NATOの戦略コミュニケーションセンター (NATO STRATCOM COE) が2025年1月28日に改訂版を公開したレポート「Russian information operations outside of the Western information environment (Revised version)」は、ロシアが非西側諸国に対してどのような情報影響作戦 (IIO: Information Influence Operations) を展開しているのかを詳細に分析したものだ。
本レポートでは、エジプト、マリ、ケニア、南アフリカ、アラブ首長国連邦 (UAE) の5カ国を対象に、ロシアがどのようにナラティブを活用し、影響力を拡大しているかが明らかにされている。特に興味深いのは、ロシアが西側でよく指摘されるような偽情報に依存するのではなく、「ナラティブ」を用いた影響戦略を展開している という点だ
1. ロシアの情報影響作戦の特徴
本レポートによると、ロシアの情報影響作戦の特徴は以下の3点にまとめられる。
(1) 偽情報ではなくナラティブの活用
- ロシアの情報戦略は、単なる「誤った情報の拡散」ではなく、「どの事実を強調し、どのような解釈を与えるか」 というフレーミングに重点を置いている。
- これにより、ナラティブを受け入れた人々が「ロシアの立場に共感しやすくなる」状況を作り出している。
(2) ターゲットは非西側諸国
- ロシアは、エジプト、マリ、ケニア、南アフリカ、UAEといった「多極化コミュニティ」(旧グローバルサウス) を主なターゲットにしている。
- これらの国々では、西側の国際秩序に対する懐疑心が強いため、ロシアのナラティブが受け入れられやすい。
(3) 文化的・歴史的文脈を活かしたナラティブの設計
- 「反植民地主義」 や 「伝統的価値の擁護」 など、対象国の歴史や文化的背景に応じたナラティブを用意することで、説得力を増している。
2. ロシアが展開する主要なナラティブ
本レポートでは、ロシアが非西側諸国に対して以下の4つのナラティブを強調していることが指摘されている。
(1) 反植民地主義
- 「ロシアは歴史的に反植民地主義を支援してきた」
- 旧ソ連がアフリカ諸国の独立運動を支援した過去を強調し、「ロシアは今も西側の植民地主義と戦っている」 というイメージを作る。
- 「西側の介入は新植民地主義である」
- NATOのリビア介入 (2011) やフランスのアフリカでの軍事活動を例に挙げ、「西側の関与こそが問題だ」 というナラティブを広める。
(2) 西側の偽善
- 「西側は都合よく国際法を利用している」
- 例: ウクライナ戦争は非難するが、イラク戦争やパレスチナ問題には沈黙している。
- 「西側の民主主義や人権は政治的な道具にすぎない」
- 例: 「西側は本当に民主主義を守りたいのではなく、自国の利益を守るために利用しているだけ」と主張。
(3) 伝統的価値観の擁護
- 「ロシアは家族、宗教、道徳を守る国」
- LGBTQ+ の権利擁護やジェンダー平等を「西側の押し付け」として批判。
- ケニアやUAEのような保守的な国々では、このナラティブが特に効果的。
(4) 「主権の尊重」と「無条件の支援」
- 「西側の支援は条件付きだが、ロシアは無条件で支援する」
- 例: 経済支援の見返りとして政治的譲歩を求める西側と異なり、ロシアは「対等なパートナー」として協力すると主張。
3. 国別の情報影響作戦の特徴
レポートでは、5カ国ごとのロシアの情報影響作戦の違いが分析されている。
(1) エジプト
- 「西側はエジプトを不安定化させる」 というナラティブを拡散。
- ウクライナ戦争への無関心を促し、経済的な安定を重視する世論を形成。
(2) マリ
- 「フランスは新植民地主義者、ロシアは解放者」 というナラティブを強調。
- ロシアの軍事支援 (ワグネル) を正当化し、親ロシア的な世論を形成。
(3) ケニア
- 「西側の道徳的価値観は押し付けがましい」 というナラティブが影響。
- LGBTQ+の権利問題などを通じて、「ロシアの伝統的価値」をアピール。
(4) 南アフリカ
- 「ロシアは反アパルトヘイトの歴史を持つ」 というナラティブを利用。
- 政治エリート層への働きかけを強化。
(5) UAE
- 「ロシアとの経済協力は西側制裁よりも重要」 というナラティブを強調。
- 経済的利益と「西側の価値観押し付けへの反発」を組み合わせて影響を拡大。
4. まとめ
本レポートが示しているのは、ロシアの情報影響作戦が単なる「偽情報の拡散」ではなく、「どの事実を強調し、どのように解釈させるか」に重点を置いたナラティブ戦略を取っているという点だ。
✔ ナラティブは完全な嘘ではなく、特定の視点からの解釈に基づいているため、ファクトチェックでは対抗できない。
✔ 西側の情報発信が価値観の押し付けと見なされることで、ロシアのナラティブが受け入れられやすくなっている。
✔ 情報戦において、単に「正しい事実を伝える」だけではなく、「どのように物語を構築するか」が重要になる。
このレポートは、ロシアの情報影響作戦を理解するだけでなく、西側の情報戦略を見直す必要性を示唆するものでもある。情報戦の本質を考える上で、非常に示唆に富む内容になっている。
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