欧州全域でジャーナリストと独立メディアへの攻撃が構造的に激化している。外国エージェント法の立法化、戦略的訴訟(SLAPP)、スパイウェアの国家的使用、オンライン上の組織的ハラスメント——これらは個別の事象ではなく、情報環境を政治的に管理しようとする複合的な圧力の一形態である。欧州報道の自由モニタリング(MFRR)が2026年2月に公表した年次報告書『Mapping Media Freedom Monitoring Report 2025』は、2025年1月から12月に記録された1,481件の侵害事例を体系的に分析し、この構造を実証データとして可視化している。
調査主体とデータベースの概要
本報告書の著者は、欧州報道・メディア自由センター(ECPMF)、欧州ジャーナリスト連盟(EFJ)、国際プレス研究所(IPI)の3機関である。これらは欧州メディア自由即応(MFRR)連合の中核を担い、ARTICLE 19ヨーロッパ、Free Press Unlimited、OBC Transeuropaとともに欧州委員会の資金提供を受けて2020年から活動している。
データの基盤となるのはMapping Media Freedom(MapMF)データベースである。EU加盟国と加盟候補国を合わせた35か国をカバーし、記者・メディア労働者・メディア組織が経験した報道の自由侵害をリアルタイムで記録・公開する。2025年の集計では、EU加盟国で740件(標的となった記者・組織等1,143人・団体)、候補国で741件(同1,234人・団体)が記録された。EU内と候補国でほぼ同数という分布は、問題がEU境界の外部に限定されないことを示している。
攻撃の全体構造:類型・加害者・文脈
2025年に記録された1,481件の侵害は2,377人・団体に影響を及ぼした。攻撃類型の内訳は言語的攻撃40%(592件・約1,000人に影響)、業務妨害24.3%(360件)、法的攻撃23.2%(344件)、物理的暴力14.7%(218件)、財物への攻撃13.9%(200件超)となっている。一件の事案が複数類型にまたがるため合計は100%を超える。
なかでも長期的な増加傾向として際立つのが死の脅迫である。2020年の27件が2025年には88件に達し、5年間で3倍以上に増加した。2020年から2025年の累計では339件・588人が死の脅迫を受けている。オンライン攻撃も同様の急増を示しており、2020年の59件が2025年には377件(全体の25.5%)に拡大した。オンラインが最も頻度の高い攻撃の場となった年でもある。スプーフィング・なりすまし・ディープフェイク動画など、AIを悪用した新しい手口も増加傾向として記録されている。
加害者構造において最も注目すべき変化は、政府・公務員の比率の経年増加である。2021年には全体の10.9%(72件)だったものが、2025年には17.7%(263件)に達した。EU加盟国内に限ると20.9%(155件)とさらに高い。警察・国家保安機関が190件、司法機関が124件の加害者として記録されており、国家の制度的装置がメディア抑圧に動員されているパターンが鮮明になっている。攻撃対象は記者個人にとどまらず、家族への攻撃が2024年の13件から2025年の29件へと倍増した点も深刻である。
外国エージェント法・言説の制度的拡散
本報告書のなかで最も情報環境操作の観点から重要な章が、外国エージェント法と「外国資金」言説に関するテーマ分析である。MapMFは2025年に72件・142人を外国エージェント法関連侵害として記録したが、この数字は2020年(5件)・2021年(5件)・2022年(10件)・2023年(17件)の水準から突出した急増であり、前年の71件とほぼ同水準で高止まりしている。
報告書が指摘する中心的な論理は、「透明性」や「国家主権」を名目に独立メディアを外国の代理人として stigmatize(烙印化)することで、読者との信頼関係を切断し、国内外の資金調達を妨害するというものだ。独立メディアが国内広告市場や国家資金から切り離されている中東欧諸国では、国際グラントが生命線であるため、この手法の打撃は特に大きい。「ソロスメディア」という言説は、こうした環境で機能する定型的な烙印として機能している。
2025年に記録された12件の立法イニシアチブは、ジョージア・ハンガリー・ボスニア・ヘルツェゴビナ・ブルガリア・チェコ・スロバキアの6か国にまたがる。
ジョージアでは、2024年に成立した「外国影響透明化法」を土台に、Georgian Dream(GD)党が2025年4月に米国の外国エージェント登録法(FARA)を範とした新法を成立させた。違反には最大25,000ラリ(約8,250ユーロ)の罰金と最長5年の禁固刑が科される。6月には、グラント法の改正により外国からの資金拠出に行政府の事前承認を義務付け、放送法改正でGNCCに対する許認可剥奪権限を付与した。同月には言論自由法と裁判所取材規制を強化する改正も相次いだ。
