CeMASが提示するFIMI対策の統合モデル

CeMASが提示するFIMI対策の統合モデル 情報操作

 ドイツのCeMAS(Center for Monitoring, Analysis and Strategy)が2025年8月に発表した “United Against Manipulation: An Integrated FIMI Response Model” は、外国による情報操作と干渉(FIMI: Foreign Information Manipulation and Interference)に対抗するための包括的な戦略を描いた文書である。偽情報対策を扱う報告書はすでに数多く存在するが、この文書はその中で際立っており、問題の定義から制度設計の細部に至るまで掘り下げられている。ここではその中で特に注目すべき要素を取り上げる。

問題の定義を狭めない

 偽情報を「人々が誤ったことを信じるリスク」としてだけ捉えると、解決策は教育やファクトチェックといった情報的アプローチに限定される。しかしCeMASは、FIMIを 国家の安全保障、民主主義制度、社会的結束を同時に揺るがす複合的脅威と定義する。つまり、単に「間違いを正す」ことが目的ではなく、社会全体が分断され制度への信頼が崩れることを防ぐのが目的だ。これにより、対策の射程は教育や規制を超え、制度や社会構造の強化にまで広がる。

四層の対策構造

 この広い問題定義を踏まえ、レポートは対策を「発信者・流通・受け手・社会」の四層で整理する。

  • 発信者対策:FIMIを仕掛ける主体そのものを抑止する。たとえば米軍サイバーコマンドが2018年の米中間選挙でロシアの「トロール工場」のネット接続を一時的に遮断した事例や、EUがロシアのプロパガンダ発信者に対して制裁を課した事例が紹介される。
  • 流通経路対策:拡散を防ぐ仕組み。Telegramとの交渉で極右チャンネルの削除が進んだ例や、欧州のデジタルサービス法(DSA)がプラットフォームにリスク評価と対応義務を課していることなどが挙げられる。
  • 受け手強化:個人が操作に強くなるよう教育や訓練を施す。オランダの「Isdatechtzo」やスウェーデンの啓発キャンペーン「Don’t Be Fooled」などの取り組み、さらに「Bad News」「Go Viral」といったゲームを使ったプレバンキングも示される。すでに拡散した虚偽情報に対しては、ファクトチェックや「2-2-2原則」に基づく迅速な対抗コミュニケーションが例示されている。
  • 社会全体の強化:制度や社会的結束を守ること自体が対策となる。ニュージーランドがコロナ禍で行った「Unite against COVID-19」キャンペーンは、社会的な分断を超えて共通のアイデンティティを強調し、デマや陰謀論に立ち向かう基盤を整えた。ドイツやオランダではジャーナリスト保護や市民参加プロジェクトが例に挙がっている。

 このように四つの層を設定することで、発信から受信、社会の反応まで全体をカバーする設計になっている。

三領域モデル──予防・対応・卓越

 レポートが描く統合モデルはさらに「予防」「対応」「卓越」の三領域に整理されている。

  • 予防は基礎研究、教育、社会的レジリエンスの強化を通じて長期的に備える。
  • 対応は監視・検知、分析、危機管理グループによる即時対応までを含む。
  • 卓越は評価と改善を担い、対策自体を進化させ続ける仕組みである。

 特に「卓越」を独立した領域として設け、常に手法を評価し改善することを前提にしている点は特徴的だ。対策を固定化せず、継続的に変化する問題に合わせて更新していく姿勢が設計思想に組み込まれている。

数時間単位で描かれるシナリオ

 本書の中でも特に具体的なのは、シナリオに基づいた対応プロセスの描写である。

 一例では、朝8時に偽アカウント群が一斉に投稿を開始し、政府への不信を煽るキャンペーンを展開する。9時には分析班がそれを検知しリスク評価を行う。12時には危機管理グループが召集され、外務省、内務省、連邦情報セキュリティ庁、プラットフォーム事業者、ファクトチェック団体などが一堂に会する。そこで削除措置や技術的追跡、ファクトチェックの公開といった対応が決定される。夕方にはこれらの措置が実行され、数時間のうちに一連のサイクルが回る。
多くの政策文書が「迅速に対応」と書くにとどまるのに対し、このレポートは具体的な時間軸を提示することで、現実的に求められるスピード感を明示している。

 別のシナリオでは、大規模洪水に便乗して「政府は住民を見捨てている」「気象兵器が使われた」といった虚偽情報が拡散する事態が描かれる。ここでは、防災当局や地域社会が連携して信頼できる情報を提供し、社会的不安を増幅させないようにする仕組みが検討されている。災害時における偽情報対応という具体的な場面を扱うことで、抽象的なモデルが現実にどう機能するのかがより鮮明になる。

乱用防止の視点

 国家が中心的役割を担うことを前提としながらも、本書は「ファクトチェックは国家が担うべきではない」と明言する。国家が直接この役割を担えば検閲や情報統制の危険が高まるからだ。したがって、国家は制度の枠組みを整備し、市民社会やジャーナリズムに活動の余地を保障する形で支えることが求められる。制度の乱用をあらかじめ防ぐ設計思想が盛り込まれている点は、このレポートの重要な要素である。


 CeMASの報告書は、偽情報を狭い「情報問題」としてではなく社会全体を揺るがす脅威と位置づけ、即応性と持続性を両立させる制度設計を描いている。発信者から社会全体に至るまで四層で対策を整理し、予防・対応・卓越という三領域を循環させ、さらに数時間単位のシナリオを用いて具体的な運用を描いた点は、他の文書にはあまり見られない。国家主導の必要性を認めつつも乱用防止の仕組みを組み込むなど、制度設計上の緊張感も含めて示されている。

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