Facebook上に広がるディープフェイク詐欺──ギリシャに見るAI詐欺の新構造

Facebook上に広がるディープフェイク詐欺──ギリシャに見るAI詐欺の新構造 詐欺

 ギリシャにおけるFacebookを舞台としたディープフェイク詐欺の実態が、MedDMOが2025年7月に公開した報告書「Greece: Disinformation report on the emergence of deepfake scams on Facebook」によって体系的に明らかにされた。2022年末から2025年初頭にかけて、医師や政治家、著名人の映像がAIによって改変され、「奇跡の治療薬」や「高収益の投資案件」を勧める動画として広告に使用されていたことが確認されている。これらの投稿はしばしばスポンサー広告としてFacebookによって配信されており、Meta社のポリシーにもかかわらず拡散されていた。

AIが支える新しい詐欺の形──「動画の信頼性」が武器に

 これまでのソーシャルメディア詐欺は、偽のテキスト投稿や静止画によって構成されてきた。だが報告書によれば、近年の詐欺投稿では口元のみをAIで改変した「リップシンク型ディープフェイク」が主流となっており、これにより「本人が発言しているように見える」動画が作成されている。とくに医療従事者や報道番組のキャスターといった、視聴者からの信頼を集めやすい人物の映像が使われる傾向が強い。

 Metaのコミュニティガイドラインでは、有名人のなりすましや誤認誘導広告は禁止されているが、こうしたディープフェイク広告の多くはFacebook上で実際に広告として配信され、Metaの収益源の一部になっていた

詐欺の構造はテンプレート化している

 報告書は、詐欺の構造に共通する典型パターンが存在することを明示している。多くの詐欺は以下のような手順で構成される:

  1. 著名人がインタビューや報道番組形式で語る形式の映像が登場
  2. 「驚異的な治療薬」「短期で稼げる投資案件」などを推薦
  3. 動画内リンクからニュースサイト風の偽ページに誘導
  4. 氏名や電話番号を入力させ、最終的に金銭を送金させる構造

 実際に確認された例では、Facebook広告から誘導されたサイトの多くが本物の報道機関の外観を模したページとなっており、ドメインの違いや記事の文法エラーなどを除けば外見だけでは判別が難しいものだった。また、こうしたサイトの多くはウクライナなど国外で登録されたドメインで運営されており、国際的な詐欺ネットワークの存在が示唆される。

ギリシャで観測された具体例

 報告書は、ギリシャ国内のファクトチェック団体が2022年〜2025年の間に検証した事例を多数紹介している。中でも注目されるのは以下のような例である:

  • 心臓専門医Vlasis Ninios氏が「血管洗浄技術」を推薦するように見える動画(実際は心臓病啓発動画の改変)
  • 感染症専門家Sotiris Tsiodras氏が架空の医療委員会で暴力的な発言をしながら奇跡の薬を推薦する偽映像(映像素材はコソボ議会の乱闘)
  • テニス選手Stefanos Tsitsipas氏が「1日1000ユーロ稼げる」と投資案件を語る動画(実際はローランギャロス後のインタビューの改変)

 これらの投稿はいずれも、広告費を投入したスポンサードポストとしてFacebook上で流通し、数万回規模の閲覧数を獲得していた。

調査と検証の手法

 こうした詐欺を見抜き、検証するにはさまざまな技術的手法が用いられている。報告書は次のようなアプローチを示している:

  • 逆画像検索:映像の元素材を突き止め、どこが改変されたかを特定する
  • ドメイン調査(whois):詐欺サイトの作成時期、運営元を明らかにする
  • MetaのAd Libraryの活用:広告の出稿日や出稿者の情報を確認する
  • 本人・機関への直接確認:医師や報道機関に「そのような発言をしたか」を問い合わせる

 ただし報告書は、AIによるメディア改変の精度が急速に上昇していることから、これらの手法の限界も近い将来に直面する可能性があると警告している。

制度とプラットフォームの限界

 Metaは2024年以降、有名人の顔認識による保護機能を導入しはじめているが、現時点では静止画にしか対応しておらず、動画型ディープフェイクには無力である。また、報告書では、詐欺的な広告を掲載したページが数日で削除されてしまうことが、逆に調査を難しくしているという実態も明らかにされている。

 ギリシャでは国家警察が警告を発しているが、統計的な把握や起訴事例の蓄積は進んでおらず、被害の全貌はまだ明らかになっていない。

信頼の破壊としての詐欺──制度と現実の齟齬

 報告書は結論として、こうしたディープフェイク詐欺が単に個人の財産を狙うものにとどまらず、医療・報道・公共制度への信頼そのものを損なうものであると指摘している。著名医師の言葉を偽装することは、結果として本物の健康情報や医学的忠告を疑わせることになり、長期的な影響は無視できない。

 ディープフェイクは単なる視覚トリックではない。信頼と制度を装うことによって制度そのものを弱体化させる手段として使われている。そうした詐欺の構造に対し、どこまでプラットフォーム事業者や規制当局が対応できるかが、今後の焦点となる。

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