ハンガリーでは、Orbán首相とFideszが独立メディアを「外国の利益に奉仕する者」と繰り返し断定した。主権保護局(SPO)は5月、外国資金を受けるあらゆる団体をブラックリスト化しうる権限を付与する「公生活の透明性に関する法案」を議会に提出した。国内外の批判を受けて棚上げになったが、SPOは2025年5月以降、ジャーナリストやNGOを標的にしたMeta広告による「外国エージェント」「ソロスネットワーク」レッテルキャンペーンを組織的に展開した。この調査はハンガリー・チェコ・スロバキアの政治家が連携してMetaの有料広告を使い記者を標的にしていた実態を横断的に明らかにしたものだ。欧州委員会はSPOと主権保護法についてEU法違反を理由にハンガリーへの違反手続きを開始している。
ボスニア・ヘルツェゴビナでは、Republika Srpska議会が2月に「外国エージェント法」を可決した。外国資金を受ける「政治的活動」を行うNGOに対し、特別リストへの登録と強化された報告義務を課す内容であり、かつてNGOとして登録していた独立メディアへの適用が懸念されている。スロバキアでは4月、5,000ユーロ超の寄付者の公開開示を義務付ける透明化法が可決された。「外国エージェント」という明示的な用語こそ削除されたが、規制当局の権限拡大や定義の広さがロシア・ハンガリーの類似立法と本質的に変わらないとの指摘がある。チェコでは10月、就任予定のAndrej Babiš首相が外国資金を受ける「政治的」NGOへの開示強制を含む法案を政権綱領に盛り込み、調査報道サイトInvestigace.czのPavla Holcova編集長を実名で名指しした。
背景には米国の動向も働いている。トランプ政権によるUSAID解体は独立メディアへの国際資金を縮小させ、各国政府がUSAID資金を「外国介入の証拠」として利用する口実を与えた。MapMFはUSAID資金に直接関連する侵害を19件記録している。2025年11月には、トランプ政権がオルバン首相の対外政策を「妨害した」との理由でRadio Free Europe/Radio Libertyのハンガリー語サービスSzabad Európaへの資金を打ち切り、同サービスが閉鎖に追い込まれた。
SLAPP:法的コストによる調査報道の窒息
2025年に記録された344件の法的攻撃のうち、SLAPPは独立した問題領域を構成している。SLAPPとは公共の利益に関わる報道を標的に、訴訟費用の負担そのものを目的として提起される戦略的訴訟であり、敗訴の見込みが薄い場合でも、小規模メディアや個人記者に対して実質的な威嚇効果を持つ。
2025年の注目事例として、デンマークの調査報道メディアDanwatchが制裁対象のロシア保険会社Ingosstrakhの代理としてモスクワの法律事務所ELWIから4件以上の強硬な法的警告書を受けた。DanwatchとFinancial Timesは、Ingosstrakhがオイルタンカー保険を通じてロシアの対西側制裁回避に利用されている疑惑を共同調査しており、その報道前に発せられた警告であった。オランダの調査メディアFollow the Moneyも、ドイツ人起業家Christian Angermayerに関する調査報道への事前警告を受けた。スロベニアではN1が調査報道を機にリュブリャナ大学精神科クリニックから6件の名誉毀損訴訟を提起され、請求総額は195,000ユーロに達した。市民社会の圧力を受け、最終的に訴訟は取り下げられたが、その過程でのメディアへの負荷は相当なものであった。
EU指令・欧州評議会勧告という制度的対抗策の整備も進んでいる。EU指令の国内法転換期限は2026年5月であり、2025年時点で少なくとも17の加盟国が実施プロセスを開始した。報告書はこれを「最低基準」として捉え、裁判所による職権却下、費用上限措置、濫用的提訴者への制裁措置を盛り込むよう求めている。
危機の震源地:セルビア・ジョージア・トルコ
候補国3か国は、それぞれ異なる抑圧メカニズムを持ちながら、独立メディアの組織的な排除という点で共通している。
セルビアでは2025年に208件(前年84件)が記録され、候補国で最多かつ全域でも突出した数値となった。引き金は2024年11月1日のノヴィ・サド駅鉄道キャノピー崩落事故とその後の大規模抗議運動である。政府による抗議運動報道への弾圧が急速に拡大し、物理的攻撃は前年の14件から44件に急増した。そのうち警察による攻撃が16件(うち5件が負傷)、過半数は私人によるものだった。独立放送局N1はVučić大統領に「純粋なテロリズム」と名指しされた直後から集中的な攻撃を受け、爆破予告・殺害予告・「Charlie Hebdo式攻撃」を示唆する書簡など52件の攻撃が記録された。Amnesty InternationalはBIRNの記者2名の端末がPegasusスパイウェアに感染していたことを明らかにした。記者の家族への脅迫11件という前例のないパターンも確認されており、報告書はこれを「特に深刻な懸念」として位置づけている。
