国家が偽情報をどのように戦略的に活用し、社会や国際関係に影響を与えるのか。その手法を詳細に分析したレポートが、ポーランド外務省によるタスク Independent Disinformation Analysis(IDA) の 「Belarusians are not welcome in Europe」(2025年1月30日公開) だ。本レポートでは、ベラルーシ政府がプロパガンダを展開し、偽情報を流布することで、国内の世論操作を行い、国際的な立場を強化しようとしている様子を具体例を交えて解説している。
1. 偽情報の手法(Methods of Disinformation)
レポートでは、ベラルーシ政府が用いる偽情報の手法として、プロパガンダとボットファームの活用 を詳しく解説している。
① プロパガンダ手法
- 偽ニュースの作成:「EUがベラルーシ人の入国を全面的に禁止」といった誤情報を流し、欧州諸国への不信感を煽る。
- 感情を煽るナラティブ:「ベラルーシ人は差別されている」「欧州は移民問題で崩壊している」といった主張を繰り返し発信。
- 映像や画像の改ざん:欧州のデモ映像を「ベラルーシ反政府デモの暴力性の証拠」として編集・報道。
- 親政府メディアの利用:国営メディアを使い、政府の立場を擁護し、反政府的な報道を「フェイクニュース」と位置付ける。
② ボットファームの利用
- SNS上での世論操作:「欧州批判」の投稿に大量の「いいね」やリツイートを付与し、支持があるように演出。
- 偽アカウントによる拡散:「欧州の制裁は市民に害を与えている」といった投稿を自動生成し、議論を誘導。
- 反政府派への攻撃:反政府的な投稿をするジャーナリストや活動家を標的に、誹謗中傷キャンペーンを実施。
2. 経済・社会に関する偽情報(Economic and Social Misinformation)
政府のプロパガンダは、ベラルーシ国内の経済や社会問題についても展開されている。
① 賃金と経済成長に関する誤情報
- 政府の主張:「ベラルーシの賃金は経済成長を上回るペースで増加している。」
- 実際のデータ:
- インフレが実質賃金を押し下げ、生活コストが上昇。
- 西側制裁の影響で輸出が減少し、企業の業績が悪化。
- 一部の公務員の給与は維持されているが、民間企業では賃金の停滞や減額が目立つ。
② 年金制度の公平性に関する誤情報
- 政府の主張:「ベラルーシの年金制度はドイツより公平であり、すべての国民に十分な年金が保証されている。」
- 実際の状況:
- 年金額は非常に低く、高齢者の生活は厳しい。
- インフレによる購買力の低下が顕著。
- ベラルーシ政府は年金制度改革を進めていない。
3. メディア操作(Media Manipulation)
レポートでは、国営メディアと独立系メディアの対立を重要な要素として指摘している。
① 国営メディアの役割
- 政府のナラティブの構築:「西側はベラルーシを不安定化しようとしている」「政府の政策は成功している」といったストーリーを強調。
- 報道の選別:反政府デモや経済問題については報じない、または「欧米の陰謀」として解釈。
- 海外メディアへの影響:ロシアのRTやスプートニクと連携し、国際的な偽情報のネットワークを形成。
② 独立系メディアの抵抗
- MediaIQ:ボットファームの利用を追跡し、SNS上のプロパガンダを暴露。
- Belsat TV:ポーランドを拠点に、政府の偽情報を検証。
- Tut.by(現在は閉鎖):最大の独立ニュースサイトだったが、2021年に政府の弾圧を受け閉鎖。
4. 社会と国際関係への影響(Impact on Society and International Relations)
政府の偽情報政策は、国内外に深刻な影響を及ぼしている。
① 国内社会への影響
- 情報アクセスの分断:国営メディアを信じる層と、VPNを利用して海外情報を得る層に分断。
- 反政府派の弾圧:「外国のエージェント」として反政府ジャーナリストを逮捕。
- 社会の分裂:政府支持者と反政府派の間で対立が激化。
② 国際関係への影響
- EUや西側諸国との関係悪化:偽情報を使って西側を非難し、制裁を受ける。
- ロシアとの結びつき強化:ロシアのプロパガンダと協調し、情報戦を展開。
- 経済の孤立化:制裁の影響で貿易市場が縮小し、技術的な遅れが生じる。
おわりに
本レポートは、国家レベルの偽情報戦略を分析する上で極めて価値のある資料だ。特に、実際の偽情報キャンペーンの事例が豊富であり、プロパガンダが社会や国際関係にどのような影響を与えるのかを具体的に理解できる。国家による情報操作は決して過去の話ではなく、今後も世界各国で同様の手法が展開される可能性がある。本レポートが示す事例は、そうした状況を見極めるための重要な指標となるだろう。
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