外国による情報操作が、もはや「フェイクニュース」のレベルを超えていることは、専門の現場ではもはや前提だろう。だが、プロパガンダは目に見える「誤情報」や「デマ」として立ち現れるわけではない。むしろ、それらは文化、経済、自然風景の賛美といった、目立たない日常の語りに溶け込むことで、より深く、より長期的な影響を与える。
2025年4月2日に公開されたRANDの報告書「Defending American Interests Abroad」は、まさにこの点に切り込んでいる。対象は、米国の国益を損なう外国発の悪意ある情報操作(malign information operations)。しかもその検出にあたり、大規模言語モデル(LLM)を活用するという新たな枠組みを提示している。
見えにくいプロパガンダ
このレポートの出発点は明快だ。ロシアにおける「マスキロフカ」や、中国共産党の「外宣」のように、国家規模で展開される情報戦は、いまや軍事衝突の代替手段として確立されている。だが、そうした作戦の多くは、明示的なスローガンや攻撃的表現ではなく、「文明の誇り」「国家の発展」「地域社会の温かさ」など、いかにも無害な物語を通して語られる。
そのため、単純なファクトチェックでは不十分であり、より構造的・定量的な検出が必要となる。
LLMによるプロパガンダ検出の試み
報告書では、プロパガンダの検出にあたり、1939年の『The Fine Art of Propaganda』で定義された7つの技法(例:name-calling、glittering generalities、card-stackingなど)を基準に採用。以下の3モデルで実験が行われている:
- ChatGPT-3.5(ベースモデル)
- ChatGPT-3.5(プロパガンダ検出用にファインチューニング)
- ChatGPT-4(汎用モデル)
最も高い精度(F1スコア約75%)を記録したのはファインチューニング済みモデルで、英語だけでなく中国語(新華社)記事の検出でもわずかに優位性を示した。
見逃せない具体例
検出対象となったのは、BBC、RT(ロシア)、Global Times(中国)、Alemarah(タリバン)、新華社(中国)の5メディア、合計1,900本以上の報道記事。中でも興味深いのは、一見プロパガンダには見えないコンテンツに含まれるナラティブの構造だ。
「黄河は中華文明の魂」
新華社のライフスタイル記事における、「黄河は中華民族の根と魂」といった表現は、文化の美化と国家の正統性を接続するナラティブを形成している。モデルはこれを「glittering generalities」と判定した。
ゼレンスキーを通した降伏の暗示
RTの記事では、ウクライナのゼレンスキー大統領の発言を引用しつつ、「西側支援の反攻は破壊をもたらす」「領土放棄の方がまし」とする主張が暗示される。明確な虚偽はないが、選択的な引用と文脈の省略によってナラティブが構築されている。
経済政策スローガンの繰り返し
「三創四新(イノベーション・創業・創造+新技術など)」といったスローガンが繰り返される新華社の経済報道も、「glittering generalities」や「card-stacking」に該当しうる。内容よりもフレーミングが操作的である点が重要だ。
モデルの精度と限界
こうした検出には有効性が認められたが、同時に限界も明らかになった。特に次の2点は示唆に富む。
- 誤検出(false positives):BBCの報道がプロパガンダと分類されるなど、過剰検出の傾向が一部に存在。
- 検出漏れ(false negatives):実際に偏ったナラティブを含む記事でも、技法が明示されていない場合は検出を逃す可能性。
これは、プロパガンダの多くが明示的な技法ではなく、「暗黙の枠組み」や「省略された文脈」に宿ることを示している。
今後の方向性
RANDは本レポートを通じて、次のような今後の展望を提示している:
- プロパガンダ検出のコーパス化とクラスタリング:個別の事例から、戦略的キャンペーン全体を可視化。
- 引用・データの出所分析:事実性よりも構成やバランスに着目。
- 検出結果の説明可能性の向上:モデルの出力理由を人間が理解できる形に。
こうした取り組みにより、「誰が、なぜ、何のために」ナラティブを流しているのかを構造的に明らかにする分析が可能になる。
終わりに
プロパガンダとは、しばしば「プロパガンダであることに気づかれないこと」を目的とする。
それゆえに、検出も対抗も容易ではない。だが、大規模言語モデルの応用によって、従来では見落とされがちだった構造的な操作が可視化されつつある。
「ニュース」ではなく「風景」や「暮らし」を語る記事こそが、ナラティブ戦の最前線になっている。その意味で、本レポートは、プロパガンダの重心がどこにあるのかを改めて問い直す資料といえる。
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