ヨーロッパにおける偽情報の拡散主体は誰なのか。この問いに包括的に答えようとしたのが、EDMO(European Digital Media Observatory)による報告書「Literature review on actors of disinformation in the European Union」である。報告書はEU加盟27か国を対象に、偽情報の拡散に関与するアクターを7つのカテゴリに分類し、それぞれの国でどのような主体が関与しているかをマッピングしている。
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7つのアクター分類とその論点
1. ローカルアクター──全域に存在する「内なる脅威」
まず注目すべきは、すべてのEU加盟国において何らかのローカルアクターが偽情報に関与しているという点である。ここでいうローカルアクターとは、特定の組織に限らず、陰謀論者、急進的な活動家、収益目的のクリックベイトメディア、あるいは影響力のあるインフルエンサーを含む広い概念である。これらは一国の中で自発的に活動しており、必ずしも外国の関与を必要としない。むしろ、政治的、経済的動機が直接的に存在しており、外国からの操作以上に深刻な影響をもたらすこともある。
2. 外国アクター──ロシアを中心に広がる情報戦
次に取り上げられているのが、外国アクターによる情報操作、いわゆるFIMI(Foreign Information Manipulation and Interference)である。ロシアはその中心的存在であり、「Doppelgänger作戦」や「Pravdaネットワーク」など、模倣サイトや偽報道の展開が広く確認されている。これらはフランス、ドイツ、ポーランド、イタリア、スペインといった主要国に加え、2024年時点では19か国に影響を及ぼしたとされる。
中国による「Paperwall」作戦も報告されており、ベルギーとルクセンブルクのウェブサイトが標的となった。加えて、イランや中東諸国からの介入、南米起源とみられるポルトガル総選挙でのYouTube広告キャンペーンなども報告されている。
3. 隣国からのスピルオーバー──文化的・言語的近接が媒介する拡散
言語的・文化的近接性によって、ある国の偽情報が隣国にも波及する現象が「スピルオーバー」として扱われている。ベルギーとルクセンブルクはフランス語圏の影響を、ポルトガルはブラジルからの情報の波及を、クロアチアやスロベニアは旧ユーゴスラビア諸国からの拡散を受けている。北欧諸国においても、文化的近接性がプロパガンダやデマの拡散を促進していると指摘されている。
4. 国家・政府関係者──権力による情報操作
国家そのもの、あるいは国家に近いアクターが偽情報を拡散する例は、ハンガリー、マルタ、ポーランド(旧PiS政権)、スロベニア(旧SDS政権)において確認されている。特にマルタでは、与党関係者が参加するFacebookグループが反汚職活動家やジャーナリストを標的にした中傷を行っていたことが、後の報道や調査で明らかになっている。ハンガリーでは、政府寄りのインフルエンサーやメディアが、政権に都合の良い偽情報を拡散しているとされる。
5. 政党・政治家──極右・ポピュリズム政党の常套手段
報告書では、極右やポピュリスト政党による偽情報の拡散が広く観察されている。スロベニアのSDS、ポルトガルのChega、ハンガリーのFideszとMi Hazánk、スウェーデンのNyansなどがその例である。選挙を不正と主張したり、社会的な対立を煽ることで支持基盤を強化する戦略が目立つ。ドイツ、フランス、イタリアでも同様の傾向がある。主流政治家が関与するケースもブルガリアやチェコなどで報告されており、偽情報の拡散が特定の政治スペクトラムに限られないことを示している。
6. メインストリームメディア──制度的弱点がもたらす誤情報
一般に信頼されるはずの主流メディアが偽情報の拡散源となるケースも見逃せない。その背景には、センセーショナリズム、編集方針の偏り、メディアキャプチャ(政権や特定企業による支配)、ジャーナリズムの倫理の欠如がある。スロベニアのNova24tv、チェコのParlamentní Listy、ドイツのBildやFocus、ラトビアの気候否認報道などが例として挙げられる。マルタでは政党が運営するメディアが公然とプロパガンダを展開している。
7. フリンジメディア──陰謀論と収益モデルの交差点
最後に取り上げられるのが、いわゆる「フリンジメディア」である。これは、陰謀論者や極右支持層が運営するインディペンデントなメディアであり、YouTubeやTelegram、小規模なニュースサイトなどが主な拠点となっている。オーストリアのAUF1、ドイツのTichy’s Einblick、フランスのFranceSoir、イタリアのOltre.tvなどがその代表格である。これらは広告収入や信者からの支援により成立し、ビジネスとしての側面も持つ。
今後の展望と課題
報告書はこの分類が完結したものではないことを明記している。今後は、政治系インフルエンサー、PR会社、擬似ファクトチェッカー、外国のシンクタンクなどを含めた新たなアクターの可視化が必要である。とりわけAIを用いた情報操作が登場している現在、手法や技術の観点からも分類の再編が迫られている。
国ごとの制度、文化、政治体制によって構造が異なるため、単なるチェックリストでは偽情報のエコシステムは捉えきれない。本報告書はその一歩として、現状の複雑性と多様性を丁寧に記述した点で、今後の分析にとって貴重な基盤を提供するものといえる。
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