「フェイク」ではなく、矛盾した情報を大量に流し込み受け手の判断力そのものを消耗させる「操作的情報環境」の構築が主眼になっていると結論づける。

EU加盟国向け:価値・指導者・資金という3つの標的(EEAS分析)

 EEASはEU加盟国向けの活動を「価値観への攻撃」「指導者と国民への攻撃」「資金への攻撃」という3つの軸で整理する。価値観への攻撃では、ドイツ語・フランス語・ポーランド語圏を主要標的として、生成AIと協調的非真正行動ネットワーク(Coordinated Inauthentic Behaviour、CIB)を用いた大量コンテンツ生成が行われている。代表例がOperation Overload(別名Matryoshka)であり、AI技術は量の追求を可能にし質より量を優先する挙動を助長していると分析される。制裁を受けた発信主体の名称変更による回避も確認され、GRU第54777部隊に関連するとエストニアが認定したPravfond傘下のGOLOSは英国制裁後にEurope Speaksへ改称し、同じくPravfondと共に最近EU制裁対象となったEuromoreはEuroviewへ改称している。標的国別のテーマ調整も明確で、ドイツ向けには経済的不満(ウクライナ支援がドイツ国内の財政負担になっているという構図)、フランス向けには陰謀論的な大規模犯罪組織のフレーム、ポーランド向けにはウクライナ難民の犯罪性を強調する内容が配信され、特にIMS「Undercut」はヴォルィーニ・東ガリツィアの虐殺という歴史的記憶を利用してポーランド国内の伝統的な親ウクライナ世論に楔を打つ手法をとっている。

 指導者・国民への攻撃では、汚職ナラティブの3段階拡散プロセスが特定されている。まずロシア対外情報庁(SVR)が政治家の汚職疑惑を含むプレスリリースを発表し、次にTASSやSputnikといった国家統制メディアがこれを増幅し、最後に国家関連・国家連携主体が各EU言語へローカライズして拡散する。EU制裁対象のティモフェイ・ヴァシリエフが運営するWar on Fakesは、リトアニア外相ケストゥティス・ブドリスと欧州委員会拡大担当委員マルタ・コシュとの会談発言を「ファクトチェック」の体裁で歪曲し、加盟プロセスは汚職を通じてしか進まないという主張を補強した。IMS「Storm-1516」は故エフゲニー・プリゴジン創設のロシア不正と闘う財団(Russian Foundation to Battle Injustice、R-FBI)と連携し、2026年1月にはウクライナ政府が暗号資産を用いた資金洗浄に関与しているとする捏造インフォグラフィックを公表した。ウクライナ人を脅威として描く手法も確認されており、TASSと国家関連メディアInternational Reportersはゼレンシキー大統領がSBU(ウクライナ保安庁)にハンガリー国会選挙妨害の盗聴工作を指示したと主張し、2026年4月にはStorm-1516が捏造したEurostatデータを用いてウクライナ人をEU域内の性犯罪の主要加害者として描く投稿を行った。

 資金への攻撃では、Doppelgangerが正規メディアを模倣した偽サイト網を通じてEU資金の横領を主張するナラティブを継続的に配信し、フランス向けにはマクロン大統領を絡めた武器密輸疑惑、ドイツ向けには経済負担の強調というように標的別の調整が行われている。Storm-1516は「Freedom Podcast」という架空メディアのロゴを付した動画で、ウクライナが欧州から受領した軍事援助をコロンビアの麻薬カルテルへ転売しているという主張を拡散し、200万回以上の閲覧を記録した。IMS「Overload」は著名人によるCameo動画に音声ディープフェイクを合成した#HollywoodAgainstZelenskyというハッシュタグキャンペーンを展開し、著名人の世界的な知名度を利用して訴求範囲をEU域外にも広げた。

共通のメタナラティブと資源配分の非対称性

 CCDとEEASの共同分析は、ウクライナ向け・EU向けを問わず収斂する3つのメタナラティブを特定する。第一は「価値観の非両立性」であり、ウクライナ側にはEUの規制改革をブリュッセルによる強制と読み替えさせ、EU側にはウクライナを恒久的に問題を抱えた汚職国家として描く、双方向の信頼毀損である。第二は「国民から乖離した指導者」であり、ウクライナ国内向けには加盟プロセスが外部から押し付けられ主権が国民不在で交渉されていると訴え、EU向けには指導者が自国民の経済的苦境を無視してウクライナへの資金供与を続けていると訴える、対称的な不信の醸成である。第三は「加盟は誰にとっても損失である」というフレームで、ウクライナ人には加盟が義務・リスク・終わりなき戦争を意味すると伝え、EU市民には支援が納税者負担・犯罪組織の資金源・対露直接衝突のリスクを高めると伝える、意図的に対称化された「全員敗者」のメッセージである。

 報告書はさらに重要な非対称性を指摘する。ウクライナ国内世論調査ではEU加盟支持率が高水準で安定している一方、EU加盟国内の世論と政治的姿勢こそが拡大プロセス進展の決定変数であるため、ロシア系FIMIの資源配分は近年EU・国際的な受け手への比重を強めているとされる。この読みに基づき、加盟疲労感の醸成やウクライナ支援の政治的実行可能性への疑義提起が優先的な作戦目標として据えられている。

リスク評価と提言される対応策

 CCDはウクライナ国内リスクについて、支持の急激な崩壊ではなく特定セグメント(戦争疲労層、経済的脆弱層、地域限定ナラティブの標的となる地方、Telegramやショート動画で情報を得る層)における疑念の累積的蓄積が主要なリスクであるとする。EEASはEU側のリスクとして、AI生成コンテンツとCIBネットワークによる大規模操作コストの低下、選挙サイクルや安全保障インシデント(ハンガリー・ポーランド・ドイツの各種選挙、バルト海でのドローン墜落、ポーランドの鉄道破壊工作)への便乗、そして生成AIが大規模言語モデルの学習データ汚染を通じて情報環境に及ぼす未評価の影響を挙げる。

 対応策として報告書は5点を提示する。第一に構造化された情報共有の強化であり、個別事例の共有ではなくIMS単位での行動的・技術的痕跡の定期的・標準化された交換を通じて早期検知と迅速な帰属確認を可能にすることを目指す。第二に抑止と妨害であり、制裁の柔軟な適用と公的な帰属発表の組み合わせ、プラットフォームとの構造化されたエスカレーション体制の構築、法執行によるFIMIと犯罪活動の交差領域への対応という3手段を挙げる。第三に加盟プロセスに関する戦略的コミュニケーションであり、改革の事実説明にとどまらずロシア系情報操作の実態を証拠とともに公開することを含む。第四にレジリエンス構築であり、これはFIMIアーキテクチャの全階層に横断的に作用し、操作が効果を持たなくなれば投資対象として成立しなくなるという論理に基づく。第五に国際協力であり、G7・NATOを含む多国間の枠組みでの脅威理解の共有を、EUの安全保障・防衛パートナーシップの一環として位置づける。

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