ジョージアでは143件・263人が記録され、法的攻撃は前年の33件から60件へとほぼ倍増した(全体の42%)。象徴的な事案は、独立メディアBatumelebiとNetgazetiの創設者Mzia Amaglobeli(ムジア・アマグロベリ)の2年実刑判決である。Amaglobeli は200日超の未決拘禁の後、8月に有罪判決を受けた。立法面では外国エージェント登録法・グラント法改正・放送法改正・言論自由法改正・裁判所取材制限法改正が短期間に集中的に成立した。物理的攻撃33件のうち21件が警察・治安部隊によるもので、その大半が抗議運動の取材現場で発生した。記者36名が「道路封鎖」を口実とした恣意的罰金を科された。国営放送GPBでは政治的干渉に異議を唱えた記者2名が解雇され、番組も打ち切られた。
トルコでは137件・259人が記録された。最大の特徴は法的抑圧の体系性であり、法的攻撃が全侵害の70.8%(97件)を占め、逮捕・拘禁・収監だけで68件(131名)に達した。イスタンブール市長İmamoğlu拘束後の抗議運動報道において、当局はディスインフォメーション法・テロ関連法・「大統領侮辱」罪を多用して記者を拘禁した。通常の取材行為(汚職・裁判・選挙・公的機関の報道)が繰り返し犯罪として立件された。放送規制機関RTÜKによる規制圧力の比率も2024年の2.2%から2025年の10.2%へと急増し、SZC TVとTELE1には放送停止処分が下された。TELE1には国家管財人が送り込まれ、経営を事実上掌握された。デジタル抑圧も顕著であり、抗議運動の時期にX・Instagram・YouTube・TikTok・WhatsApp・Telegram・Signalへの帯域幅制限(throttling)が広範に実施された。
ウクライナとEU内の事例
ウクライナでは124件・154人が記録された。最も深刻な事案は記者3名の死亡である。10月3日、フランス人フォトジャーナリストAntoni Lallicanがロシア軍のFPVドローン(操縦者がカメラ映像でターゲットを視覚的に確認しながら操作するタイプ)によって殺害された。同月23日、クラマトルスクでウクライナ人記者Yevhen KarmazinとAliona Hramova がLancet型ドローンの攻撃を受けて死亡した。両者は直前のロシア軍攻撃の被害を取材中だった。報告書はPRESSマーキングがむしろロシア軍の標的識別に利用されているという逆機能を明示的に指摘している。ロシアの全面侵攻開始以来のジャーナリスト死者は計16名に達するが、責任者が訴追された事例はいまだゼロである。26名の記者が引き続きロシアの拘禁下に置かれており、2025年に釈放されたのは3名にとどまった。
EU内でも深刻な事例が続いた。イタリアでは、Fanpage.it編集長Francesco CancellatoがParagonスパイウェア(Graphite)の標的となった約90名のWhatsAppユーザーの一人だったことが1月に判明し、4月には同メディアの記者Ciro Pellegrino の端末にも同スパイウェアの感染が確認された。イタリア政府は法執行機関がスパイウェアを使用していることは認めたが、Paragonとの契約は否定した。調査報道番組Reportを主宰するジャーナリストSigfrido Ranucciの車両付近では約1キロの爆発物が爆発し、暗殺未遂として記録された。国営石油会社ENIは、コンゴでの事業を扱う同番組のエピソード放送前に法的警告を発していた。ハンガリーではOrbán首相が3月の大規模集会で批判的メディアを「駆除すべき害虫」と呼ぶ発言を行い、SPOがMeta広告を通じた組織的なスミアキャンペーンを展開した。スペインでは極右政党Voxが記者Cristina Fallarásを標的に、ウェブサイトとSNSで事前記載された苦情書を支持者に拡散して当局への集団申告を呼びかけ、組織的なオンラインハラスメントを誘発した。
報告書が示す構造的含意
1,481件という数値が示すのは単なる量的な増加ではなく、情報環境への圧力が多層化・精緻化しているという質的変容である。物理的暴力・言語的攻撃・法的抑圧・デジタル監視・立法化が同時並行で進み、互いを補完し合う構造になっている。政府・公務員が加害者となる比率の持続的増加は、個別行為者による逸脱ではなく、制度的な意図の反映と読むべき水準に達している。
不処罰の慢性化もこの構造を支える中核的要素である。ウクライナで侵攻開始以来16名が死亡しながら起訴はゼロ、スロバキアのKuciak暗殺、マルタのCaruana Galizia暗殺、ギリシャのKaraivaz殺害、セルビアのĆuruvija暗殺——いずれも司法の機能不全が記録されている。不処罰は暴力のコストを下げ、次の攻撃を許容する環境を作る。
報告書は2025年にEMFA(欧州メディア自由法)が完全施行された年として、2026年のEuropean Democracy Shieldおよびデジタル脅威・SLAPPに対するEU規制の実効性が問われると締めくくる。MapMFデータベースはこれらの政策評価の実証的基盤として継続的に参照価値を持つ。報告書全文と個別アラートはmappingmediafreedom.orgのAlert Explorerで参照できる。

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