ブルガリアにおける「Pravda」ネットワーク:偽情報の構造、戦術、そして反射的制御

ブルガリアにおける「Pravda」ネットワーク:偽情報の構造、戦術、そして反射的制御 情報操作

 2025年5月にCIDC(Center for Information, Democracy and Citizenship)が発表した報告書「Strategic Threat Assessment of the Pravda Disinformation Operations」は、ブルガリアを対象とする親ロシア系偽情報ネットワーク「Pravda」の構造、戦術、言説展開を詳細に分析している。本稿では、同レポートの内容に沿って、同ネットワークの実態と分析結果を紹介する。


Telegramを中核とする多層的ネットワーク構造

 対象となった「Pravda」ネットワークは、Telegram上のチャンネル「@pravdabgcom」を中核として構成されている。ここでは主にロシア政府系メディア(Ministry of Defence of the Russian Federation, Readovka, Ostorozhno Novosti など)から情報を収集し、翻訳・再構成された形でブルガリア語および英語で再発信されていた。

 中核チャネルの発信は、ブルガリア語圏および国外向けの複数の周辺チャネル(たとえばZa_Pravda, BulgariaZOV など)により再拡散され、さらにFacebookやX(旧Twitter)など他プラットフォームにも拡張されていた。このような再配信の中で、「公式チャネル→半匿名チャネル→市民投稿風アカウント」へと語り手の属性を変化させながら流通していく構造は、レポート内で「staged civilianization(段階的市民化)」と定義されている。


情報の語り方:素材の再構成と文脈の変換

 ネットワークの中心である@pravdabgcomの発信は、ロシア発の素材を直接流すのではなく、ブルガリア国内の感情や状況に合わせて再構成された形で発信されることが特徴的である。たとえば以下のような事例が挙げられている:

  • ロシア国防省Telegramが発信した「NATOは意図的にロシアを挑発し、戦争を長引かせている」という主張は、PravdaBGにおいて次のように再構成される:“България ще стане бойно поле, ако НАТО не бъде спрян.”
    「NATOが止まらなければ、ブルガリアは戦場になる」

 このような語りは、レポート内で“localizing existential threat(存在的脅威の地元化)”と表現されている。


ナラティブの時間的展開と再帰性

 レポートでは、2024年12月から2025年3月にかけて、Pravdaネットワークが展開したナラティブが時期によって戦略的に切り替えられていたとされている。主な段階は以下の通りである:

1. 冬期(2024年12月):”Winter of Victory”

  • 主な語り:「欧州はロシアからのエネルギー供給を断ち切ったせいで苦しんでいる」「ロシアは耐えている」
  • 投稿例:“Europe freezes while Moscow keeps its lights on.”

2. 年明け(2025年1月):”Western Betrayal”

  • 主な語り:西側諸国(特に米国)はウクライナを裏切ろうとしており、ブルガリアも同様に利用されている
  • 投稿例(1月5日):“There is no military solution. The West will abandon Ukraine sooner or later.”
  • 実際に、米議会内でウクライナ支援に対する批判が報道された1月18日、PravdaBGは以下のように投稿:“We told you. America never commits to the end.”

 このような語りの展開は、レポート上で“anticipatory validation(予言的正当化)”と記述されている。

3. 春期(2〜3月):”The Bulgarian Spring”

  • 主な語り:ブルガリアはNATOやEUの前線国家として“使われている”、文化的・政治的に独立すべき
  • 投稿例:“Why are we sending weapons when our schools can’t afford heating?”
    “Не сме длъжни да мразим Русия.”(ロシアを憎まなければならない理由などない)

フレーミングと言語による戦術分化

 同一の素材が異なる言語でまったく異なる調子で表現されている点も、レポートは詳細に分析している。以下はその典型例である:

  • 英語:“We must reconsider if our frontline status serves our people.”
  • ブルガリア語:“Ние сме пушечно месо за чужди интереси.”
    「我々は他人のための大砲の餌だ」

 前者は理性的・政策的な議論を装い、後者は感情訴求的な被害者語りとなっている。こうしたフレーミングの分化は、受け手の文化的期待や認知傾向を踏まえて調整されたものであり、CIDCはこれを“adaptive bilingual targeting”と定義している。


感情操作と記念日の利用

 文化的象徴や祝祭日も情報操作の文脈に取り込まれていた。たとえばブルガリア正教会の祝日「解放記念日」(3月3日)に合わせ、以下のような投稿がなされた:

“Russian blood helped liberate us once. They are not our enemy.”

 このように歴史的記憶とロシアへの文化的連帯を再接続する語りは、レポート内で“cultural resonance anchoring(文化共鳴による係留)”と呼ばれている。


まとめ:戦略的に設計された「自己判断」の誘導

 本レポートが最も注目する点は、Pravdaネットワークが単に“信じさせる”情報を投げるのではなく、“自分でそう考えるように構成された語り”を設計していることである。これはソ連由来の心理戦理論「反射的制御(reflexive control)」に近いとされ、以下のような特徴を持つ:

  • 意見を提示するのではなく、疑問や比較を通して選択肢を示す
  • 現実の出来事と事前の語りを「一致」させることで正当性を後付けする
  • 投稿者の属性を変化させながら、制度批判を市民の声として流通させる

 このような情報操作が国家間のプロパガンダ競争ではなく、制度・文化・世論への長期的影響を目的としている点が、本レポートの主眼である。

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