気候訴訟はどこまで「偽情報」を問えるか――2025年版グローバル動向から見る法廷の地殻変動

気候訴訟の最前線で問われる誤情報の構造と責任。『2025 Snapshot』が示す制度的アカウンタビリティの変化を読み解く。 偽情報の拡散

 2025年6月に発表された報告書『Global Trends in Climate Change Litigation: 2025 Snapshot』(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス、Grantham Research Institute)は、世界中で急増する気候変動関連訴訟の最新状況を網羅的に示している。本稿ではこの報告の中でも、企業や制度が気候に関して「誤った情報」「誤解を招く主張」「隠蔽」をどのように行い、それがどのように訴訟で争点化されているかに焦点を当てる。

 報告書そのものは「disinformation」という語を用いていない。しかし、分析対象となった多くの訴訟には、事実の歪曲・誇張・不開示といった偽情報的要素が明確に存在する。それらは「climate-washing(気候ウォッシング)」「misleading claims(誤認誘導的主張)」「facilitated emissions(助長排出)」といった術語で表現されており、偽情報研究の射程に入る。

気候ウォッシング訴訟:企業広報の“法廷化”

 2020年以降に160件以上が提起されたとされる「climate-washing」訴訟は、気候訴訟における偽情報的構造を最も端的に示している。

 たとえば2024年、ニューヨーク州司法長官はJBS USA Food Coに対して消費者保護法違反で提訴した。JBSは「2040年までにネットゼロ」を掲げていたが、その公約には間接排出(Scope 3)が含まれていなかった。原告はこれを誤認を招く表現によって消費者を欺いたとして訴えている。

 同年、オーストラリア連邦裁判所もMercer Superannuationに対し、実際には石炭・ギャンブル関連企業への投資を含んでいた「サステナブル投資商品」の虚偽表示に対して1,130万豪ドルの罰金を科した。いずれも「広告の誇張」ではなく気候影響に関する虚偽表現が法的責任を生じうると認定された点で重要である。

誤情報の“媒介者”を問う訴訟群

 2025年に入り、「誤情報を直接発信した企業」だけでなく、その伝達・支援を行った助言機関・法律事務所・広告代理店が訴訟対象となる例が明確になってきた。

 米オレゴン州マルトノマ郡は、コンサル大手マッキンゼー社を含む複数企業を相手取って提訴し、同社が数十年間にわたり主要排出企業に対し気候リスクを軽視・隠蔽する戦略を助言してきたと主張した。

 また、グリーンピースはオランダの法律事務所Loyens & Loeffに対し、温室効果ガス排出企業JBSの企業再編支援が「facilitated emissions(助長排出)」に該当するとして法的警告を発している。英国では広告代理店WPPが、複数のNGOからOECDのナショナル・コンタクト・ポイントに対して正式に苦情を申し立てられている。

 これらはいずれも、「誤情報の構造的流通」に関与した専門職が、直接的な法的アカウンタビリティの射程に入ってきていることを示している。

ポリューター・ペイズと歴史的偽情報

 近年の「polluter pays(汚染者負担)」型訴訟では、単なる温室効果ガス排出だけでなく、過去に行われた気候影響の矮小化や科学の否定的キャンペーンが、損害賠償請求の論拠として組み込まれる傾向が強まっている。

 ハワイ州ホノルル市によるHonolulu v. Shellでは、石油企業らが何十年にもわたり自社製品が地球温暖化に与える影響を意図的に過小評価・隠蔽したとされ、訴訟は州最高裁で審理に進むことが決まっている。

 このように、誤情報によって形成された「知の空白」が、その後の被害を導いた構造を、法廷上で可視化し、責任を問う流れが鮮明になっている。

偽情報の“制度的支援”としての反ESG訴訟

 一方で、米国では政権交代によって新たなタイプの「制度的偽情報」支援構造が立ち上がりつつある。

 2025年1月に発令された「Protecting American Energy from State Overreach」という大統領令は、州や自治体による気候訴訟を「越権行為」とみなし、司法長官に対し阻止訴訟を命じるものである。実際にバーモント州やニューヨーク州の「気候スーパーファンド法」は、連邦政府自身により提訴される事態となっている。

 ここでは、偽情報的な主張(気候対策は無意味・有害)を根拠に正規の制度的対応を妨げるという構図が見て取れる。

法廷は偽情報研究の新たな前線になるか

 気候訴訟の近年の展開は、従来「社会心理的」「情報論的」に扱われてきた偽情報問題が、明確に制度責任・法的因果関係の論拠となりうることを示している。

  • 誤った主張が「売上」や「評判」だけでなく、「環境破壊」「人命損失」「経済的損害」に直結する場合、それは単なるミスリードではなく、損害因子として構成されうる
  • 偽情報の流通経路にいる者(広告代理店、法律事務所、金融機関)が、助言者責任・媒介者責任として裁かれる余地が生まれている。
  • 訴訟を通じて、誤情報の構造そのものが検証対象となる段階に来ている。

 このように、気候訴訟の実態は、偽情報研究にとっても制度論・責任論・インフラ論の実証的素材を与える。『2025 Snapshot』は、訴訟という形式のなかで、誤情報の影響と可視化、そして是正の可能性がいかに組み込まれているかを理解する上で、貴重な手がかりとなるだろう。

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