偽情報が社会の信頼と結束を脅かし、紛争を助長する要因となることは、近年ますます明確になっている。Berghof Foundation と Platform Peaceful Conflict Transformation により2025年1月30日に公開されたレポート 「Peacebuilding and Disinformation: Taking Stock and Planning Ahead」 は、平和構築の視点から偽情報にどのように対処できるかを整理し、今後の展望を示している。本稿では、このレポートの概要を紹介し、特に 4つのケーススタディ に焦点を当てて詳しく分析する。
レポートの概要
このレポートは、偽情報の定義と平和構築における課題の整理 から始まり、平和構築者がどのように偽情報に対処しているのかを具体例を通じて検証 している。特に、偽情報対策は単なる事実確認(ファクトチェック)や規制の枠を超え、社会の結束や信頼の回復を目指すべきであるとの視点が強調されている。
本レポートは以下の主要なセクションで構成されている:
- 偽情報と平和構築の関係性 – 偽情報の影響と平和構築における課題を整理。
- 偽情報対策の具体的な取り組み – 世界各地の平和構築組織による事例を紹介。
- 認知科学の視点 – 偽情報がどのように人間心理に影響を与えるかを分析。
- 今後の提言 – 平和構築の視点から偽情報対策を強化するための推奨事項を提示。
このうち、本稿では特に 第2章のケーススタディ に注目し、具体的なアプローチを詳しく見ていく。
ケーススタディ 1: アフリカの女性政治家に対する偽情報対策
- プロジェクト: 「Vote: Women」と「Future of Work」
- 実施組織: Pollicy
- 地域: ウガンダ、タンザニア、セネガル
選挙期間中、女性政治家が標的とされる偽情報や誹謗中傷が多発する問題に対処するため、Pollicy は 女性政治家向けのデジタルリテラシー教育 を実施した。「Vote: Women」は、女性政治家に対し デジタル安全対策、オンラインでの情報発信の技術、偽情報への対応策 などを指導するプログラムである。
また、「Future of Work」 は女性ジャーナリストやメディア関係者に対して同様のリテラシー教育を行うものであり、デジタルストーリーテリング、SNS運用、オンライン安全対策などがカリキュラムに含まれる。
主な課題
- 都市部中心のプログラムであり、農村部の女性には十分に届いていない。
- 英語が中心であり、フランス語やスワヒリ語での展開が不十分。
ケーススタディ 2: ナイジェリアのオンライン対立を緩和する試み
- プロジェクト: Reducing Online Conflict Community (ROCC)
- 実施組織: Mercy Corps
- 地域: ナイジェリア
ナイジェリアでは、偽情報やヘイトスピーチがオンライン上で拡散し、暴力的対立を助長する問題が深刻化している。ROCC は、政府機関、NGO、ソーシャルメディア企業、ファクトチェッカー、ジャーナリスト、インフルエンサーなど、多様な関係者を集め、偽情報対策を協議するプラットフォームを提供する。
この取り組みにより、以下の成果が得られた:
- ナイジェリアのデジタル情報エコシステムの分析
- 偽情報対策のベストプラクティスの整理
- ステークホルダー間での共通言語を確立するためのアドボカシー文書の作成
主な課題
- 偽情報対策の資金が個別のリテラシープログラムに偏りがちで、包括的なアプローチが不足。
ケーススタディ 3: ドイツでの陰謀論対策プログラム
- プロジェクト: #vrschwrng と Digital.Truth
- 実施組織: Berghof Foundation
- 地域: ドイツ
COVID-19のパンデミックを契機に、ドイツでは陰謀論の拡散が急増した。Berghof Foundation は、若者向けに陰謀論への耐性を高める教育プログラム「#vrschwrng」 を開発し、メディアリテラシー教育を実施した。
また、「Digital.Truth」 は、若者とその保護者・教師が共に学ぶワークショップを提供し、世代間の情報リテラシー向上を図る試みである。
主な課題
- 短期間の研修では十分な効果が得られない可能性。
- プロジェクトの資金調達の継続性が課題。
ケーススタディ 4: 紛争地域でのソーシャルメディア行動規範の策定
- プロジェクト: Social Media Peace Agreements
- 実施組織: Centre for Humanitarian Dialogue (HD)
- 地域: ミャンマー、ナイジェリア、コソボ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、タイ
HD は、選挙や紛争の影響を受けやすい地域において、SNS上の暴力的発言を抑制するための行動規範を策定する取り組み を進めている。例えば、2023年のタイ総選挙では、主要30政党と選挙委員会が合意し、SNSの適切な利用基準を策定した。
主な課題
- プラットフォームの協力が不足しており、実効性が限定的。
結論
このレポートは、偽情報対策が単なる事実確認や規制ではなく、平和構築の視点からより包括的に考えられるべきであることを示している。 特に、ケーススタディを通じて、教育、ステークホルダーの協力、対話、規範の策定といった多様なアプローチが取られていることが明らかになった。今後の研究や実践において、これらの事例の成功要因と課題を精査することが求められる。
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